「地獄……?」
閻魔の言う地獄とは、
銀の籠を抱えるように持ち直す。
もし選別所と地獄がイコールで繋がるのだとすれば、クリスティーナの魂は今から──。
「ああ、すまない。ちょっとした
私の様子を見て、閻魔はどこか困った顔をした。
「どうやら、いらぬ誤解を与えてしまったらしい」
気遣いを込めて見てくる閻魔に、強張っていた身体の力が少しずつ緩んでくる。
背後を振り向くと、思ったより上司と距離が空いていることに気がついた。
「常闇。ここに連れて来たということは、そういう意味として受け取ってもいいのかな?」
「構いませんよ。閻魔も確かめたかったから、こうして姿を現したのでしょう?」
常闇からの返事に、閻魔は手の袖で口元を隠すと、小さく笑い声を立てている。
「そうだね。なら、その言葉に甘えるとしよう」
白くしなやかな手がこちらを指し示す。
それと同時に、辺りを浮かんでいたぼんぼりが、私の元に向かって一斉に飛んで来るのが見えた。
丸い形のぼんぼりは、埋め尽くす勢いで私の周りを取り囲んでいく。
「えっ、あの」
思わず上司の方を見るも、上司は私に向かってにっこりと笑いかけてきた。
「では後ほど」
あ、こいつらグルだ。
悟りを得た顔で大人しくなった私を囲み終えると、ぼんぼりはふわりと浮かび上がっていく。
そしてそのまま、何処かに向かってゆらゆらと飛び立って行った。
◆ ◆ ◇ ◇
ぼんぼりに乗せられ、ふわふわと宙を浮かんでいる。
ぼんぼりとは言ったものの、持ち手の部分などは特に付いていない。
上の部分だけが独立して、宙に浮かんでいる感じ──と言った方が近いだろうか。
幼い頃、母が
ぼんぼりを眺めていたら、随分と懐かしい日の記憶が脳裏に浮かんだ。
「緊張は解けたかな?」
すぐ傍でかけられた声に、意識が引き戻されていく。
こちらを見て微笑む閻魔は、中性的な見た目も相まって、神秘的な雰囲気の持ち主だ。
白い面布には金色で何かの模様が描かれており、服に施された金の刺繍は、死装束にも近い作りを上品に仕上げている。
腕から垂らしたストールが黒でなければ、死神とは思えない配色ばかりになっていただろう。
長い髪が揺れて、思わず目を奪われた。
「おや。まだ早かっただろうか」
返事をしない私に、閻魔は少し慌てたような仕草をしている。
「いえ、違うんです。髪が、綺麗だなと思ってました」
「ああ、これかい?」
手で
白と黒の髪色は、それぞれが邪魔し合うことなく、綺麗に存在を主張し合っている。
「ふふ、嬉しいね。髪を褒められたのはいつぶりだろう」
「誰かと会ったりしてないんですか?」
今までの話を聞く限り、閻魔の元にはあまり来訪者が来ていないように感じていた。
もしかすると、こうして私と会っている事自体、ここでは
「そうだね。基本的に魂は輸送されてくるし、好んでここにやって来る者もいない。それに、私はあまり誰かの前に姿を現すことをしないからね」
「それって、私が上司の……常闇の部下だから、こうして会ってくれているってことですか?」
閻魔は私の問いに、すぐさま首を振った。
「少なくとも、君が常闇の部下だから会っているのではないよ。私はね、君だから会うことを選んだんだ」
死界に来てからというもの、理由の分からない好意に触れることが多くあったように思う。
けれど、その感情は私にとって、どれも悪くないものばかりだった。
静かな空間を閻魔と二人、何処かに向かって揺られていく。
「寂しかったりはしないんですか?」
優しく微笑む閻魔の顔に、時折ほんの少しだけ
思わず聞いてしまっていた。
「おや、君にはそう見えるのかい? それとも、
閻魔の言葉が、やけに頭の中で絡まっていく。
そもそも、私はなぜ閻魔の感情が分かっているのだろう。
嬉しそうな顔も、困ったような表情も、どこか寂しそうな笑みも。
普通なら全部、分かるはずの無いことだ。
今だってずっと、閻魔の顔は面布で覆われている。
かろうじて見える口元も、その部分だけで表情を読み取ることは困難だろう。
それなら、私はいったい……何を視て──?
「よしよし。落ち着きなさい」
頭を撫でられる感覚。
目を押さえ込んでいた手を、ゆっくりと外された。
「恐れることも、焦ることもない。視る力を持つ者は珍しいんだ。きっとこの先、君の大きな助けになる」
にこりと微笑んだ閻魔は、もう一度私の頭を撫でると立ち上がった。
「さあ、着いたよ。ここが選別所の中枢だ。そして、私が閻魔と呼ばれる
私と閻魔を降ろすと、ぼんぼりは宙に浮かんでいく。
足下に浮かぶ波紋。
そこにあったのは、辺り一面に広がる星の海だった。