どさっという音が聞こえ、直後、固まっていた時間が解けていく。
音の先に目を向けると、地面に座り込む威吹の姿が見えた。
「やべ……腰抜けた」
上司から漂う圧で今にも倒れそうだったが、霜月が来たことで、どこか気が緩んだようだ。
まだ顔色は悪いが、先ほどよりは随分と良くなっている。
「威吹くん大丈夫?」
「あー、いや……はい。平気、です」
頭をくしゃりとかき混ぜ、重いため息を吐いた威吹は、気合を入れ直すため頬を叩くと立ち上がった。
霜月は威吹の方をちらりと見たものの、すぐに視線を戻している。
機嫌が良さそうに微笑んでいた霜月だが、突然、何かに気づいた様子で私の方へと駆け寄ってきた。
「睦月っ、顔に傷が」
さすが霜月とでも言うべきか。
速攻でおでこの傷跡を見つけてしまった。
前髪を手の甲で持ち上げると、霜月は険しい表情で怪我の具合を確認している。
「誰にやられた?」
「自分でぶつけちゃって」
「本当に?」
霜月はこちらを見つめたまま沈黙していたが、確かめるようにもう一度問いかけてきた。
おそらく次は、冗談でしたではすまないだろう。
霜月の後ろには、心配そうな顔で見守る威吹の姿が見える。
じわじわとした熱が身体を
印を中心にだんだんと広がっていくそれは──警告だ。
早く言わなければ。
さっきのは間違いだと。
これは──真実を聞く問いかけなのだ。
うそは、ゆるされない。
「何をしてるんです」
私と霜月の頭から、
いつのまにか傍に立っていた上司は、呆れたような、それ以上に真面目な雰囲気をしている。
「霜月。貴方いま、自分が何をしようとしたか
上司の言葉に、霜月の肩が揺れた。
「なぜ言わなかったかなんて、想像に
黙って俯く霜月を横目に、上司は私の方へ手を伸ばすと、指でおでこを弾いてきた。
「……痛いです。怪我が悪化しました」
「おや、随分と良くなったように見えたのですがね。それにしても、完治して早々に怪我とは。全く手のかかる部下です」
やれやれと言わんばかりの表情を見せる上司に、じとっとした視線を向ける。
いくら事実だとしても、それを上司に言われるのは大変不服である。
伝われ
「……睦月、ごめん」
ぽつりと聞こえた声に、霜月の方を見た。
下を向いていると、前髪で顔が隠れてしまう。
「霜月が謝ることなんてないよ」
「自らの感情を優先し、相手の意思を尊重できない愚かな行為でしたがね」
おおっと、上司?
この状態の霜月に追いダメージを与えるとか、実は死神じゃなくて鬼なのでは。
「求むオブラート」
「これでも言葉は選びましたよ」
思わず漏れ出た心の声に、上司のしれっとした言葉が返ってくる。
私が次の言葉を話すよりも早く、霜月の静かな声が響いた。
「ごめん睦月。上司の言う通りだ。睦月の気持ちを考えず、自分の感情を優先した。睦月が嘘をつくのは、いつだって誰かを守る時だって……俺は知ってたはずなのに」
握った拳が震えている。
霜月はどうして、そんなにも私のことを知っているのだろうか。
いつのまにか印は沈黙しており、痛みや違和感なども全てなくなっている。
「行こう霜月。一緒に戻ろう」
差し出した手が示す意味に、気づいてくれるだろうか。
私を見る霜月の目はたまに眩しそうだ。
ひんやりとした手が重ねられ、しっかりと握られていく。
体温がない霜月の手は、何故だかとても私に馴染んでいた。
◆ ◆ ◇ ◇
「カウダが捕まったですって!?」
古びた神殿だ。
所々に見られるひびからは、パラパラと破片のようなものが散っていく。
神殿というより
神殿の深部とも言えるその場所では、一人の女が金切り声をあげていた。
「落ち着きなさい、ラケルタ。ただの
ラケルタと呼ばれた女は、顔を覆うと力なく座り込んだ。
「アンブラ様……、カウダは私の一部も同然だと言えるほど大切な男なのです。どうか、どうか取り戻すためのお力添えを……!」
まるで悲劇でも演じるかのように、ラケルタは
アンブラはその様子を眺めると、かけていた椅子から腰を上げた。
「それほどまでに大切な男だったとは。他ならぬ君の頼みだ。力になってあげたいところだが──」
「何か手があるのですね……! お願いしますアンブラ様! どうかこの私めに、貴方様のお力をお貸しください」
縋り付くラケルタの手を取ると、アンブラは何かを握らせている。
「これを使いなさい。外に私の配下を呼んでおこう。上手くやるんだよ」
「アンブラ様……! このご恩は忘れません。来たる日には、必ずやお役に立ってみせます」
「期待しているよ」
アンブラから渡された物を握りしめ、ラケルタは深々と
◆ ◆ ◆ ◆
死局の一室。
常闇が所有する空間の一室で、睦月たちはテーブルを取り囲んでいた。
「霜月の言ってたオーダーメイドの知り合いが、まさか威吹くんだったなんてね」