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ep.23 相互理解


「おや、思ったより早かったですね」


 見知った声が聞こえ、目を瞬かせた。

 周りには見覚えのある光景が広がっている。

 どうやら、常闇の所有する空間エリアまで送り届けてくれたようだ。


 微笑む閻魔に手を取られ、ぼんぼりに乗せられた所までは覚えているのだが。

 またおいでと笑う閻魔の雰囲気は、どこか名残惜なごりおしそうに見えた。


 ふと、手首に違和感を感じ視線を向ける。


「いつの間に……」


 綺麗なブレスレットだ。


 まるで魂のきらめき、星の海をそのままかたどったかのようなブレスレット。

 真ん中にはぼんぼりをした飾りが付けられている。


「閻魔からの贈り物ですか」


 いつのまにか傍に立っていた上司は、腕につけられたブレスレットを見て興味深そうな顔をした。


「かなり貴重な物を貰ったようですね。そのまま身につけておくと良いですよ。役に立つ日が来るかもしれません」


「そうしておきます」


 この上司がここまで言うからには、相当な代物だろう。

 袖を口元に当て、柔らかく笑う閻魔の姿が思い起こされ、ブレスレットの縁をなぞった。

 閻魔の待つ何かが、早く訪れればいいのに。


 そう願わずにはいられなかった。




 ◆ ◇ ◇ ◇




「閻魔とは話せましたか?」


「まあ、それなりに」


「そこそこ話せた気はするけど、自信はないと言ったところですね」


 なぜお分かりに。

 まさにそんな意味を内包していたわけではあるが、こうも正確に読み取られてしまうと驚きが大きい。


 霜月といい上司といい、死神は人の心を読むのにけているのだろうか。

 それとも──。


「そういえば、そのピアス、いつも片方だけ付けてますよね」


 上司の右耳で揺れるピアスは、銀の細工の中に紅い宝石が埋め込まれている。

 閻魔がくれたブレスレットのように、上司のピアスからもどこか特別なものを感じた。


「元々一つしかないんですよ」


「そうなんですね。贈り物とかですか?」


 いつも飄々ひょうひょうとしている上司の雰囲気に、少しだけ違うものが混じっていく。


「ええ、そうですよ」


 たった一言だけなのに、そこに込められた感情は、形容し難いほど重く深い。

 きっと贈り主は、上司にとってとても大切な存在なのだろう。


「上司!」


 部屋に誰かが駆け込んでくる。


「あ、美火」


「睦月さん!?」


 私に気づいた美火が、慌てた様子で叫ぶ。


「美火。共用エリアとは言え、確認は必須です。安易あんいな行動はつつしむように」


「はい……申し訳ありません」


 上司からの苦言をきちんと受け入れる美火を見て、そこはやはり上司と部下なんだなと納得する。

 いくら普段がああでも、時と場合によってはそれなりの対応をしているみたいだ。


 霜月も大人しく聞き入れていたくらいだし、上司と部下という関係性は、案外しっかりと成立しているのかもしれない。


「その、実は──」


「上司」


 美火が事情を話す前に、また一人部屋に入ってきた。

 足早にやってきた霜月に向けて、ゆるく手を振ってみる。


「睦月?」


 同じような反応を見せる霜月に、思わず笑いが込み上げてくる。

 上司に至っては完全に呆れた表情で、ため息でもきそうな雰囲気だ。


 霜月も美火も、どうやら私がここに居ることを知らなかったらしい。

 まあそれもそうだろう。


 私もさっき到着したばかりだし、まさかここに直接送ってもらえるとは思っていなかった。


 閻魔は、「帰りは私が送るから心配しなくていいよ」と言ってくれていたが、そもそも選別所に行くには決められた道を通る必要がある。


 だから帰りも、てっきり扉の前とかに送ってもらえるものだと思っていたのだ。

 しかし、まさかの直通輸送便だったわけで。


 行きと帰りでは、方法が異なっていたりするのだろうか。

 そんな事を考えていると、霜月が傍に寄って来るのが見えた。


「睦月。一緒に行けなくてごめん」


「届けものをしただけだから、平気だよ」


 しょんぼりとした霜月の頭を撫でていると、背後で美火の怒りをはらんだ声が聞こえてくる。


「情報管理課の対応はおかしいです! どう考えても故意としか思えないのに、原因の究明にこれほど時間がかかりますか? 情報を司る機関が聞いて呆れます」


 どうやらこれは、私にも関係している話のようだ。

 霜月の顔から温度が消え失せる。

 緊張感の漂い始めた室内に、誰かの声が響いた。


「失礼しまーす」


「……失礼します」


 頭にパンクゴーグルをつけた少女と、顔全体をガスマスクで覆った──おそらく男だろうか。

 二人の死神が、室内へと入って来る。


 快活そうな少女は、部屋の中央までくると手を上げた。


「やっほー。あたしらをお呼びかい上司」



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