連絡先の交換は、手を握るだけでいいのだろうか。
心なしか顔色の悪い威吹に対して、自分から手を差し出してみた。
霜月と出会ってから、こうして誰かと触れ合うことが増えたように思う。
何だか不思議な気持ちだ。
「これで大丈夫?」
「あ、ハイ。助かります」
手を握ろうとする威吹の顔は、少し緊張しているように見える。
そして、そんな威吹をじっと見ている美火の目は、何というか瞳孔が開いた猫のようだ。
満月も獲物を
威吹は軽く手を触れ合わせると、即座に腕を引っ込めていった。
「交換できたみたいです! 睦月さんの方も連絡とか来てますか?」
「あ、うん。大丈夫、来てるよ」
威吹は安心したように息を吐くと、「怖ぇ……」と小さく呟いている。
そんなに怖がらなくても、もう
「これ、印を通して来るのとは違ってるね」
「個人で交換するとそうなるんだ」
疑問を口にすると、横にいた霜月がすぐさま理由を教えてくれる。
「個人で交換?」
「そう。印を通さずにやり取りが出来るようになる」
「へえ……」
印を通していた時は、通知が視界の端に出てきたり、音声が響いたりと、明らかにそうと分かるような連絡が来ていたように思う。
でも今回は、直接頭に降りて来るような、自然と理解に及ぶような、そんな感覚だった。
「少し不思議な感じもするけど、こっちの方が便利というか……何だか自然な感じがするかも」
「あー、昔は印の存在自体なかったみたいですからね。未だにそう感じる死神も結構いるらしいですよ」
頭の
印がなかった──?
それはいったい、どういう事なのか。
「そこに突っ立って、何をしているんです?」
上司が部屋に入って来たことで、思考が中断される。
開きかけた口を
「別に何でもない」
「おや、私だけ仲間はずれとは悲しいですね」
「元々そうです」
霜月と美火の返事が、鋭く返されていく。
しかし、上司は特に気にした様子もなく、こちらに真っ直ぐ近づいてきた。
「今後の事で話しておくことがあります。美火、先に彼を出口まで送ってきてください」
「分かりました。……行きますよ」
美火は威吹に声をかけ、そのまま部屋の出入り口に向かって歩いて行く。
「ちょ、速っ! 睦月さん! 今日はほんとにごめんな! また店でも埋め合わせするから!」
後ろ髪を引かれるように話す威吹へ、了承の返事と共に手を振った。
「またね」
「はいまた! あ、霜月! 今更だけど名前おめでとう! 睦月さんと仲良くすんだぞー!」
「言われなくてもする」
慌てて出て行く威吹を見送ると、そっと手を下ろした。
「行っちゃったね」
「うん」
「寂しい?」
「いや……、もう寂しくない」
そう言って微笑む霜月に、それ以上の言葉は必要なかった。
◆ ◇ ◇ ◇
魔界にある領地の一角。
広い領地に建つその城の一室で、何かが声をあげた。
それは
「アァ主人。こんな姿にされテ……可哀想ニ」
よしよしとあやすその姿は、母親と言うには
赤子を抱えたその悪魔──レプリカは、赤子を台の上に乗せると、手を剣に変形させていく。
そしてそのまま、自らの胸を勢いよく貫いた。
黒い
レプリカの姿は泥が崩れ落ちるようにだんだんと形を無くし、その場からサラサラと消えていった。
後に残されたのは、台の上にひとり寂しく置かれた哀れな赤子だけ。
──の、はずだった。
「あのクソ野郎。規格外にも程がある」
そこに立っているのは、一人の男だ。
赤子の姿は見当たらず、男は台を
「あの死神……いったい何なんだ。僕の楽しい時間を台無しにしたあげく、魂まで奪っていきやがった」
怒りが収まらないのか、男は目に映るものを手当たり次第に破壊していく。
「ごしゅじん! だめですよ、ものにあたっては!」
舌ったらずな喋り方と、それに見合う幼い声が部屋に響いた。
「プーパ、お前か」
「はいごしゅじん! ぷーぱがやってきましたよ!」
可愛らしい羊のぬいぐるみが立っている。
プーパと呼ばれたぬいぐるみは誇らしげに胸をはると、嬉しそうに男へ話しかけた。
「れぷりかをだいしょうとして、もどられたのですね」
「嫌な言い方をするな。アレは元々、そのために作っておいたものだぞ。出来る事なら、使わないに越したことはなかったが……」
重いため息を吐いた男は、プーパに向けて何かを投げ渡した。
「僕はしばらく
「それでは、ぷーぱはなにをいたしましょう?」
首を傾げるぬいぐるみに視線を向けると、男は唇の端を持ち上げ、ニヤリと微笑んだ。
「あの新人の死神……そいつを見つけ出せ。そして、
「でもごしゅじん、せいやくしょのそんざいはどうするんですか? ぷーぱたちも、それがあってはちかづくこともできません」
困り顔のプーパに、男は心配ないとでも言うような表情をした。
「いいか? 偶然の
「なるほど! さすがはごしゅじんです! あくまはくしゃくのなは、だてではありませんね!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜ぶプーパに向かって、悪魔伯爵レインは、早く行けと言わんばかりに手を振っている。
「くれぐれも失敗はするなよ。それが使えるのは一度だけだからな」
「わかりましたごしゅじん! このぷーぱにおまかせを!」
そう言い終わるや否や、プーパの姿はその場からかき消えていった。