目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
ep.27 死神アパート


 指定された場所は、閑静かんせいな住宅街に建つアパートの前だった。

 予定通りに着いたはいいものの、周りには誰も見当たらない。


 一抹いちまつの不安を覚えながらたたずんでいると、頭上で鳥の羽ばたく音が聞こえた。


「お帰り霜月」


 さくの上へ降り立ったカラスは、ぱちりと瞬きを返してくる。

 霜月の様子を見るに、場所はここで間違いなさそうだ。

 とりあえず、指示の通りここで待っているしかないだろう。


「やだ! もう着いてたのね!?」


 響いた声に振り向くと、小走りに駆けてくる人の姿が見えた。

 手には袋をげており、ハイヒールの音がカツカツと鳴っている。


「ごめんなさい! もう少しかかると思って、買い物に行ってたのよ。お待たせしちゃったかしら」


「いえ、私たちもさっき着いたところです」


「そうだったの。なら良かったわ」


 ほっした様子で微笑んだその人は、柵の上に止まっているカラスを見て声を上げた。


「もしかして霜月ちゃん? 久しぶりねぇ。現世こっちで暮らすって聞いた時は驚いたのよ」


 二階建てアパートの一階。

 三つ並んだドアの真ん中で立ち止まったその人は、鍵を開けるとドアノブを引いた。


「どうぞ入って。詳しい話は中でしましょ」


 広々とした部屋だ。

 家具はあらかたそろえられており、リビングにはテーブルやソファー。

 キッチンには大きめの冷蔵庫や電子レンジ、壁側には大型のテレビまで設置されていた。


 二人どころかもう数人は住めそうな部屋に驚いていると、後ろから元の姿に戻った霜月が入ってくる。


「霜月ちゃんと暮らすって聞いて、あらかじめ必要な物は用意しておいたの。睦月ちゃんの部屋の物はいったんこっちで預かっておくから、必要なものがあればいつでも言ってちょうだい」


「ありがとうございます。えっと……」


「あたしのことは律でいいわ。あ、りっちゃんでも良いわよ」


「じゃあ律さんで」


 にこりと笑って了承した律は、霜月の方を見ると目を輝かせた。


「相変わらず素敵ね霜月ちゃん! ますます磨きがかかったんじゃない?」


「……別に」


「つれないわねぇ。ま、そんなところも素敵だけど」


 塩対応の霜月に、律は少し残念そうな表情かおをしている。


「それにしても、睦月ちゃんが来てくれてほんと嬉しいわ。ここの住民は男ばかりなのよ。良ければ仲良くしてちょうだい」


「えっと、はい。私で良ければ」


「勿論よ! よろしくね睦月ちゃん!」


 勢いよく手を握ってきた律は、霜月の視線に気づくと驚いた表情に変わっていく。


「あら霜月ちゃん。嫉妬深い男は嫌われるわよ」


 突然ノックの音が鳴り、次いでドアを開ける音が聞こえた。

 開いたドアの隙間から、誰かがひょっこりと顔をのぞかせている。


「もう来てた! 女の子がいる!」


 はしゃいだ様子の少年は、ドアを全開にすると、後ろに立っていた青年の服をぐいぐいと引いた。


「見てよ時雨しぐれ! 女の子だよ! 挨拶しに行こう? あーいーさーつー!」


「おまっ、引っ張んな! 服が伸びんだろうが!」


「あら、つばめと時雨じゃない」


 燕と呼ばれた少年は、時雨の服を引きながら部屋に入ってくる。

 時雨は諦めたのか、げんなりした様子でなすがままの状態だ。


りっちゃん! この人たち今日から住むんでしょ? 同じアパートだし、挨拶しにきた!」


「紹介するつもりだったけど、それにしてもいきなりね」


「ごめんね律ちゃん。早く会ってみたかったんだ」


 えへへと笑う燕を見て、律は仕方ないわねと言わんばかりの様子をしている。

 燕はこちらを向くと、日が差し込むような笑顔を浮かべてきた。


「燕です! アパートの二階の、右奥の部屋に住んでます!」


「私は睦月で、隣にいるのが霜月です。今日からしばらくお世話になります」


 明るい笑顔の燕は、次は時雨だと言うように、何度も服の袖を引いている。


「ほら、時雨も挨拶しなきゃ」


「俺はいい」


 時雨は顔を背けたまま、ドアの方に向かおうとした。

 止めようとする燕の横で、それよりも早く伸びた手が、時雨の首根っこを掴んだ。


「あんた、ここまで来たんなら挨拶くらいして行きなさい」


「何すんだ離せ!」


 ジタバタと暴れる時雨だが、律の手は全く緩む様子がない。


「おい離せよ! くそっ。離せって言ってんだろ──律男りつお!」


「誰が律男じゃゴラァ! 締め殺すぞ!」


 殺意のこもった怒声に、時雨の動きがピタリと止まった。

 まるで借りて来た猫のように大人しくなった時雨を、律は私たちの前へと突き出してくる。


「オラ、早くしろや」


「時雨です……。よろしくお願いします……」


 小さく震えながら話す時雨が一瞬、雨の下で震える捨て猫のように見えた。


 あの時、ミントが追加してくれた連絡先の名前は「律男」になっていた。

 先に呼び方を聞いておいた過去の私へ、賞賛の拍手を贈るばかりだ。


 慌てた燕がなだめにかかるのを見ながら、私は少しずつ霜月の方に向かって距離を詰めていった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?