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ep.26 人から見たひと


 目の前に広がる光景に、ただ立ち尽くすしかない。

 住居のあるマンションは黒いすすまみれ、見るも無惨むざんな姿へと変わっている。


 様子を見ていた警官の一人が、こちらに近づいて来るのが見えた。


「どうされました? もしかして、住民の方でしょうか」


「はい。ここの十三階に住んでます」


「十三階……?」


 警官の男は難しい顔つきになると、「少々お待ちください」と言いながら、他の警官たちの元へ駆けていく。

 何度かこちらを見ながら話していた警官の男は、彼らの中で一番歳上とおぼしき男を連れて戻ってきた。


「警部の日暮ひぐらしです。住民の方だそうですが、少しばかりお話を伺っても?」


 日暮と名乗った警部は、こちらに向けて警察手帳をかざしている。

 断る理由もないため頷くと、日暮は隣の警官に目で合図を送った。


「火災が起きたのは今朝方でしてね。見たところ、マンションにはいらっしゃらなかったようですが」


「友人の家に居ましたので。話を聞いて、急いで戻って来たところです」


「そうでしたか。ご友人の家に」


 初っ端から痛いところを突いてくる。

 もし前もって聞いていなければ、この質問には答えられなかったかもしれない。


 住んでたマンションで火災が起こったことや、何故か十三階──私の部屋がある辺りだけは全く被害が無かったことなど。

 ミントから届いた連絡には、中々に衝撃的な内容が書かれていた。


 送られてきたメッセージは、チャットのような形態をしている。

 その後、時間差で届いたメッセージには、知らない連絡先が追加されていた。


 現世には、人間社会にまぎれて暮らす死神が存在しているらしい。

 彼らは人間と関わることを許された数少ない存在であり、主な仕事は隠蔽いんぺいと後始末だ。


 現世で起きた不測の事態を処理し、死神に関する痕跡こんせきを跡形も無く消し去っていく。

 死神──ひいては死界にとって少しでも不都合なことがあれば、起こりるリスクをち、辻褄つじつまの合わないものを全てとして処理する。


 そんな死神の一人を追加したミントは、私に紹介がてら、三人で詳しい話を進めてくれた。

 もしここで警察に追及されたとしても、何もあらは出て来ないだろう。


 友人の家は現世で所有している拠点の一つであり、友人役はその死神が行ってくれる。

 人間の警察では、この事件のに近づくことすら出来ないのだ。


「十三階の、どちらの部屋にお住まいで?」


「奥の角部屋です」


「なるほど……。それは不幸中の幸いでしたね。そちらの部屋は、室内に一切被害が無かったんですよ」


 安心させるように語りかけてくる日暮の目は、何かを探っているようにも見えた。

 隣で記録を取っていた警官の男は、気になるのかチラチラと様子を窺い見ている。


「引越し先はお決まりで?」


「知り合いの管理する家があるので、一旦そこを借りようかと」


「そうですか。今回は出火の原因も分かっていますからね。早めに部屋の物を運び出せるよう、こちらでも手配しておきます。念のため、連絡先を伺っても?」


 家電からの出火。

 それが、警察の出した答えだ。


「はい、大丈夫です」


「ご協力感謝します」


 番号を控えると、日暮は警官の男を連れて去っていった。




 ◆ ◆ ◇ ◇




「凄く綺麗な方でしたね。近くで見て、思わず震えそうになりましたよ」


「そうだな」


 興奮気味に話す部下に、日暮は淡々とした態度で応えている。


「警部、どうかされましたか?」


「いや。お前は呑気のんきで良いなと思っただけだ」


「何ですかそれ」


 ため息をつく日暮に、部下は不満気な様子をしている。

 しかし、急に何かを思い出した顔に変わると、あわれむような視線で日暮の方を見つめ始めた。


「まさか警部、また奥さんと何か……」


「馬鹿言うな。日々堅実に過ごしているところだぞ」


「そうですよね。流石に次は怖すぎて……考えたくもないです」


 横で身震いする部下を見ながら、日暮はもう一度深いため息をいた。


 自らの住居が燃えたというのに、微塵も動揺することなく、ただそこに立っていた女性。

 警察官として多くの者を見てきたが、これほどまでに感情の読み取れない人間が居ただろうか。


 あの若さと見た目でね。

 全く、人は見かけによらないもんだ。




 ◆ ◆ ◆ ◇




 電柱の上にカラスが止まっている。

 何処かをじっと見つめていたカラスは、しばらくすると静かにその場を飛び立っていった。




 ◆ ◇ ◆ ◇




【 余談のお話 】



《完全に余談オンリーのお話です》




Q.

 なぜ警部の名前が日暮ひぐらしなのか。


A.

 その日暮らしだから。



 お金の管理は全て妻が行っており、現在のお小遣いは1日500円。

 単身赴任中で、毎日500円ずつが電子マネーにて送金されてきます。


 こうなった原因は3ヶ月前。

 久しぶりに会った妻に、「会わない間に太ったか?」と言ったことが発端となり、妻の態度が南極レベルに低下。


 次に会えるのは1ヶ月後。

 ここで妻の気持ちを立て直す事が出来れば、お小遣いも元の額に戻るもよう。


 もし戻っても、名前は日暮のままです。

(ぶっちゃけると顔がセミに似てるので、この理由でも行けると思ってます)


 今のところ、登場したキャラクターの中で、唯一適当に名前を付けられたキャラ。

 今後の出演予定は多分もうない。



 以上。


 愛する妻(と息子)のため、日々頑張って働くおっちゃん警部(1日500円生活で体重5キロ減った)の裏話でした。



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