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ep.17 上司攻防戦


 言葉の意味を理解するのに、思ったより時間がかかってしまった。

 でもそのくらい、私にとっては衝撃的な話だったのだ。


 いきなり何を言い出すのかとは思ったが、別に霜月と暮らすことが嫌なわけではない。

 ただ、私の返事はすでに決まっている。


「無理です」


「おや、思ったより早い返事でしたね」


 もう少し悩むと思っていたのだろう。

 上司は少し意外そうな顔をしている。


「何故です? 現世で一人危険にさらされるより、霜月が傍にいたほうが安全だと思いますが」


 確かに、霜月が居てくれた方が私も安心できるだろう。

 だけど、私が身の安全を得る代わりに、霜月は余計なリスクを背負うことになってしまう。


 死神の掟やルールは、おいそれと破れるようなものではないのだ。

 一歩間違えれば、かなりのペナルティーを負わされてしまうかもしれない。


「私は人間として現世で暮らすこともできますが、霜月はどうするんですか? 死神の四ヶ条にも、『人間との接触や関わりの一切を禁ずる』と書いてあったはずです」


「第二条『業務・有事の際を除き、人間との接触や関わりの一切を禁ずる』のことですね。まさかここで四ヶ条を出してくるとは驚きました」


 上司は愉快ゆかいそうにこちらを見ると、「感心です」と呟いている。


「ですが、少し詰めが甘いようですね。第三条ではこうも載っています。『現世で姿を現す際は、必ず規約に定められた形をとること』。つまり、人間と関わらず規約に定められた形であれば、霜月が現世にいようと問題ないと言うことです」


 話が複雑になってきた。

 霜月が現世で暮らすと言うことは、私以外の人間がいる場所では姿を現せないと言うことだ。


 実体化を取らずに傍に居ることは可能だが、その場合、人間に戻った私が霜月を見たり、話したりすることは難しくなるだろう。


 死神と人間は、本来なら交わることのない平行線の上に存在している。

 死神かれらとの線が交錯こうさくするのは、いつだって人が死を迎える時なのだ。


「規約に定められた形って、契約した日に見た姿のことですよね? 装束の効果でほぼ黒に見えるとはいえ、あれで人間との接触を避けるのは逆に難しそうな気もしますけど」


「ああ、なるほど。睦月はまだ、霜月の能力について聞いていなかったようですね」


 何故ここで、霜月の能力の話が出てくるのだろうか。

 でも、言われてみればそうだ。

 私は霜月の能力について、何も知らない。


「そろそろ霜月もしびれを切らしそうですし、ちょうど良いのでここからは三人で話しましょうか」


 上司の視線がれる。

 おそらく、印を通して連絡しているのだろう。

 近未来を彷彿とさせるような仕組みだが、死界に存在する権能と組み合わせれば、便利さの方が勝るのかもしれない。


 けれどその反面、「果たしてそんな技術モノが必要なのか」という疑問も湧いてくる。


 以前は印がなかった。

 つまりそれは、印がなくても死界や死神には全く問題がなかったと言うことだ。


「来ましたか」


 部屋に入ってきた霜月を見て、上司は私の隣に腰掛けるよう指示している。


「ちょうど、霜月の能力について話していた所です」


 大人しく隣に座った霜月は、私と視線が合うと嬉しそうに微笑んだ。

 霜月って、私と一緒に暮らした方が幸せになれるのでは……?


 一瞬、そんな考えが脳裏をよぎっていく。

 いや、待て。待つんだ私。

 安易に決断を下すのは危険なことだぞ。

 一度冷静になるんだ。


「能力についてはもう少ししたら話そうと思ってた。なんで今その話を?」


「いえね、睦月に霜月と一緒に暮らしてはどうかと提案していたのですが──」


「ごほっ! けほ……っけほ」


 いきなり咳き込んだ霜月は、口元を押さえたまま前屈まえかがみになっている。


「おや。もし霜月が嫌なようでしたら、この話はなかったことに──」


「嫌とは言ってない! ……っ」


 いきなり大きな声を出したことで、咳がぶり返してしまったようだ。

 霜月の背中に手を当て、早く治るようにとさすっておく。


「ごめん睦月。もう平気だ」


 身体を起こした霜月は、落ち着いたのか、普段通りの様子で上司の方に向き直った。


「それで、について話してた?」


「それはこれから話す所でしたよ」


 こちらに視線を向ける上司に、内心で首を傾げる。


「睦月が貴方と暮らすのは無理だと言うので、能力について話せば気持ちも変わるかと思いましてね」


「えっ」


「ん?」


 間違ってはいない。

 間違ってはいない、のだが……。


 普段は察しが良いのになぁ、なんて思いながら、私は青ざめていく霜月を全力で宥めにかかっていた。



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