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第五五章 龍の洗礼

「おわぁっ!?」


 巻き藁は資材置き場で巻き藁づくりをしていたアイシャのすぐそばに突き刺さり、あわや強襲を受けそうになったアイシャが大慌てでその場から飛び退っている。

 というか、アイシャの反応速度でなければ当たって怪我をしていたかもしれない。


「ご、ごめん! 大丈夫!?」


 シエラも慌てて駆け寄っている。

 アイシャは飛びのいた際に打ちつけたらしい尻をさすりながら微苦笑を浮かべていた。


「だ、大丈夫。でも、さすがにまだシエラちゃんには早かったかな」

「うん……まだシュギョーが足りないみたい」


 シエラが無念そうに溜息をついて、ガックリと肩を落とす。

 まあ、俺からすれば剣を握ってまだ二、三日というわずかな期間でここまでしっかりと振り回せているだけでも立派なものだと思うが……。

 とはいえ、【剣技】スキルのランクから考えると、これくらいはできて当然だったりもするのかもしれないし、この世界の剣技の基準はちょっとよく分からんな。


「でも、やっぱりこの剣スゴいよ! ぜんぜん刃こぼれしてない!」


 じっくりと長剣の刀身を眺めながら、シエラが改めて喜びの声を上げている。

 確かに、あれだけ派手に巻き藁を弾き飛ばせば普通の剣なら刃こぼれのひとつくらいしてそうなものだが、そこは切れ味を犠牲に頑強さを求めたとだけはあるということか。


「……ねえ、アイシャだったらこの剣でスーパー巻き藁も斬れるの?」


 ふと何か思い立ったのか、シエラが長剣の刀身を透かすようにしてアイシャを見つめる。

 アイシャは最初こそぼんやりとその視線を受けとめていたが――急にニヤッと口の端を歪めて見せると、シエラのほうに歩み寄ってその手をズイッと突き出した。


「当然だよ。アタシの剣の腕前、見せてあげよっか?」


 おお、やる気じゃん……。


「見たい見たい! 見るのもベンキョーってフィーが言ってた!」


 シエラが瞳をキラキラと輝かせながらアイシャに長剣を手渡している。

 というか、フィーがいつそんなことをシエラに……?


「そんなの決まってるでしょ」


 何故かラシェルが溜息まじりに肩をすくめた。

 あまり深くは言及しないほうが良いのかもしれない。

 ともあれ、シエラはアイシャに長剣を受け渡すと、そのまま地面に転がったスーパー巻き藁こと鎖帷子で補強された巻き藁を拾い上げて台のほうへと担いでいく。


「見ててよ、シエラ。それに、キョウスケくんも」


 アイシャが長剣を肩に担ぎながら、ゆるりとした足取りで台のほうへと歩いていく。

 両刃の剣でそんな担ぎかたをして肩を怪我しないかと心配になるが、さすがにそれくらいは本人も承知の上か。

 というか、なんでそこで俺の名前が出てくるのだろう。


「自分のほうが上だと見せつけたいんじゃろうなぁ。ワシにも気持ちはよぉく分かる」


 何故かサラが訳知り顔でウンウンと頷いていた。

 いや、わりと勝手なこと言ってないか……?


 なんにせよ、アイシャは半身を切るように身をひねりながら長剣を構えると、間合いを測るようにジリッと地面を踏みしめる。

 そして、ギュッと強く柄を握り締めたと思うや、神速の踏み込みとともに一閃――キィンという甲高い音が響き渡り、次の瞬間、巻き藁は……。


 ――俺のほうに飛んできたんだが!?


 反射的に腕につけていた竜鱗の盾を構え、なんとか俺は巻き藁の強襲を受けとめる。

 いつもなら未使用時の盾は背部に背負っていることが多いのだが、今回は先ほどの流れでそのまま腕につけたままにしておいたことが幸運を奏した。

 というか、大見え切ったくせに思いっきり失敗しとるやんけ……。


「あっれぇ? この剣、ホントにナマクラじゃない?」


 アイシャが手許の長剣を見下ろしながら眉を顰めている。

 先ほどまでの余裕な表情は何処へやら、不貞腐れたようにグサッと地面に長剣を突き立てると、頭の後ろで腕を組み合わせながら唇を尖らせてこちらに歩み寄ってきた。


「ねえ、キョウスケくんもやってみてよ。ゼッタイにあの剣ナマクラだよ。キョウスケくんも斬れなかったら、親父に文句言ってやるんだから」


 無茶なことを言ってくれる。


「やるだけやってみたら? また絆スキルで強くなったんでしょ?」


 一方、ラシェルはニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべながら肘で小突いてきた。


「マスター、シエラたちの仇をとってよ!」


 何故かシエラもノリノリで、俺の足許に転がったスーパー巻き藁を拾い上げるや、そのまま台のほうに担いでいって筒の中に挿し込んでしまった。

 どうしよう……ここはグスタフの面目を保つためにも、一肌脱ぐべきだろうか。

 というか、そもそも彼の口から『切れ味は期待するな』と言われてるわけだから、普通の巻き藁が切れてる時点で十分じゃないか……?


