指定された場所は、
予定通りに着いたはいいものの、周りには誰も見当たらない。
「お帰り霜月」
霜月の様子を見るに、場所はここで間違いなさそうだ。
とりあえず、指示の通りここで待っているしかないだろう。
「やだ! もう着いてたのね!?」
響いた声に振り向くと、小走りに駆けてくる人の姿が見えた。
手には袋を
「ごめんなさい! もう少しかかると思って、買い物に行ってたのよ。お待たせしちゃったかしら」
「いえ、私たちもさっき着いたところです」
「そうだったの。なら良かったわ」
ほっした様子で微笑んだその人は、柵の上に止まっているカラスを見て声を上げた。
「もしかして霜月ちゃん? 久しぶりねぇ。
二階建てアパートの一階。
三つ並んだドアの真ん中で立ち止まったその人は、鍵を開けるとドアノブを引いた。
「どうぞ入って。詳しい話は中でしましょ」
広々とした部屋だ。
家具はあらかた
キッチンには大きめの冷蔵庫や電子レンジ、壁側には大型のテレビまで設置されていた。
二人どころかもう数人は住めそうな部屋に驚いていると、後ろから元の姿に戻った霜月が入ってくる。
「霜月ちゃんと暮らすって聞いて、あらかじめ必要な物は用意しておいたの。睦月ちゃんの部屋の物はいったんこっちで預かっておくから、必要なものがあればいつでも言ってちょうだい」
「ありがとうございます。えっと……」
「あたしのことは律でいいわ。あ、りっちゃんでも良いわよ」
「じゃあ律さんで」
にこりと笑って了承した律は、霜月の方を見ると目を輝かせた。
「相変わらず素敵ね霜月ちゃん! ますます磨きがかかったんじゃない?」
「……別に」
「つれないわねぇ。ま、そんなところも素敵だけど」
塩対応の霜月に、律は少し残念そうな
「それにしても、睦月ちゃんが来てくれてほんと嬉しいわ。ここの住民は男ばかりなのよ。良ければ仲良くしてちょうだい」
「えっと、はい。私で良ければ」
「勿論よ! よろしくね睦月ちゃん!」
勢いよく手を握ってきた律は、霜月の視線に気づくと驚いた表情に変わっていく。
「あら霜月ちゃん。嫉妬深い男は嫌われるわよ」
突然ノックの音が鳴り、次いでドアを開ける音が聞こえた。
開いたドアの隙間から、誰かがひょっこりと顔を
「もう来てた! 女の子がいる!」
はしゃいだ様子の少年は、ドアを全開にすると、後ろに立っていた青年の服をぐいぐいと引いた。
「見てよ
「おまっ、引っ張んな! 服が伸びんだろうが!」
「あら、
燕と呼ばれた少年は、時雨の服を引きながら部屋に入ってくる。
時雨は諦めたのか、げんなりした様子でなすがままの状態だ。
「
「紹介するつもりだったけど、それにしてもいきなりね」
「ごめんね律ちゃん。早く会ってみたかったんだ」
えへへと笑う燕を見て、律は仕方ないわねと言わんばかりの様子をしている。
燕はこちらを向くと、日が差し込むような笑顔を浮かべてきた。
「燕です! アパートの二階の、右奥の部屋に住んでます!」
「私は睦月で、隣にいるのが霜月です。今日からしばらくお世話になります」
明るい笑顔の燕は、次は時雨だと言うように、何度も服の袖を引いている。
「ほら、時雨も挨拶しなきゃ」
「俺はいい」
時雨は顔を背けたまま、ドアの方に向かおうとした。
止めようとする燕の横で、それよりも早く伸びた手が、時雨の首根っこを掴んだ。
「あんた、ここまで来たんなら挨拶くらいして行きなさい」
「何すんだ離せ!」
ジタバタと暴れる時雨だが、律の手は全く緩む様子がない。
「おい離せよ! くそっ。離せって言ってんだろ──
「誰が律男じゃゴラァ! 締め殺すぞ!」
殺意のこもった怒声に、時雨の動きがピタリと止まった。
まるで借りて来た猫のように大人しくなった時雨を、律は私たちの前へと突き出してくる。
「オラ、早くしろや」
「時雨です……。よろしくお願いします……」
小さく震えながら話す時雨が一瞬、雨の下で震える捨て猫のように見えた。
あの時、ミントが追加してくれた連絡先の名前は「律男」になっていた。
先に呼び方を聞いておいた過去の私へ、賞賛の拍手を贈るばかりだ。
慌てた燕が