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ep.25 オーダーメイド


 威吹の店は中心部の空間エリアの端、少し入り組んだ場所にあった。

 黄緑色の外観は、威吹の目を思い起こさせるような、明るい色をしている。


 中に入ると、見本としていくつか服が飾られているのが見えた。


「睦月さん!」


 店内の奥側にある扉から、威吹が顔をのぞかせている。

 こちらを見て破顔した威吹は、展示物を見ていた私の傍に寄ってきた。


「思ってたより早い再会だったね」


「ですね! でもまた会えて嬉しいです」


 すっかり元気そうな威吹は、店内に入ってきた霜月を見て「よっ!」と手を上げた。


「連絡くれてありがとな! まさか霜月の方から連絡を貰える日が来るなんて……嬉しすぎて感無量」


「必要だったからしただけだ」


 顔を手で覆いながら喜ぶ威吹に対し、霜月は面倒そうな表情をしている。


「あまり連絡し合ってないの?」


「あー、俺は結構送ってるつもりなんですけど……」


「返すとは言ってない」


 一刀両断する霜月に、威吹は傷つくどころか、むしろ納得するような表情を浮かべた。


「まあそうだよな。今まで何十通と送ってるけど、返事が来たのは二回くらいだったし」


 いや、メンタル強。

 それは少しばかり、いやかなり、威吹のメンタルが強いのではなかろうか。


 どっかで心をくじかれていてもおかしくないレベルだ。

 それでも送り続けているのは、威吹が霜月という存在を大切に思うが故なのだろう。


「二人はいつ知り合ったの?」


「候補生の時ですね。霜月は有名だったんで、知らないやつは居ないほどでしたよ」


 候補生。

 死神になる方法の一つとして、前に上司が挙げていたものだ。


 詳しい仕組みについては、また時間のある時にでも聞いてみよう。

 それにしても、候補生の霜月か……。


「二階にも部屋があるんで、続きはそこで話しませんか?」


 威吹はさっき出てきた扉を指すと、中へと案内してくれた。


 店内の作業部屋を通り、さらに奥へと進んで行く。

 部屋の半分近くをめる作業台には、作りかけの服や素材が所狭しと置かれている。

 従業員に至っては、今まさに作業中のようだった。


「ここって、私たちが入っても大丈夫なの? 専用のスペースみたいだけど」


「平気ですよ。二人は俺の個人的な客だって伝えてありますし、何よりここ、俺の店なんで」


 オーナー特権だと悪戯いたずらっぽく笑う威吹に、肩の力も抜けていく。

 壁沿いにあった階段を上り終えると、威吹は手前の部屋に入り、テーブルへと案内してくれた。


 作業台も兼ねているのだろう。

 テーブルの上には、まだ描き途中のデザインが乗ったままになっている。


「とりあえず、予備と合わせて二着で良かったんだよな?」


「それで構わない」


 霜月の返事を聞くと、威吹はテーブルの上にまっさらな用紙を置いた。


「ならまずはデザインからか。睦月さん、どんな服がいいか決まってる?」


死界こっちだとローブを着ないことも多いみたいだし、普段着として使えるデザインの方が嬉しいかも」


「なるほどね」


 威吹は頷きながら、用紙に何かを書き込んでいく。


「素材はどうする? 伸縮性が高いのは前提として、動きやすさを取るなら軽い素材の方がいいよな。ただ、軽いものはどうしても防御力が弱くなりがちだし、どっちも取るってなると……」


「値段は気にしなくていい。素材に関しては威吹に任せる」


 霜月の言葉に、威吹は驚いた表情を見せた。

 幻聴でも聞いたのかと戸惑っていた威吹だったが、次第に抑えきれない程の嬉しさがあふれていく。


「そう言うことなら任された。霜月が驚くくらいのもん作ってみせるから、覚悟しとけよ」


 二人の様子を微笑ましく見ていると、私の視線に気づいた霜月と目が合った。

 何かを察したのか、霜月は複雑そうな顔をしている。


「ざっくりだけど、こんな感じのデザインはどう?」


 威吹は用紙を手に取ると、こちらに向けて見せてくれた。


 ラインの入った襟元えりもとと上半身。

 袖口はボタンで留められており、スカートは膝にかかるくらいの長さだ。


 スカートの片側に大きく入った切れ込みの間を、緩く波打つ別の生地が繋いでいる。

 ワンピースの横には、ショールのような物が単体で描かれていた。


「こっちのは、服の上から着れるように別で描いてみたやつ。まだ形だけだから細かい部分は後で描き足すけど、とりあえずこんな感じでどうかなって」


「すごく良いと思う」


 正直、この短時間でここまでしっかりしたデザインを見られるとは思っていなかった。

 想像していたよりもずっと、威吹の実力は高いようだ。


「出来上がったら連絡入れますね」


「ありがとう。楽しみに待ってるね」


 急ぎ目で作りますと意気込む威吹に別れを告げ、霜月と共に帰路につく。

 自然と繋がれた手を握り返すと、霜月は私を見て嬉しそうに顔をほころばせた。




 ◆ ◇ ◇ ◇




「あなた、近くのマンションで火事ですって」


「やけに騒がしかったのはそれか」


 妻の言葉に、夫は深くため息をいた。

 一家の住む場所から近いマンションで起きた火災は、死者こそ出なかったものの、中はほぼ全焼状態だったらしい。


「それでね、ちょっと気になる話を聞いたのよ」


「火事のことでか?」


「まあ、そうね……」


 言いよどむ妻の姿に、夫は何事かと眉をひそめている。


「そのマンション、何故か十三階だけ綺麗なままだったんですって。他の階はほとんど燃えてるのに、十三階の……特に奥側の部屋なんかは、全て現状を保ったまま残ってたらしいの」


「何も燃えていなかったって言うのか?」


 驚く夫に、妻は青白い顔で頷いた。


「警察も不審がってたみたい。でも、火事の原因は他の階にあるみたいで」


「それは……何と言うか、不幸中の幸いとでも言えばいいのか」


「そうね……。ただ、残ったのが13階だけって、何だか少し不吉だわ」


 居間の扉が開くが聞こえ、夫婦咄嗟とっさに口を噤んだ。

 眠た気な目をこすった幼子が、よたよたした足取りで歩いてくる。


「あら、うるさかったかしら。ごめんなさいね」


「んーん、のどがかわいたの」


「そうだったのね。今お水を用意するわ」


 台所に駆けていく妻を見て、夫は娘を近くへと呼んだ。


「ここに座っておきなさい」


「うん」


 大人しく従う娘に、夫は父としての顔に変わると、優しく頭を撫でた。

 あくびをした幼子は、両腕にぬいぐるみを抱きしめている。


 黒い羊のぬいぐるみは、幼子の腕の中で、静かに抱きかかえられていた。



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