太陽はとっくに姿を沈ませ、空には月が昇りきっている。
居住地より少し離れたこの場所は物静かで、都心部では届かない星の光を目にすることができた。
住宅地というにはいささか寂し気だが、近くを流れる川と、ちらほら見える住人たちの明かりが、逆に
ふと、
真っ黒なローブに身を包んだ二人組は、目を凝らさなければ夜の中に溶け込んでしまいそうだ。
「ここが回収地点? 人影は見当たらないけど……」
「あのく……上司が指定した座標は、ここで間違いないみたいだ。時間も遅いし、家で休んでる可能性が高い」
声からして、二人組はまだ若い男女のようだ。
女の方は辺りを見回し、不思議そうに首を
「ここって……」
「うん。実践で使用した場所から、かなり近い地点みたいだ」
以前来たことのある場所だったのか、男が頷いたのを見ると、女は「奇遇だね」と話しながら辺りを眺めている。
男の方はそんな女の姿を優しく見守っていたが、不意に何かに気づいた様子で顔を上げた。
「睦月、対象が移動した。少し早いけど向かった方がいい」
睦月と呼ばれた女性は、差し出された手を取ると、「頼りにしてます、霜月先輩」と
睦月と霜月。
彼らは現れた時と同じように、再びその姿を夜へと溶け込ませていった。
◆ ◆ ◇ ◇
睦月は悩んでいた。
悩むことすら悩ましいと言わんばかりの状況に、軽く頭痛までしてきたくらいである。
睦月の荒れた内面に対して、外見の様子は至って冷静だ。
とても悩んでるようには見えないだろう。
今までこの
しかし、どうやら隣の少年にはそれが当てはまらなかったらしい。
「睦月、気に入るのがなければ選ばなくてもいい。元から何を着ても良い決まりだ。万が一文句を言うやつがいたら、きちんと処理しておくから安心して」
──いったいどこら辺に安心すれば良いのだろう。
睦月への
一瞬頭が混乱するも、霜月が言うならそれで良いのかも……という結論に終わる辺り、睦月も大概のようだった。
「さすがに部屋着は気になるから、今度買いに行こうかな」
「なら、今回の仕事が終わったら、オーダーメイドで作ってみるのは?」
「オーダーメイド?」
そんなことが出来るのかと驚く睦月に、霜月は目線をどこかへ流すようにした。
おそらく、目の前に出ている自分専用の
「この仕事の
「知り合い? 死神の?」
霜月に死神の知り合いが?
それも上司以外の?
そんな睦月の心情を読み取った霜月は、どこか困ったような表情を浮かべている。
「まあ……うん。ただの知り合いだけど」
「ぜひそこでお願いしたいかな。いや、もうそこしか考えられないかも」
珍しく前のめりで話す睦月に、霜月の眉が下がっていく。
「……睦月、もしかして面白がってる?」
「そんなことは……あるかな」
正直に頷き「ごめんね」と謝る睦月に、霜月は慌てて首を振った。
「睦月が楽しめるならそれで良い。謝る必要はない」
霜月の言動を見ていると、まるで自分の感情が読み取られているようで、睦月は不思議な気持ちで口を開いた。
「私、あんまり顔にも態度にも出ないから、今まで会った人には人形みたいって言われてたんだけど……。もしかして霜月は、けっこう分かってたりする?」
睦月からの問いかけに、霜月は少し驚いたようだった。
しかし、すぐに真剣な様子に変わると、真っ直ぐ睦月の方を見返している。
「それは……今まで会ったやつらに、見る目がなかっただけじゃないのか?」
死神に嘘がつけない事を除いても、霜月を見る限り到底嘘だとは思えなかっただろう。
そのくらい、霜月の顔は真剣そのものだった。
「睦月の考えてる事を正確に読む、とかは難しいけど、何となく考えてることくらいは分かってる……と思う」
睦月の
人形みたいと言う表現は、あながち間違いでもないだろう。
あくまで、
白い肌に夜空のような髪が垂れる。
サイドの三つ編みに使われた金色のリボンが
◆ ◆ ◆ ◇
光に集まる
自分から寄ったくせに、望んだ反応が貰えないと勝手に落胆して離れていく。
くだらない人間のすることなんて、気にする必要はないのに。
睦月には、睦月を分かってくれる存在が必ずいるのだ。
そう口にしかけた言葉を呑み、ゆっくりと立ち上がった。
「そろそろ時間だ。準備は終わりそう?」
「うん。もう終わるから待ってて」
少し慌てた様子で、睦月は服の見本を片付けていく。
何度見てもセンスが独特すぎる見本品の
今までは、一方的に眺めることしかできなかった。
傍にいても気づかれない。
隣にいても届かない。
そんな、もどかしく苦しい距離感。
でももう、そんな日は来ない。
睦月のために、俺が出来ることは何だってしよう。
服を引っ掛けたのか、少し焦った表情をする睦月が見えた。
こんなにも分かりやすいのに。
見る目のない……人間以下共め。
◆ ◇ ◆ ◇
これがほんとの一章目
第一生 First Death ちっぽけな少年
一生、始まりました。