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ep.3 魔法のカラクリ


「魔法……?」


「ええ。そうは言っても、魔法がかかっているのは目と耳の二つだけよ」


 突拍子とっぴょうしもない言葉に思わず聞き返してしまったが、つまりその魔法とやらがかかっているから、私たちの姿が見えるし声も聞こえていると。


 そういうことで良いんだよね?

 霜月の方を向くと、なんとも言えない顔でクリスティーナを見ている。


 やっぱりそういうことじゃないかもしれない。


「魔法は誰にかけてもらったんですか?」


「それが、誰なのかはよく分かってないの。どうしてもあの子に会いたい一心で日本まで来たけれど、私には探すことすらままならなくて……。そんな時、偶然出会った方が私に魔法をかけてくれたの」


 なんだかきな臭い話になってきた。


 偶然出会った人が、他人のために魔法なんてものを使ったりするだろうか。

 それに、あの子って──?


「そいつは何か言ってたか? 魔法の効果や、対価について」


 霜月は何かに気づいているようだ。


 魔法に対価。

 問いかけの意図を知るためには、まずこれについて知る必要があるだろう。


 死神のデータベースは人物に関する検索も出来るが、他にも辞書の用途で使うことができる。

 方法は簡単で、データベースにアクセスしたら、調べたい言葉を伝えるだけだ。


 ──魔法について検索。


 【魔法】

 現世に存在している妖精・精霊と契約することで得られる力のこと。

 対価を支払うことで得られる力もある。


 対価を支払う……。


 つまり霜月は、クリスティーナが対価の方で魔法を得たと判断したわけか。

 私が付け焼き刃でも何とかなっているのは、死神に与えられた権限ちからのおかげだ。


 いつどこでも一瞬で視界に辞書が出せる。

 これを使わない手立てはあるまい。

 ちなみに、死神の力は魔法ではなく、神の権能によるものらしい。


 神ってすごい。


 視界の端から辞書を消し、二人に視線を向ける。

 死神の力を使っていると、現世の時間がゆっくり進んでいくのだが、これは時間が止まっているわけではなく、死神の処理能力やキャパシティが大きすぎるために起こるものだ。


 これを感じるたび、新人でも死神は死神だということを自覚させられている。


「彼はこの力のことを、魔法とは言ってなかったわ。私が勝手に魔法だと思ったの。だって、魔法以外にあり得なかった! 今まで見えてなかった世界が見えるようになったのよ。魔法じゃなきゃ何だっていうの?」


 興奮気味に話すクリスティーナは、まるで夢を見ている少女のようだ。


「彼はお礼をすると言った私から、何も受け取ることなく去っていったわ。だから、霜月くんが言う対価ってものがお礼だとしたら、私は支払ってないことになるわね」


 対価を支払わない魔法。


 クリスティーナは妖精や精霊と契約はしておらず、対価も支払っていない。

 だとすれば、魔法をかけた彼とやらが代わりに支払っていることになる。


 偶然出会った人に魔法をかけてあげるだけでなく、対価まで引き受けているのだとしたら、何か理由わけがあるはずだ。


 この魔法にはきっと、裏がある。

 そんな胸騒むなさわぎを覚えたのは、私だけではなかったみたいだ。

 霜月とアイコンタクトを交わす。


 まだ簡単なことしか読み取れないが、霜月は出会ってからずっと、私と話す時は目を合わせて話そうとしてくれる。

 そのお陰で、だいぶ早く身についてきた。


「ティナさんがこの魔法をかけてもらった理由は、さっき言っていたあの子を探すためなんですか?」


「そう、そうなの! 私はあの子に会うために日本ここまでやって来たのよ」


 クリスティーナの意識がこちらに向くと同時に、霜月が一歩後ろへ下がったのを確認する。


 おそらく、誰かと連絡を取るためだろう。


 この話については、私も気になっていたことだ。

 静かに頷き、耳を傾ける。

 きっとクリスティーナから聞ける話は、これが最後になるのだろうから。


 ロッキングチェアに腰掛ける彼女の視線は、どこか遠いところを向いている。


「あの子に出会ったのはね、私がちょうど20歳になった頃よ。お母さんの生まれた日本へ、みんなで里帰りすることになったの。川原にはたくさんのお花が咲いていて、その周りでは桜の木が綺麗な花びらを舞わせていたわ」


「春だったんですね」


「ええそうよ。日差しが暖かくて、少し静かだけど、それ以上に素敵な場所だと思ったわ」


 あの頃を思い出して笑うクリスティーナの表情は、とても幸せそうだ。


「この家に来た時もね、凄く気に入ったの。レトロな雰囲気が土地にも馴染なじんでいて、いつかここに住んでみたいって思ったほどよ」


「この家は、ティナさんのお母さんが住んでいた場所だったんですか?」


「そうよ。お母さんのお母さん、お祖母さまが越して来てからずっと、この家はここにあるわ」 


 クリスティーナは少し眠たげな表情をしたが、そのまま続きを語っていく。


「そう、それでね。そこの川原があまりに素敵で、滞在中は一日に何度も足を運んだの。わたし以外には誰も見当たらなくて、まるでこの場所を独り占めしてる気分だったわ。でもね、そんなある日、あの子と出会ったの」



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