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ep.18 現世の法則


 上司の言葉は巧みだ。

 霜月の誤解を解きながら、上司の方にじとりとした視線を向ける。


 返された笑顔は、やはりどこか胡散臭い。

 どうやら上司は、相手を手のひらで転がすのが大変お上手なようだ。


「つまり、霜月の能力なら死界のルールに反することなく、現世でも暮らす事ができるということですか?」


「その通りですよ」


 死神である霜月が、人間の世界で暮らすことを可能にする能力。

 いったいどんな能力なのだろうか。


「実際に見せた方が早いと思う」


「そうですね。お好きにどうぞ」


 霜月からの提案に、上司は迷うことなく許可を与えている。

 席から離れるように立った霜月は、少し考えるような仕草を見せた。


 ───突然、霜月の姿が黒一色に染まった。


 まるで夕方に浮かぶ影の様で。

 黒く塗りつぶされた霜月のは、その場でドロリと溶け出すと、まるで影が伸びるかのようにスルスルと持ち上がっていく。


 そして、収縮するかのように一箇所で固まると、何かの形を取るように変化した。

 真っ黒な何かは、元の姿に比べて随分と小さく、床にちょこんと立っている。


 思わずじっと見つめていると、黒い何かからパチリと二つ、丸い月が現れた。

 月は消えたり現れたりを繰り返していたが、私の姿を映した途端、キラキラした輝きを放ち始めている。


 あ、これ霜月だ。


 非日常な光景にもだいぶ慣れてきたとはいえ、目の前で霜月が全く違う姿に変わったら、戸惑ったりもするだろう。

 しかしそんな気持ちは、透き通るような金色見た瞬間、綺麗さっぱり消え去ってしまった。


「霜月」


 名前を呼ぶと、霜月は大きく翼を広げ、そのままくうを切って飛んでくる。

 私の伸ばした腕へ降り立つと、霜月は翼をたたみ、こちらをまん丸な目で見つめた。


「この姿……もしかしてカラス?」


 どこからどう見てもカラスだ。

 現世でよく見かけていた、真っ黒の鳥。


「どうしてその姿に?」


 霜月はこちらを見返しているが、一向に話し出す気配はない。


「その姿で会話は出来ませんよ」


「え?」


 上司からかけられた言葉に、思わず聞き返してしまった。


「現世の姿を写すということは、『現世そこの法則にのっとった形を取る』と言うことを意味します。所謂いわゆるごうっては郷に従えと言うやつですよ」


 少しずつだが、理解わかってきたかもしれない。

 つまり、「現世の法則に従う」ことで、死神である霜月も「現世の生き物として認識されることになる」と言う話なのだろう。


 死界の規則に引っかからないよう、上手く帳尻ちょうじりを合わせているのだ。


 言語などの制限は付いてしまうが、よく考えたら、現世の生き物が言葉を喋れたら、それこそ阿鼻叫喚あびきょうかんな事態が起こるかもしれない。


 猿の惑星ならぬ、カラスの惑星。


 ホラー感が増している気がする。


「現世に存在する生き物の姿になることで、人目のある場所でも傍にいられて、なおかつ死神のしてのルールも破らないで済む──ということですね」


「理解が早いですね。霜月、そろそろ戻ってはどうです?」


 上司に声をかけられ、名残惜しそうに私の方を見た霜月は、翼を羽ばたかせ上空へと飛び上がった。

 空中で破裂すると、飛び散った欠片はドロリと溶け出し、再び別の形を作っていく。


「おかえり、霜月」


 この言葉が今の状況に合っているかは分からない。

 けれど、気づけばそう声をかけていた。


「うん。ただいま、睦月」


 そう言って微笑む霜月は、いつだって私に幸せそうな顔を見せる。

 ──ただいま、か。


「霜月は、私と一緒に暮らしたいと思う?」


 私の問いかけに、霜月はきょとんとした顔を見せた後、軽く咳き込んでしまう。

 あれ、今そんな流れじゃなかった?


「現世で暮らすことになるし、いくら霜月の能力があるといっても、不便をかけることは多くなると思う。なぜか悪魔にも狙われてるみたいだし、それから──」


「睦月が許してくれるなら、一緒にいたい」


 霜月の言葉には、ほんの一滴の迷いさえ感じられない。


「本当にいいの? 死界の方が霜月も暮らしやすいと思うよ」


「睦月の側にいさせて欲しい。俺が、睦月と居たいんだ」


 人間が持つような感情とは違う。

 そんな範疇はんちゅうを優に超えた、何か。


 それでも、私は霜月といることを選ぶのだろう。


 あの子の鳴き声が聞こえる。

 何処かで少し、扉が開いたような音がした──。




 ◆ ◇ ◆ ◇




【 おまけ 】



『 ゆるっと睦月 と ふわっと霜月 』



「そう言えば霜月」


「うん」


「どうしてカラスから戻る時、破裂してたの? 変わる時にはしてなかったよね」


「どうしてかと聞かれると……コスパ」


「コスパ?」


「体積を大きくしたい時は、引き伸ばして戻すより、破裂させて戻した方がコスパも良くなるんだ」


「なんと」



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