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ep.5 悪魔襲来


 間延びした、粘着質な声が響いた。

 庭の塀に足をかけたまま不思議そうにこちらを眺めていた男は、「ウ〜ン……」とうなりながら首を傾けている。


「……睦月。俺が時間を稼ぐから、回収が出来たらすぐに登録してある座標に飛んでほしい」


 私を背に隠しながら、霜月は大鎌サイズを手元に呼び出した。


「霜月はどうするの?」


「俺のことは心配いらない。ここが片付いたらすぐに向かうから、飛んだ後は俺が行くまでどこかに隠れてて」


 正直、霜月を置いていきたくはない。

 私だけここを離れるなんてしたくない。

 でも──。


 振り向いた先には、穏やかに眠るクリスティーナと、傍を浮遊する魂がある。

 このままここに残れば、霜月は私だけでなくティナさんの魂も守りながら戦うことになってしまう。


 それに、あの悪魔がここに来た目的が彼女の魂だとしたら。

 ──絶対に渡すわけにはいかない。


死神之大鎌デスサイズ……物騒ですネェ。ワタシはアナタたちと争うつもりハありませんヨォ」


「なら今すぐ帰れ。仕事の邪魔だ」


「イイエ。それはいけまセン。ワタシはおつかいを頼まれたのデス」


 ぴりりとした空気が張り詰めた。

 大鎌を構え直した霜月の後ろで、魂の回収を始める。


「ソレを渡してくだサイ。ソノ魂は、ワタシの主人のモノなのデス」


「これは俺たち死神が管轄かんかつする魂だ。渡すことはできない」


「イイエ。イイエ。ソレは間違いなく主人のモノ。死神が手を出していいモノではありまセン」


 全く引く気配のない悪魔に、場は膠着こうちゃく状態だ。

 霜月が、「話にならない」と呟くのが聞こえる。

 その言葉と同時に、回収が完了したのが見えた。


 アンティークのような作りをした銀のかごに、魂が収められている。

 鳥籠のような形にも見えるが、サイズは小ぶりで、持ち手の部分を持つとまるで提灯のように揺れた。


 重さは感じず、揺れていても中の魂に影響はないようだ。

 印に要求すれば、いつでも座標の位置へ飛べる状況。

 服にしわが寄るのも構わず、印の上から手を強く握りしめた。


「アァ、モウ。面倒デス。これいじょう主人を待たせるワケにはいきまセン」


 悪魔は塀から跳び降りると、まるで壊れた人形のような動きでこちらへと向かって来た。

 悪魔の手がぐにゃりと歪み、なたのような形に変化する。


「睦月!」


 霜月の呼ぶ声に、私は魂を入れた籠を抱え込むと、そのまま座標の位置へと飛んだ。


 飛ぶ直前に見えた、ニタリと笑う悪魔の顔が──やけに不気味に感じた。




 ◆ ◆ ◆ ◇




 睦月が無事に飛んだのを確認し、霜月は意識を悪魔の方へと向けた。

 悪魔は魂が消えたのを確認すると、再び唸りながら頭を掻いている。


「行ってしまいマシタ。主人に叱られテしまいマス」


「叱られるもなにも、俺たちが回収している所に割り込んで来たのはそっちだ」


 カクリと首を傾げた悪魔は、不思議そうな表情をしている。


「イイエ。アレは主人と契約した魂で間違いありまセン。ソレをワタシが代わりに回収しにきたのデス」


 ──契約した魂?


 霜月が確認した情報には、そんな内容など載っていなかった。

 危険度がEになっていた事も考えると、おそらく死局側でも把握していなかった情報なのだろう。


 ──どうしてこんな事が起きている?


 悪魔は、死神のように嘘をつくことを禁止されたりはしていない。

 けれど、何かの制約でも受けない限り、よほど嘘をつくことは無いと言えるだろう。


 何故ならそれが、悪魔という存在だからだ。


「お前の主が、さっきの魂と契約した理由はなんだ」


 睦月との会話から推測するに、魂が保護案件になった理由は、対象が以前出会ったという人外の子供が原因だろう。

 しかし、ある程度の接触であれば、特別狙われる魂でもなかったはずだ。


 だが、悪魔は契約と言った。

 悪魔と契約した場合、多くは対象の死後に悪魔が直接魂を回収しに訪れる。


 ──いったい何の契約を?


「ウ〜ン、まあイイかナ、教えちゃってモ」


 悪魔は手を元の形に戻すと、そのまま右手で目を指し、左手で耳を引っ張った。


「主人は探しモノをするのニ手を貸したんデス。探すためにハ、対価が必要でショウ? ダカラ、死んだら魂をモラウ。ソウいう契約だったんですヨ」


 最悪だ。

 対価を支払わない魔法を不審に思っていた霜月だが、契約内容を聞くなり、一気に険しい表情になっていく。


 悪魔は執念深い。

 契約した魂をみすみす逃したりはしないだろう。

 だとすれば──。


「アララァ〜? 気づいテしまいマシタ? ソウですヨ。契約した魂がドコへ行こうとモ、主人にとってハ筒抜け状態、ということデス。キレイな方でしたのにネェ……。ご愁傷しゅうしょうサマァ〜」


 悪魔の顔が醜悪しゅうあくに歪む。

 たのしそうなわらい声を上げる悪魔の態度さえ、霜月にとってはもうどうでもいいものだった。


「行かセませんヨォ〜? 今からワタシの仕事は、アナタをココから逃がさナイことに変わりマシタ」


 ニタニタした笑みを浮かべた悪魔が、再び手を変形させていく。

 先ほどとは異なり、マシンガンのような形に変えると、銃口を霜月の方に向けてくる。


「……邪魔するな。消されたいのか?」


 霜月は怒りのあまり、辺り一帯をひずませてしまいそうなほどだった。

 しかし、そんな事をすれば自戒の印が発動し、睦月の元へ向かうことが難しくなってしまう。


 ──早急に悪魔こいつを処理しよう。


 悪魔の向けた銃口から、弾丸が飛び出して来るのが見えた。


 ── 死神之大鎌デスサイズ死神之大喰鎌デスイーターに変更しろ。


《要請を許可します》


 飛んでくる攻撃を全て喰い散らかしながら、霜月はひたすら睦月のことだけを考えていた。



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