「まあ、ここはお主さまが男を見せるところなんじゃないかのう?」


 サラもしたり顔でこちらに流し目をくれている。

 どうやら逃げ場はなさそうだ。


 俺は諦めて地面に突き立った長剣のもとへと歩いていくと、皆の視線が集中する中、とりあえず柄を抜いて地面から引き抜いてみた。

 長剣の柄はシエラの手のサイズに合わせられていることもあって少し細目だが、柄頭の部分に施された意匠がカウンターウェイトになっているらしく、全体のバランスは悪くない。

 ひとまず両手で握って構えてみるが、どうにもしっくりこないので少し無茶かと思いつつ片手で構えてみると、その瞬間、長剣と腕が一体化するような奇妙な感覚に見舞われた。

 これは【剣技】スキル――いや、【装備適正】スキルの影響かもしれない。

 俺は両手武器に対する適性を持っていないので、片手で扱える武器でないとスキルの恩恵を完全に享受することができないのだろう。

 最初は片手で扱うにはあまりに重厚すぎると感じていたこの長剣だが、いざ片手で持ってみると【装備適正】の効果もあって思ったほど取り回しの悪さは感じなかった。


 俺は改めて長剣を構えながら、巻き藁のほうへと向き直る。

 巻き藁は鎖帷子で補強されている時点でかなり頑強であるにだけでなく、手許の長剣の切れ味の悪さについてはある意味グスタフのお墨つきだ。

 シエラやアイシャでも斬れなかった以上、もはや力や技術でどうにかなる問題ではない。


 ――だとすれば、残された道は……。


 俺は力強く大地を踏みしめながら一歩を踏み出すと、長剣を構えたまま身を捻ってぐるりと駒のように全身を旋回させた。

 俺の膂力では、ただ振りかぶって斬りかかった程度では単純に速度が足りない。

 であれば、その場で体を回して遠心力を使い、その力と速度を余すことなく刀身に乗せて巻き藁に向けて一閃すれば、あるいは――。


 キンッ! ――と、短いながらも鋭い金切り音を立てて、長剣の切っ先が巻き藁を薙ぐ。

 ……いや、薙いだように見えた。

 というのも、確かに手応えはあったのだが、巻き藁に変化が見られなかったのだ。

 あれだけ大仰な真似をした手前、あまり考えたくはないのだが、目測を見誤って剣先が巻き藁を掠めるだけで終わってしまったのかもしれない。

 あ、あの、やり直しを要求させていただいてもよろしいですかねェ……?


「……キョウスケくん、いま、何したの……?」


 気恥ずかしさからその場で硬直する俺に、何故か目を丸くしたアイシャがそう呟いた。


「あんた、いよいよバケモノじみてきたわね……」


 ラシェルも呆れたような面持ちで肩をすくめている。

 なんだ? そんなにおかしなことをしたか……?


「マスター、一瞬、消えてた」


 ただでさえ大きな瞳をさらに大きく見開きながら、シエラが奇妙なことを言った。

 消えた……? いや、さすがにそんな大げさな――。


「ふむ……」


 ――と、サラが何やら真剣な面持ちで歩み寄ってきて、おもむろに俺の腕に触れてくる。

 そして、そのまま反対の手で首筋に触れ、次いで額に触れた。

 サラの手は妙に冷たくて思わず身震いしそうになるが、彼女の表情はいつになく真剣そのものであり、変な反応をしてしまうと顰蹙を買いそうなのでなんとか我慢する。

 そうこうしているうちにサラは俺の体から離れ、今度は巻き藁のほうに向き直ると、何を思ったのかその上側をコツンと拳で小突いた。

 すると――驚いたことに、巻き藁の上半分だけがそのまま地面に落ちて行った。 

 巻き藁は中心部でしっかり両断されていたが、どういう理屈か切断されたあともその場に残り続けていたらしい。


「普通の人体ではおよそ耐えきれぬ高体温、そして、人智を超えた膂力……」


 他の三人が騒然とする中、サラだけが落ち着いた様子で俺の顔を見つめていた。

 やがて、その黄金色の瞳が怪しげに細められ、色素の薄い唇がゆっくりと言葉を紡ぐ。


「お主さま……おぬし、龍の洗礼を受けたな……?」


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