言葉の意味を理解するのに、思ったより時間がかかってしまった。
でもそのくらい、私にとっては衝撃的な話だったのだ。
いきなり何を言い出すのかとは思ったが、別に霜月と暮らすことが嫌なわけではない。
ただ、私の返事はすでに決まっている。
「無理です」
「おや、思ったより早い返事でしたね」
もう少し悩むと思っていたのだろう。
上司は少し意外そうな顔をしている。
「何故です? 現世で一人危険に
確かに、霜月が居てくれた方が私も安心できるだろう。
だけど、私が身の安全を得る代わりに、霜月は余計なリスクを背負うことになってしまう。
死神の掟やルールは、おいそれと破れるようなものではないのだ。
一歩間違えれば、かなりのペナルティーを負わされてしまうかもしれない。
「私は人間として現世で暮らすこともできますが、霜月はどうするんですか? 死神の四ヶ条にも、『人間との接触や関わりの一切を禁ずる』と書いてあったはずです」
「第二条『業務・有事の際を除き、人間との接触や関わりの一切を禁ずる』のことですね。まさかここで四ヶ条を出してくるとは驚きました」
上司は
「ですが、少し詰めが甘いようですね。第三条ではこうも載っています。『現世で姿を現す際は、必ず規約に定められた形をとること』。つまり、人間と関わらず規約に定められた形であれば、霜月が現世にいようと問題ないと言うことです」
話が複雑になってきた。
霜月が現世で暮らすと言うことは、私以外の人間がいる場所では姿を現せないと言うことだ。
実体化を取らずに傍に居ることは可能だが、その場合、人間に戻った私が霜月を見たり、話したりすることは難しくなるだろう。
死神と人間は、本来なら交わることのない平行線の上に存在している。
「規約に定められた形って、契約した日に見た姿のことですよね? 装束の効果でほぼ黒に見えるとはいえ、あれで人間との接触を避けるのは逆に難しそうな気もしますけど」
「ああ、なるほど。睦月はまだ、霜月の能力について聞いていなかったようですね」
何故ここで、霜月の能力の話が出てくるのだろうか。
でも、言われてみればそうだ。
私は霜月の能力について、何も知らない。
「そろそろ霜月も
上司の視線が
おそらく、印を通して連絡しているのだろう。
近未来を彷彿とさせるような仕組みだが、死界に存在する権能と組み合わせれば、便利さの方が勝るのかもしれない。
けれどその反面、「果たしてそんな
以前は印がなかった。
つまりそれは、印がなくても死界や死神には全く問題がなかったと言うことだ。
「来ましたか」
部屋に入ってきた霜月を見て、上司は私の隣に腰掛けるよう指示している。
「ちょうど、霜月の能力について話していた所です」
大人しく隣に座った霜月は、私と視線が合うと嬉しそうに微笑んだ。
霜月って、私と一緒に暮らした方が幸せになれるのでは……?
一瞬、そんな考えが脳裏をよぎっていく。
いや、待て。待つんだ私。
安易に決断を下すのは危険なことだぞ。
一度冷静になるんだ。
「能力についてはもう少ししたら話そうと思ってた。なんで今その話を?」
「いえね、睦月に霜月と一緒に暮らしてはどうかと提案していたのですが──」
「ごほっ! けほ……っけほ」
いきなり咳き込んだ霜月は、口元を押さえたまま
「おや。もし霜月が嫌なようでしたら、この話はなかったことに──」
「嫌とは言ってない! ……っ」
いきなり大きな声を出したことで、咳がぶり返してしまったようだ。
霜月の背中に手を当て、早く治るようにとさすっておく。
「ごめん睦月。もう平気だ」
身体を起こした霜月は、落ち着いたのか、普段通りの様子で上司の方に向き直った。
「それで、
「それはこれから話す所でしたよ」
こちらに視線を向ける上司に、内心で首を傾げる。
「睦月が貴方と暮らすのは無理だと言うので、能力について話せば気持ちも変わるかと思いましてね」
「えっ」
「ん?」
間違ってはいない。
間違ってはいない、のだが……。
普段は察しが良いのになぁ、なんて思いながら、私は青ざめていく霜月を全力で宥めにかかっていた。