目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
ep.2 次の時までに


 気がつくと、私は扉の浮かぶ不思議な空間に立っていた。

 やけに見覚えのある光景。

 周りにはいくつもの扉が浮かんでおり、その中に【還口かえりぐち】と記された扉があることに気がついた。


「にゃあ」


 近くで聞こえた鳴き声に、声のする方を振り向く。

 つややかな黒い毛と、きらきら輝く金の瞳。

 そこには、私を見て嬉しそうに尻尾を伸ばす黒猫の姿があった。


「満月」


 私の声に応えるように、黒猫は再び鳴き声を上げている。


 間違いない。

 このは満月だ。

 賢くて優しくて、誰よりも可愛い私の家族。

 まさか、満月にもう一度会えるなんて──。


 たとえ夢でも幸せだと笑ったクリスティーナの気持ちが、今ならよく分かる。


「それにしても、ここっていったい何なんだろう。扉しか見当たらないのに、その扉は全部閉まってるし」


 満月の頭を撫でながら、辺りをぐるりと見渡す。

 閉じた扉ばかりが映る中、不意に一つだけ隙間の開いた扉を発見した。


「この扉、開いてる……」


 扉に手をかけると、隙間がゆっくり広がっていく。 

 あともう少しで半分という所で、私の手を何かがつかんだ。


 ソレは取っ手から私の手を離すと、耳元で「まだ少し早いかな」と呟いている。

 かすみがかかったような姿のソレは、はっきりした姿を持っていなかった。


 咄嗟とっさに距離を置こうとした身体は、自分の身体だというのに上手く動いてくれない。

 私の動きに気づいたソレは、なだめるように語りかけてきた。


「大丈夫。わたしは君を害したりしないよ」


 言葉には言霊が宿ると言うが、だとすれば、ソレが話す言葉は全てが言霊だ。

 そう感じるほど、ソレの話す言葉には力があった。


 私の様子にもう平気だと判断したのだろう。

 ソレは手を離すと、私から一歩離れた距離でこちらを見ている。


「あなたは誰ですか? それに、ここはいったい何処なんですか」


 これは夢ではない。

 これがと、既に気づいてしまった。


「ここは君の領域であって、そうではない領域。わたしが誰なのかは、そうだねぇ。君を助けるための『人格』とでも言っておこうかな」


「領域……それに、人格?」


 脳内によみがえる違和感の数々。

 私を助ける人格。

 それってつまり──。


「ああ、違うよ睦月」


 思考に被せるように声が聞こえる。


「常闇に言われたことを気にしているんだろう? あれは挨拶代わりに少し揶揄からかっただけで、彼も本気にはしてなかったはずだよ」


 言われてみれば、その時の上司は呆れたような、何とも言えない表情をしていたように思う。

 つまりは、ただの冗談だったと──?


 いや、でも待てよ。

 主導権、挨拶、抜けた記憶。

 ここから導き出される答えがまだあるはずだ。


「私の身体を勝手に使いましたね?」


「おや、ばれてしまったか」


 死界でたまに感じていた違和感の正体が分かり、私は思わずじと目でソレを見た。


「しかも、一回じゃありませんよね」


「確かに、何度か借りたね」


 素直に認めたソレは、開き直ったかのように答えてくる。

 けれど、不思議なことに、怒りは全くいてこなかった。


 ふと、ソレは何かに気づいた様子で私の方を見ると、【還口かえりぐち】の方を示してくる。


「そろそろ時間だからおかえり。会えて嬉しかったよ」


 その言葉を聞いた途端、自然と足が扉の方に向かって進んでいく。

 驚く私に、ソレは霞の先で心底嬉しそうに微笑んだ。


「次の時までに、わたしの名前を決めておいてね。今のままだと少し不便なんだ」


「名前……? それってどういう──」


「またね睦月。今度はもう、扉の向こうへ行けるはずだから」


 【還口】の扉が開き、中へと吸い込まれていく。

 満月を腕に乗せたソレは、落ちていく私を見てゆるく手を振っている。


 満月のきらきらした目が名残惜なごりおしそうに見えたのを最後に、私の意識は真っ暗に塗り潰されていった。




 ◆ ◇ ◆ ◇




【 十三番目の解説コーナー 】



《 知らなくても普通に読める。でも知っておくとより裏が見えるかも。本編では語られない、隠し設定に関する語り場 》



★《 読み飛ばしてOKな部分です 》




 唐突ですが、筆者は言葉遊びも大好きでして。

 今回はタイトルについて、少し明かしてみようと思います。


 第一生 First Death ちっぽけな少年


 一章目のタイトルです。


 二招へ招かれてくださった皆さま。

 ちっぽけな少年が誰のことか分かりましたでしょうか。

 そして、この〈ちっぽけな〉というワードですが、確かそんな名前のキャラクターが居たと思います。


 試しにそのキャラクターの名前を当てはめてみると、

 第一生 First Death 〈ティニー〉 少年

 ティニーは少年ではないので、ここで既に二つの意味が見えてきたと思います。


 一つ目が、 ちっぽけな少年


 二つ目が、First Death 〈ティニー〉


 二つ目を分解すると

 Death ➕ tiny =  ?


 となります。


 その他にも、まだまだ意味の込もったタイトルとなっています。


 一生ほどではありませんが、第二招にもいくつかの意味が込められています。

 よろしければ、探しながら読んでみてください。


 ※伏線や設定は、「見つけるとプラスαで楽しめる」くらいに捉えていただけたら嬉しいです。


 ここまで読んでくださり、ありがとうございました。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?