「テメェのせいだぞ威吹! テメェのせいでオレは、とんだ赤っ恥をかかされたんだ! 責任はとってもらうからな!」
男の怒号が響き渡る。
周囲の死神たちは、みな我関せずといった
「知らねぇよそんなん。彼女にプレゼントしたいからって、見栄張って買おうとしたお前の自業自得だろ」
怒り心頭な男に対し、威吹の態度はとても落ち着いて見えた。
「テメェんとこの商品が欲しいっつうから、仕方なく買いに行ってやったんだぞ! それを……!」
「あのなぁ、俺は止めたはずだ。デザインだけならともかく、素材も加えるとなると、今のお前にはとても払えないからやめとけってな。けどそれは嫌だって騒ぐ彼女の前で、大見栄きって了承したのはお前の方だろ?」
怒りで震えながらも、言い返す言葉が見つからないのか、男は悔しそうに拳を握りしめている。
威吹はそんな男を冷めた目で見ると、呆れを含んだため息を吐いた。
「とにかく、値が張るものには前金を支払ってもらうってのが店の決まりなんだ。前金さえ支払えないやつに、商品を作ることは出来ない」
男を見据えきっぱりと言い放った威吹は、「もういいだろ?」と話し、
二人の会話を聞いている限り、どうやら問題は威吹ではなく、あちらの男にあるみたいだ。
威吹は、私がまだその場に居るのを確認すると、ホッとした表情でこちらに駆けて来ようとした。
その背後で、拳を振り上げる男の姿が見える。
「うしろ!」
思わず叫んだ私の声と、男の拳が威吹へ届いたのは、ほぼ同時の出来事だった。
「っぶねーな。てかなに? まだ何かあるわけ?」
身体を捻らせ男の拳を受け止めた威吹は、そのまま手に力を込めていく。
ぎちぎちと肉が締まるような音が鳴り、男の顔が苦痛に歪むのが見えた。
「テメェのせいだ……」
「は?」
「テメェのせいでオレは……、オレは……! んのクソ野郎がぁっ!」
男が力任せに振った腕を離すと、威吹は数歩退がり、男と距離を取った。
「お前……逆恨みもいい加減にしろよ」
威吹の顔に初めて怒りの感情が浮かんだ。
「大した実力もねぇのに
威吹の髪が風で揺れている。
「オレに、説教してんのか……?」
気づくと、周りに死神がいなくなっていた。
正確には、威吹たちの周りだけ綺麗に居なくなっているのだ。
「そこのお嬢ちゃん」
声をかけられ振り向く。
全身をローブで包んだ死神が、私に向かっておいでおいでと手を動かしていた。
「そっちは危ないよ。多分、ギリ範囲内ってとこだ」
「範囲内?」
「そ。彼らは今、能力での戦闘に移る気だ」
能力……戦闘。
うん、危ないことだけはよく分かった。
呼んでくれた死神の元へ移動する。
随分と背の高い死神だ。
声からして、おそらく男性だろう。
纏っているローブは私たちと似たような物だと思っていたが、近くで見てみると、どこか違っている気がしてくるから不思議だ。
「そのローブって、支給されるやつと違いますよね。特注品とかですか?」
「え?」
気になって聞いてみたが、ローブの死神は随分と驚いたような雰囲気を出した後、そのまま黙り込んでしまった。
聞いてはいけないことだっただろうか。
そう思い口を開こうとしたが、目の前で鳴った音に意識が引っ張られていく。
──地面から、
先端は全て威吹に向かって伸びており、串刺しにでもする勢いだ。
「あー、始まっちゃったねぇ」
驚く私の横で、ローブの死神は
「止めなくていいんですか? しかもここって、死局のある
「いやぁ、けっこうあるんだよねー。ここら辺のやつらって、死局に勤めてるやつも多くてさ。だからその分、プライドとかも馬鹿みたいに高いわけ。場所を選ばずぶつかってるやつらもちょいちょい見かけるし、ここの死神なら慣れたもんよ。ただ今回は、なかなかに能力の高い者同士がぶつかってるみたいだけどね」
美火が言ってたのは、この事だったのか。
ほんと離れてすみません。
心の中で手を合わせ反省していると、強い風が目の前を吹き抜けていった。
地面から突き出た棘の先端が、スッパリと切れている。
切れた先端は地に落ちており、しばらくすると土へ姿を変えていく。
「あの棘、土だったんだ」
「ガタイの良い方は、地面を変形させる能力を持ってるね。規模や大きさからして、戦闘にも向いてそうだ」
頷きながら眺めるローブの死神の視線が、威吹の方へと移っていく。
「それに対して、あの赤髪の少年は風使いか。特別戦闘に特化してるってわけじゃないけど、能力の扱い方がとても良いね。センスを感じるよ」
死局では見かけない子だな……僕んとこに、などとぶつぶつ呟きながら、ローブの死神は威吹たちの戦闘を楽しそうに観戦している。
威吹の操る風は、的確に棘の先端を切り取っていく。
イライラした唸り声が響き、次第に男はがむしゃらに棘を出すようになった。
「っおい! 狙うなら俺のほうだけにしろよ! さっきだって、お前の飛ばした
「知るかよ! そんなもんに当たる奴はゴミ以下だ! クソっ、ちょこまか動きやがって……! 降りてこい威吹ぃ!」
死神同士の喧嘩に巻き込まれた挙句、塵扱いされているわけだが、実際に戦闘を見ていて思ったのは、威吹の方が圧倒的に実力があるということだ。
「被害を抑えながらだと、さすがに勝負もつきにくいみたいですね」
「お! 分かってるねぇ。確かにあの少年は、自分への攻撃を抑えながら、周りへの
土を変形させる能力により、威吹たちの周りは瓦礫の山と化している。
しかし、瓦礫などが周囲に飛び散っている様子はない。
威吹が被害を抑えつつ戦っているためだ。
それだけでも充分すごい事に思えるが、まだ何かあるのだろうか。
「お、来たね」
辺りが騒がしくなってきた。
現世で言う警察のような格好をした死神たちが、こちらへと向かってくる。
「死局の警備課のやつらだよ。街中の戦闘には目を瞑ったりもしてるんだけど、相手の死神が無差別な攻撃を始めたり、不当に被害を受けた死神側が、相手の死神を拘束をするよう依頼することもできる」
自戒の印がありながら、威吹たちが普通に動けている時点で、
そして間違いなく、警備課に依頼をしたのは威吹の方だ。
「そこの死神二人! 今すぐ戦闘を中止せよ!」
鎖のようなものを出しながら、警備課の死神が警告を叫んでいる。
威吹はすぐさま能力を解くと、少し離れた場所に降りたった。
警備課の一人が、まだ能力を解いていない男の方へと近づいていく。
「威吹テメェ……! ぜってえ許さねぇぞクソがっ……! くたばりやがれ、このゴミ野郎ォっ!」
忠告を無視した男が、威吹に向かって能力を展開した。
「この馬鹿が!」
威吹もすぐさま能力を展開したが、不意打ちの攻撃に、何とか逸らすことで回避したようだ。
そして、逸らされた攻撃は、何故か一直線にこちらへ飛んでくる。
眼前に迫る棘に、またか……なんて思いつつも、この攻撃をどうにかする手段はあいにく持ち合わせていない。
それと同時に、目の前で棘が爆発した。
パラパラと降ってくる破片を呆然と眺めていると、誰かが煙の先から走ってくる。
「睦月さんっ!」
名前を呼ぶと共に飛び込んで来た少女は、私に思いっきり抱きついた。