上司と共に選別所へ向かって歩いていく。
腕に抱えたクリスティーナの魂は不安そうに揺れており、安心させるため
本来なら霜月も付いてきそうな状況ではあるものの、選別所に向かっているのは私と上司の二人だけだ。
「ほんとに良かったんですか? あのまま霜月たちを置いてきてしまって」
「良いんですよ。どうせ平行線にしかならない話ですから」
まあ確かに。
霜月が私と現世で暮らす事になって、今度は美火が荒れてしまったのだ。
終わらない攻防に、上司は私だけを連れて、さっさと選別所へ向かう場所に転移してしまったという訳である。
「そう言えば、死局に来る途中で色んな光景を見ました。季節も景色もバラバラで、世界の観光巡りを味わった気分です」
「観光巡りですか。
どこまでもめぐる世界か。
それはまるで、永遠に続く宇宙のような世界だ。
「死神の多くは、どこかの世界で選ばれた魂が元になっています。そう考えれば、ある意味これも一つの配慮と言えるのかもしれませんね」
私が死神になれた時点で、死神と人間に関する何らかの繋がりは予想していた。
死神の元になっているのがどこかの世界で選ばれた魂なら、好きな空間を選べる死界は住み心地がいいだろう。
不意に、腕の中で魂が揺れているのを感じた。
「ティナさん?」
クリスティーナの魂は、どこかそわそわとした様子で籠の中を揺れ動いている。
「睦月、着きましたよ」
上司に呼ばれ顔を上げると、目の前に高くそびえ立つ巨大な扉が見えた。
石で出来ているのか、かなり頑丈そうな造りをしている。
滑らかな扉の表面には、何かの紋様が彫られているようだ。
「ここが選別所ですか?」
「正確に言えば、ここより先が選別所の
言われるままに扉の前へと進む。
ぴったりと閉じた扉は、何処から開くのかさえ分からないような造りをしている。
クリスティーナの魂を手に、黙って扉を見上げていると、突然どこからか声が聞こえてきた。
「これはこれは、よく来たね」
扉に刻まれた紋様が、いつのまにか目の形に変わっている。
思わずまじまじと見返してしまったが、それなりに耐性が付いてきたおかげか、すぐに落ち着きを取り戻すことができた。
「驚かせてすまないね。ああ、君も来ていたのか。久しいね、常闇」
「ええ。お久しぶりです、
閻魔と呼ばれた声は、上司に対して親しげに話しかけている。
「ふふ。君にその名で呼ばれるのは、何だか不思議な感じがするね」
「お互い様ですよ。ここに残る以上、避けようのないことですから」
「そうだね。その通りだ」
閻魔と上司の会話を黙って聞いていると、扉の目が私に向かって動いてきた。
紋様が形作る目は、ただの冷たい石の色だ。
けれど何故か、その目からは慈しむような温かさを感じられた。
「どうぞお入り。常闇が連れてきたということは、君が例の死神だね。会えて嬉しいよ」
目の前で扉が開いていく。
重いものが動く音が聞こえ、真ん中から割れるように扉が開かれた。
扉の向こうには、先の見えない暗闇が広がっている。
「行きますよ」
上司の後に続き、暗闇の中へと足を踏み入れた。
塗り潰された視界の端々で、明かりが
宙に浮かぶぼんぼりが、何処かを指し示すようにふわふわと浮かんでいるのが見えた。
クリスティーナの魂も光を放っており、手に持った銀の籠は、まるで足元を照らす
「さっきのって……」
「ここの管理者ですよ。選別所は全て、閻魔が管理を行っています」
上司の言葉に反応したのか、ぼんぼりが強く揺れる。
導くように揺れるぼんぼりには、それぞれに意思が宿っているのかもしれない。
「あらゆる場所が閻魔の目であり、耳です。ここで起きたことは、全て閻魔に筒抜けだと思った方がいいですよ」
「気をつけます」
つまり、今この瞬間も閻魔に見られていると言うことだ。
緊張を抑え込むように、籠を持つ手に力を込めた。
「そんなに緊張することはないよ」
周りを浮かぶぼんぼりが、一つの場所に向かって集まっていく。
一際明るく照らされた先には、死界では珍しい白を纏った死神が立っていた。
顔には面布を付けており、口元以外を綺麗に隠している。
中性的な声と外見の持ち主は、こちらに向けてゆったりと手を広げた。
「ようこそ、地獄の分かれ道へ」