星の海は、変わらず何処かへと流れ続けている。
水面下で輝く星々をじっと眺めていると、少しずつ動いていることに気がついた。
「星が……」
「それは星ではなく、魂だね」
「これが全部、魂?」
星の海のように思っていた光景は、実際には誰かの魂だったらしい。
流星群のように、数えきれないほど存在する星々。
この全てが魂だったなんて驚きだ。
「ここにある魂は、輪廻転生を待っているものだ。どんな魂でも、生きていれば何らかの罪は背負うことになる。だからこうして罪を流しては、また現世へと還しているんだよ」
「罪を流し終わったら、現世で生まれ直すことができるんですね」
閻魔と共に流れていく魂を見つめる。
膨大な数の魂を上から見下ろせる存在。
そんな存在のことを、人は神と呼ぶのだろう。
「想像してた地獄とは、全然違ってました」
「おや、どんな想像をしていたのかな」
上品な笑い声を立てる閻魔は、語り継がれてきた「地獄の閻魔」とは程遠い。
不意に、鈴の
チリンチリンと響く鈴の
「これはまた、異質な魂が来たものだ」
空間に鳥居が現れた。
人の頭が通るほどの大きさをした鳥居は、宙に浮かび上がる形で存在している。
鳥居の向こうには暗闇が広がっており、奥の方で何かがぼうっと光ったかと思うと、徐々にこちら側へと浮かび上がってきた。
見覚えのある銀の籠と、中に入っている魂。
鳥居の中から現れたのは、死神が回収した誰かの魂だった。
「こんな風に輸送されてくるんですね」
「こうして届くのは一部だけだよ。ほとんどの魂は流れの中に直接送られるからね」
それもそうか。
膨大な量の魂がいちいちこんな風に送られて来たら、閻魔の仕事量はとんでもないことになってしまう。
「特殊な案件の魂は、こうして私の手元へと送られてくるんだ。判決を下した後、
天界に行ったクリスティーナの魂も、閻魔が直接判決を下すべき魂だったのだろう。
「じゃあこの魂は……」
「他とは違う魂ということになるね。何があったかは、この魂に聞いた方が早いかな」
魂と会話を始めた閻魔の横で、様子を静かに見守る。
何だかとても、不快な魂だ。
酷く濁った魂は、クリスティーナのものとも、水面下を流れている魂とも別のものに視える。
「なるほど。君は人でありながら、人を殺したのか」
閻魔の纏う雰囲気が、針のような鋭さに変わる。
「人を殺した?」
「この魂は何人もの人間を殺している。そして、その罪を背負うことなく、自ら命を絶ったようだ」
人を殺して自害。
つまり、この魂は逃げたのか。
現世から……いや、人を殺した罪を背負うことから逃げた。
相当な恨みなのだろう。
腐った泥ようなものに纏わりつかれた魂は、
溶け出したモノの一部が、籠の隙間からぼたぼたと落ちていく。
「今さら泣こうが無駄だよ。君の魂はもう、取り返しのつかない所まで来てしまった」
閻魔は淡々とした声で話し続けている。
「残念だが、もう他の選択肢はない。私が君に下せる判決は、消滅だけだ」
地面が揺れるような感覚。
静かに流れていた星の海は姿を消し、そこには荒ぶる波が打ち立てている。
一際大きく上がった波が割れるように開いていったかと思うと、中から
ポッカリと広がる穴からは、何か得体の知れないモノが
不意に、その穴からナニカが手を出した。
ソレはこちらに向かって大きく手を開くと、そのまま動きを止めている。
「お別れの時間だ」
閻魔は籠から魂を出す事なく、差し出された手の方へと歩いていく。
魂は狂ったように暴れ出し、籠から出ようと必死の様子だ。
そんな事をしても、無駄だと言うのに。
ナニカの手は閻魔が近寄ると、
閻魔は籠を持ち上げ、開いた手の中へ籠を下ろしていく。
暴れる魂を囲うように掴むと、手はそのまま穴の中へと戻っていった。
波が少しずつ緩やかになり、穴がゆっくりと閉じて行く。
閉じて行く穴の隙間から、何かをすり潰すような音が聞こえた。
◆ ◆ ◆ ◆
「すまないね。腐った魂は即刻処理しないと、後が面倒なんだ」
「大丈夫です。あの魂、凄い恨みの量でしたから」
思い出すだけで、不快な気持ちになってくる。
「おや。少しずつ視る力を使えるようになってきたみたいだね」
柔らかく微笑んだ閻魔が、こちらを優しく見つめている。
水面下を流れる魂はキラキラと輝き、さっきまでの出来事が嘘だったかのようだ。
塵は焼却し、汚れた魂は消滅させていく。
魂を塵にするのか、輝く星にするのか。
全てはその行い次第。
先ほどの言葉は訂正しよう。
ここは地獄だ。
地獄と呼ぶに、
美しい笑みをたたえる