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ep.21 魂の選別


 一面に広がる水は、何処かへ向かって流れ続けている。

 本当にここが、地獄と関係するような場所なのだろうか。

 どう考えても、世界の絶景スポットトップ10!とかに輝きそうなレベルの光景だ。


「ああ、そうだ。君の名前を聞いてもいいかな?」


「睦月と言います」


「名前に月を持つのか。素敵だね。しかも、常闇の喜びそうな名だ」


 なぜここで上司?

 名前を答えたは良いものの、上司が出てきた理由わけがさっぱり分からない。


 戸惑う私を見つめながら、閻魔は小さく笑みを溢した。


「そのうち分かるよ。だからね睦月、どうか常闇をあまり虐めないであげて欲しいんだ」


 虐められているのは、むしろこっちの方です。

 そんな言葉が思い浮かんだが、何故か口に出す気にはなれなかった。


「探す役目を持つ存在がいるなら、待つ役目を持つ存在もいる。私は、常闇ほど忍耐強い死神を他に知りはしない」


「……閻魔さまも、待ってるんですか?」


「おや。さまはいらないよ。睦月にそう呼ばれるのは、何だかとてもくすぐったいんだ」


 優しく微笑む閻魔の表情に、先ほどまでの寂しさは見えない。


「気軽に閻魔とでも呼んでくれればいい。それにこれは、敬称のようなものだからね」


「え?」


 閻魔が敬称のようなもの。

 だとすれば、閻魔は名前ではないと言うことだ。


「そんなに驚くことでもないよ。常闇も私と同じだろう?」


「……え?」


「これはこれは。余計なことを言ってしまったかな」


 私の様子を見て、閻魔は少し慌てたように袖をはためかせている。


「まだ時期ではなかったようだね。それなら私も、今は口をつぐんでおくとしよう」


 色々と気になることはあるが、答えたくない事を無理に聞き出したいとも思わない。


 閻魔が待ち続けているもの。

 はぐらかされた問いかけの答えも、いつか知れる日が来るのだろうか。


 籠が揺れる気配を感じ、視線を落とす。


「選別の時間だね。睦月、魂をこちらへ」


 閻魔が差し出す手に、そっと籠を乗せた。

 籠の中で揺れる魂を見つめながら、閻魔はまるで会話しているかのように頷いている。


「そう、君は知らなかったんだね。なるほど」


 閻魔は少し黙った後、にこりと微笑んだ。


「君の行く場所が決まったよ。大丈夫、天界なら安息を得られるはずだ。代わりに、君はもう現世で生まれることはなくなる。これを──私の下す判決としよう」


「生まれることがなくなるって、どう言うことですか?」


 判決の内容が理解できず、咄嗟に話しかけてしまった。

 閻魔は特に気にした様子もなく、私の質問に答えてくれる。


「この魂は、あの世界──現世では、もう生まれることのない魂になるんだ。つまり、輪廻りんねから外れると言うことだね」


「どうして……」


「悪魔と契約を結んでいたからだよ」


 喉から出かけていた声が、形を得ることなく消えていく。


 悪魔と契約。

 つまり、クリスティーナが言っていた魔法とは、本当は魔法などではなく、悪魔との契約によって授けられた力だったという訳だ。


 点と点が繋がっていく。

 危険度の低い仕事で悪魔が現れた理由も、悪魔が魂を自分のものだと主張した理由も、これで説明がついた。


「輪廻から外れると、どうなるんですか?」


「魂の選択肢には幾つかあってね。転生を除くと、天界に行く、生まれる世界を変える、彷徨さまよう、消滅するがある。そしてその選択肢は、魂の価値や行いによって変化していくんだよ」


 閻魔の言葉に耳を傾ける。


「悪魔と契約した魂の行末は消滅だ。魂は悪魔の食糧しょくりょうであり、食された魂は悪魔の中で消滅する。けれど、この魂は消滅を逃れ、さらには悪魔との契約も破棄されている」


 そういえば、上司が「契約は解除させた」と言っていた。

 つまり、クリスティーナの魂は今、自由な状態にあるということだ。


 だからといって、悪魔と契約してしまった事実自体を取り消せるわけではないのだろう。


「罪の重い魂は消滅させたりもするけれど、この魂がそれに当てはまるとは言い難い。世界を変えるのは、偉業を成し遂げた魂の選択肢であり、彷徨わせるのは追放と同義だから、これも難しいだろう。となれば、残る選択肢は一つだね」


 籠の扉が開き、中から魂が出てくる。

 ふわふわと浮かんでいる魂の元に、ぼんぼりが降りてきた。


「天界へはこれが運んでくれる。ゆっくりと安息に浸っておいで。その後のことは、天界の者たちが決めてくれるだろう」


 ぼんぼりの一部に穴が開いていく。

 クリスティーナの魂は引き寄せられるように近づいたものの、何故か直前で動きを止めた。


「どうしたんだい? ああ、なるほど。少しだけなら構わないよ」


 その言葉を聞いて、浮かんでいた魂が私の方へと飛んでくる。

 頬に触れた魂は、何度か左右に揺れ動くと、ゆっくりぼんぼりの元に戻っていった。


 まるで、挨拶をされているようだ。

 さようならを込めて、私からも手を振り返す。


「お元気で、ティナさん」


 クリスティーナの魂は再び左右に揺れると、今度こそぼんぼりの中へと吸い込まれていった。


「魂の餞別せんべつだね」


「私が貰ってしまいました」


「ふふ、そうでもないよ」


 閻魔の白い指が、ぼんぼりの端をそっと押し出す。

 宙へと上がっていったぼんぼりは、光を放ちながら高く高く昇っていく。


 星の海とは反対に、宙はただ真っ暗だ。


 クリスティーナの魂を乗せたぼんぼりは、何もない夜空を照らす一粒の星のように、そのまま宙高く消え去っていった。



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