「言語を変えたところで無駄ですよ。私たちには意味がありませんからね」
混乱のあまり脳内が虚無になっている私をおかしそうに見ながら、男は何かを差し出してきた。
「今回の契約について記したものです。どうぞご確認を」
「……ちょっと待ってください。さらっと死神業って言ってますけど、私人間ですよ?」
そもそも死神業って、ただの人間にやれるものなのだろうか。
頭に死神ってついてますけども。
「ええ、知っていますよ。そんなことより、『時は金なり』なんて言いますが、私の時間はお金などでは到底支払えるようなものではありません。早くサインした方が賢明だと思いますがねぇ」
ぐいぐいと押しつけられる圧に負け、渡された用紙を手に取る。
冷んやりした温度と、サラサラした感触。
文字は書かれているというより、刻まれているかのようだ。
〜 死神になる貴方へ贈る 死の四ヶ条! 〜
いや怖……。
死神だから四ヶ条とか、そんな安直な感じではないと思いたいが、初っ端の出だしが死の四ヶ条って時点で既に
第一条 死神としての法や
第二条 業務・有事の際を除き、人間との接触や関わりの一切を禁ずる
第三条 現世で姿を現す際は、必ず規約に定められた形をとること
第四条 死神になった場合、特例を除き死神を辞することを禁ずる
……おっも。
色々と重たすぎる死の四ヶ条だ。
一度死神になったら勝手に抜けるのは許されないって、ヤのつく職業じゃないんだから。
いや、比べるのも失礼だったかもしれない。
なんせこっちは、死の神と書いて死神だ。
「この内容で行くと、私も死神になったら抜けれなくなってしまいませんか?」
「そちらに関しては問題ありませんよ。特例を除きと書いてあるでしょう? 貴女はその特例に当たるので、契約期間さえ終われば、死神を
「……契約の書類にしては、内容が少なすぎると思うのですが」
「細かい内容は、貴女のパートナーから聞いてください。彼は優秀ですからね。私としても、最低限こちらの四ヶ条を守ってもらえれば後は追々で構いませんよ。初めから完璧を求めたりはしていないので、そこはご安心を」
何というか、ヤバい人から急にまともな言葉をかけられると、逆にその人のことが心配になってくる現象ってないだろうか。
私はある。
さらに言うと、今まさに現在進行形だ。
とはいえ、気遣ってもらえたのは事実だし、ここは私も大人としての対応をするべきだろう。
「まあ本当は、私が面倒なだけなんですけどね」
よし、契約するの止めよう。
◆ ◆ ◇ ◇
「ではここにサインを」
さすがに時間も押しているのか、どうやら仕事モードへと切り替えたらしい。
何処からか現れた羽ペンを手渡してきた男は、用紙にサインをするよう求めてくる。
私としても、面倒なことは早く終わらせてしまいたい。
もうどうにでもなれと半ば投げやりにペンを掴んだものの、何故だろう……インクがつかない。
「あの、インクがついてないようですけど」
出鼻を
「ああ、言い忘れてました。そのペンには元々、インクはついていないんです」
「それならインクを出してくれませんか? これだと、書こうにも書けませんが」
「インクは必要ないんですよ」
話が通じない。
矛盾だらけの言葉に、もはや怒りを通り越して
いっそのこと、まとめて突き返してやろうかと、ペンを持つ手に力が込もった時だった。
──ぶすり。
何かが突き刺さるような感覚。
反射的に、刺された感覚のする手の方へと視線を向けた。
そこに見えたのは、ペンを握る私の手に噛み付いている──ペンの姿だった。