上司の言葉は巧みだ。
霜月の誤解を解きながら、上司の方にじとりとした視線を向ける。
返された笑顔は、やはりどこか胡散臭い。
どうやら上司は、相手を手のひらで転がすのが大変お上手なようだ。
「つまり、霜月の能力なら死界のルールに反することなく、現世でも暮らす事ができるということですか?」
「その通りですよ」
死神である霜月が、人間の世界で暮らすことを可能にする能力。
いったいどんな能力なのだろうか。
「実際に見せた方が早いと思う」
「そうですね。お好きにどうぞ」
霜月からの提案に、上司は迷うことなく許可を与えている。
席から離れるように立った霜月は、少し考えるような仕草を見せた。
───突然、霜月の姿が黒一色に染まった。
まるで夕方に浮かぶ影の様で。
黒く塗りつぶされた霜月の
そして、収縮するかのように一箇所で固まると、何かの形を取るように変化した。
真っ黒な何かは、元の姿に比べて随分と小さく、床にちょこんと立っている。
思わずじっと見つめていると、黒い何かからパチリと二つ、丸い月が現れた。
月は消えたり現れたりを繰り返していたが、私の姿を映した途端、キラキラした輝きを放ち始めている。
あ、これ霜月だ。
非日常な光景にもだいぶ慣れてきたとはいえ、目の前で霜月が全く違う姿に変わったら、戸惑ったりもするだろう。
しかしそんな気持ちは、透き通るような金色見た瞬間、綺麗さっぱり消え去ってしまった。
「霜月」
名前を呼ぶと、霜月は大きく翼を広げ、そのまま
私の伸ばした腕へ降り立つと、霜月は翼をたたみ、こちらをまん丸な目で見つめた。
「この姿……もしかしてカラス?」
どこからどう見てもカラスだ。
現世でよく見かけていた、真っ黒の鳥。
「どうしてその姿に?」
霜月はこちらを見返しているが、一向に話し出す気配はない。
「その姿で会話は出来ませんよ」
「え?」
上司からかけられた言葉に、思わず聞き返してしまった。
「現世の姿を写すということは、『
少しずつだが、
つまり、「現世の法則に従う」ことで、死神である霜月も「現世の生き物として認識されることになる」と言う話なのだろう。
死界の規則に引っかからないよう、上手く
言語などの制限は付いてしまうが、よく考えたら、現世の生き物が言葉を喋れたら、それこそ
猿の惑星ならぬ、カラスの惑星。
ホラー感が増している気がする。
「現世に存在する生き物の姿になることで、人目のある場所でも傍にいられて、なおかつ死神のしてのルールも破らないで済む──ということですね」
「理解が早いですね。霜月、そろそろ戻ってはどうです?」
上司に声をかけられ、名残惜しそうに私の方を見た霜月は、翼を羽ばたかせ上空へと飛び上がった。
空中で破裂すると、飛び散った欠片はドロリと溶け出し、再び別の形を作っていく。
「おかえり、霜月」
この言葉が今の状況に合っているかは分からない。
けれど、気づけばそう声をかけていた。
「うん。ただいま、睦月」
そう言って微笑む霜月は、いつだって私に幸せそうな顔を見せる。
──ただいま、か。
「霜月は、私と一緒に暮らしたいと思う?」
私の問いかけに、霜月はきょとんとした顔を見せた後、軽く咳き込んでしまう。
あれ、今そんな流れじゃなかった?
「現世で暮らすことになるし、いくら霜月の能力があるといっても、不便をかけることは多くなると思う。なぜか悪魔にも狙われてるみたいだし、それから──」
「睦月が許してくれるなら、一緒にいたい」
霜月の言葉には、ほんの一滴の迷いさえ感じられない。
「本当にいいの? 死界の方が霜月も暮らしやすいと思うよ」
「睦月の側にいさせて欲しい。俺が、睦月と居たいんだ」
人間が持つような感情とは違う。
そんな
それでも、私は霜月といることを選ぶのだろう。
あの子の鳴き声が聞こえる。
何処かで少し、扉が開いたような音がした──。
◆ ◇ ◆ ◇
【 おまけ 】
『 ゆるっと睦月 と ふわっと霜月 』
「そう言えば霜月」
「うん」
「どうしてカラスから戻る時、破裂してたの? 変わる時にはしてなかったよね」
「どうしてかと聞かれると……コスパ」
「コスパ?」
「体積を大きくしたい時は、引き伸ばして戻すより、破裂させて戻した方がコスパも良くなるんだ」
「なんと」