マンションから運び出された荷物は、話していた通り律が預かってくれた。
必要な物だけは先に受けとっておいたので、今はパソコンを起動しているところだ。
前とは違う広々とした部屋を眺め、どこか懐かしい気持ちになる。
実家の子供部屋も、思えばこのくらいの広さだったかもしれない。
リビングのドアが開く音に視線を向けると、パーカーに黒いズボンを着た霜月が入ってくる。
随分とラフな格好になった霜月は、パソコンを打つ私の傍に近寄ってきた。
「麦茶作っておいたけど飲む?」
「飲む」
速攻で返ってくる答えに、自然と笑みが溢れる。
お茶を手渡すと、霜月はそのまま隣の椅子に腰掛けた。
「
「そう。とは言っても、家の仕事みたいなものなんだけどね」
パソコンの画面には
部屋を引っ越したことについて、神楽の家には既に連絡済みだ。
事情が事情だし、何か言ってくる事もないだろう。
しかし、厄介なのは
「やっぱり来てたか」
パソコンのメール画面。
受信済みの欄に届いている一件のメールを読んで、思わずため息を吐きたくなった。
「霜月。近いうちに、遠出することになると思う」
「着いて行く。何処に行けばいい?」
迷いなく答える霜月に、離れる選択肢は
「京都にある、
「神楽?」
しかし、
「私の苗字である
「滞在はするのか?」
「多分、三日ほどは。何とか粘れば、二日でも行けるかもしれないけど……」
本家に滞在する場合、今の姿では付いてくるのが難しいだろう。
「霜月は、他の動物にもなれたりするの?」
敷地内では犬が放し飼いにされており、猫や小動物がよく部屋へと上がり込んでは、勝手に
私が動物を連れて行っても、拒否される心配はないだろう。
「睦月と一緒にいれて、なおかつ単独でも行動しやすい動物……」
呟いた霜月の姿が、一瞬で溶けていく。
影が伸びるように集まり収縮した場所には、黒く艶々とした毛並みと、緩やかなフォルムを持つ生き物が座っていた。
黒い生き物から金の月が覗いた瞬間、私の身体はまるで金縛りにでもあったかのように動かなくなった。
時が止まっているのかと錯覚するような、永い一瞬。
私の目の前には、あの日失ったはずの満月がいた。
◆ ◇ ◇ ◇
あの日、上司に抱えられた睦月はぐったりとしていて、生きているのかさえ怪しい状態だった。
無我夢中で紬の元へ連れて行ったはいいものの、それ以上どうする事も出来なくて。
自分の無力さに、ただ拳を握り締めていた。
新人という立場は、本来使える能力を抑制し、神としての権能を制限してくる。
お前はちっぽけな存在なのだと、まるで誰かから言われているようだった。
現状を打開するためには、それなりのリスクが必要だ。
でも、それがどうしたというのか。
◆ ◆ のためなら、俺はどんな事にも耐えられる。
見つけると約束したから。
──たとえ、何を犠牲にしても。
第一生 First Death ちっぽけな少年 【完】
◆ ◇ ◆ ◇
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皆さまと、また次章でもお会い出来るよう。
心から願っております。