「魔法……?」
「ええ。そうは言っても、魔法がかかっているのは目と耳の二つだけよ」
そういうことで良いんだよね?
霜月の方を向くと、なんとも言えない顔でクリスティーナを見ている。
やっぱりそういうことじゃないかもしれない。
「魔法は誰にかけてもらったんですか?」
「それが、誰なのかはよく分かってないの。どうしてもあの子に会いたい一心で日本まで来たけれど、私には探すことすらままならなくて……。そんな時、偶然出会った方が私に魔法をかけてくれたの」
なんだかきな臭い話になってきた。
偶然出会った人が、他人のために魔法なんてものを使ったりするだろうか。
それに、あの子って──?
「そいつは何か言ってたか? 魔法の効果や、対価について」
霜月は何かに気づいているようだ。
魔法に対価。
問いかけの意図を知るためには、まずこれについて知る必要があるだろう。
死神のデータベースは人物に関する検索も出来るが、他にも辞書の用途で使うことができる。
方法は簡単で、データベースにアクセスしたら、調べたい言葉を伝えるだけだ。
──魔法について検索。
【魔法】
現世に存在している妖精・精霊と契約することで得られる力のこと。
対価を支払うことで得られる力もある。
対価を支払う……。
つまり霜月は、クリスティーナが対価の方で魔法を得たと判断したわけか。
私が付け焼き刃でも何とかなっているのは、死神に与えられた
いつどこでも一瞬で視界に辞書が出せる。
これを使わない手立てはあるまい。
ちなみに、死神の力は魔法ではなく、神の権能によるものらしい。
神ってすごい。
視界の端から辞書を消し、二人に視線を向ける。
死神の力を使っていると、現世の時間がゆっくり進んでいくのだが、これは時間が止まっているわけではなく、死神の処理能力やキャパシティが大きすぎるために起こるものだ。
これを感じるたび、新人でも死神は死神だということを自覚させられている。
「彼はこの力のことを、魔法とは言ってなかったわ。私が勝手に魔法だと思ったの。だって、魔法以外にあり得なかった! 今まで見えてなかった世界が見えるようになったのよ。魔法じゃなきゃ何だっていうの?」
興奮気味に話すクリスティーナは、まるで夢を見ている少女のようだ。
「彼はお礼をすると言った私から、何も受け取ることなく去っていったわ。だから、霜月くんが言う対価ってものがお礼だとしたら、私は支払ってないことになるわね」
対価を支払わない魔法。
クリスティーナは妖精や精霊と契約はしておらず、対価も支払っていない。
だとすれば、魔法をかけた彼とやらが代わりに支払っていることになる。
偶然出会った人に魔法をかけてあげるだけでなく、対価まで引き受けているのだとしたら、何か
この魔法にはきっと、裏がある。
そんな
霜月とアイコンタクトを交わす。
まだ簡単なことしか読み取れないが、霜月は出会ってからずっと、私と話す時は目を合わせて話そうとしてくれる。
そのお陰で、だいぶ早く身についてきた。
「ティナさんがこの魔法をかけてもらった理由は、さっき言っていたあの子を探すためなんですか?」
「そう、そうなの! 私はあの子に会うために
クリスティーナの意識がこちらに向くと同時に、霜月が一歩後ろへ下がったのを確認する。
おそらく、誰かと連絡を取るためだろう。
この話については、私も気になっていたことだ。
静かに頷き、耳を傾ける。
きっとクリスティーナから聞ける話は、これが最後になるのだろうから。
ロッキングチェアに腰掛ける彼女の視線は、どこか遠いところを向いている。
「あの子に出会ったのはね、私がちょうど20歳になった頃よ。お母さんの生まれた日本へ、みんなで里帰りすることになったの。川原にはたくさんのお花が咲いていて、その周りでは桜の木が綺麗な花びらを舞わせていたわ」
「春だったんですね」
「ええそうよ。日差しが暖かくて、少し静かだけど、それ以上に素敵な場所だと思ったわ」
あの頃を思い出して笑うクリスティーナの表情は、とても幸せそうだ。
「この家に来た時もね、凄く気に入ったの。レトロな雰囲気が土地にも
「この家は、ティナさんのお母さんが住んでいた場所だったんですか?」
「そうよ。お母さんのお母さん、お祖母さまが越して来てからずっと、この家はここにあるわ」
クリスティーナは少し眠たげな表情をしたが、そのまま続きを語っていく。
「そう、それでね。そこの川原があまりに素敵で、滞在中は一日に何度も足を運んだの。わたし以外には誰も見当たらなくて、まるでこの場所を独り占めしてる気分だったわ。でもね、そんなある日、あの子と出会ったの」