目の前に広がる光景に、ただ立ち尽くすしかない。
住居のあるマンションは黒い
様子を見ていた警官の一人が、こちらに近づいて来るのが見えた。
「どうされました? もしかして、住民の方でしょうか」
「はい。ここの十三階に住んでます」
「十三階……?」
警官の男は難しい顔つきになると、「少々お待ちください」と言いながら、他の警官たちの元へ駆けていく。
何度かこちらを見ながら話していた警官の男は、彼らの中で一番歳上と
「警部の
日暮と名乗った警部は、こちらに向けて警察手帳をかざしている。
断る理由もないため頷くと、日暮は隣の警官に目で合図を送った。
「火災が起きたのは今朝方でしてね。見たところ、マンションにはいらっしゃらなかったようですが」
「友人の家に居ましたので。話を聞いて、急いで戻って来たところです」
「そうでしたか。ご友人の家に」
初っ端から痛いところを突いてくる。
もし前もって聞いていなければ、この質問には答えられなかったかもしれない。
住んでたマンションで火災が起こったことや、何故か十三階──私の部屋がある辺りだけは全く被害が無かったことなど。
ミントから届いた連絡には、中々に衝撃的な内容が書かれていた。
送られてきたメッセージは、チャットのような形態をしている。
その後、時間差で届いたメッセージには、知らない連絡先が追加されていた。
現世には、人間社会に
彼らは人間と関わることを許された数少ない存在であり、主な仕事は
現世で起きた不測の事態を処理し、死神に関する
死神──ひいては死界にとって少しでも不都合なことがあれば、起こり
そんな死神の一人を追加したミントは、私に紹介がてら、三人で詳しい話を進めてくれた。
もしここで警察に追及されたとしても、何も
友人の家は現世で所有している拠点の一つであり、友人役はその死神が行ってくれる。
人間の警察では、この事件の
「十三階の、どちらの部屋にお住まいで?」
「奥の角部屋です」
「なるほど……。それは不幸中の幸いでしたね。そちらの部屋は、室内に一切被害が無かったんですよ」
安心させるように語りかけてくる日暮の目は、何かを探っているようにも見えた。
隣で記録を取っていた警官の男は、気になるのかチラチラと様子を窺い見ている。
「引越し先はお決まりで?」
「知り合いの管理する家があるので、一旦そこを借りようかと」
「そうですか。今回は出火の原因も分かっていますからね。早めに部屋の物を運び出せるよう、こちらでも手配しておきます。念のため、連絡先を伺っても?」
家電からの出火。
それが、警察の出した答えだ。
「はい、大丈夫です」
「ご協力感謝します」
番号を控えると、日暮は警官の男を連れて去っていった。
◆ ◆ ◇ ◇
「凄く綺麗な方でしたね。近くで見て、思わず震えそうになりましたよ」
「そうだな」
興奮気味に話す部下に、日暮は淡々とした態度で応えている。
「警部、どうかされましたか?」
「いや。お前は
「何ですかそれ」
ため息をつく日暮に、部下は不満気な様子をしている。
しかし、急に何かを思い出した顔に変わると、
「まさか警部、また奥さんと何か……」
「馬鹿言うな。日々堅実に過ごしているところだぞ」
「そうですよね。流石に次は怖すぎて……考えたくもないです」
横で身震いする部下を見ながら、日暮はもう一度深いため息を
自らの住居が燃えたというのに、微塵も動揺することなく、ただそこに立っていた女性。
警察官として多くの者を見てきたが、これほどまでに感情の読み取れない人間が居ただろうか。
あの若さと見た目でね。
全く、人は見かけによらないもんだ。
◆ ◆ ◆ ◇
電柱の上にカラスが止まっている。
何処かをじっと見つめていたカラスは、しばらくすると静かにその場を飛び立っていった。
◆ ◇ ◆ ◇
【 余談のお話 】
《完全に余談オンリーのお話です》
Q.
なぜ警部の名前が
A.
その日暮らしだから。
お金の管理は全て妻が行っており、現在のお小遣いは1日500円。
単身赴任中で、毎日500円ずつが電子マネーにて送金されてきます。
こうなった原因は3ヶ月前。
久しぶりに会った妻に、「会わない間に太ったか?」と言ったことが発端となり、妻の態度が南極レベルに低下。
次に会えるのは1ヶ月後。
ここで妻の気持ちを立て直す事が出来れば、お小遣いも元の額に戻るもよう。
もし戻っても、名前は日暮のままです。
(ぶっちゃけると顔が
今のところ、登場したキャラクターの中で、唯一適当に名前を付けられたキャラ。
今後の出演予定は多分もうない。
以上。
愛する妻(と息子)のため、日々頑張って働くおっちゃん警部(1日500円生活で体重5キロ減った)の裏話でした。