「い、いけません、お主さま……そんな、マジマジと見つめられては……」
サラは両手で頬を覆うようにしながらそんなことを呟いている。
コイツ、ちょいちょい豹変するけど、何かスイッチみたいのなのがあるのか……?
――いや、ひとまずそんなことはどうでもいい。
それより、サラのステータスボードを見ていて少し気になることがあった。
以前には併記されていたはずのステータスの数値が消えているのだ。
「む……となると、やはり竜結晶を取り込んだことで魔王の恩寵からも外れたか」
何か察するところがあるのか、サラがすぐに真面目な表情に戻って言った。
「竜結晶……って、この前のリンドブルムの心臓にあったってやつよね?」
ラシェルが思い返すように首を傾げながら訊いている。
確か、竜の王の心臓に形成される核のようなもの――という話だったか。
「うむ。長く生きたドラゴンはその心臓に核を成す。まあ、身も蓋もない言いかたをすれば固着した血腫のようなもんじゃが、竜の血の塊となればそこに秘められた力は絶大よ。さらに心臓に竜結晶を生成した竜は共有知の認識が可能となり、そこから叡智を得て竜の王に至るわけじゃが……」
またしてもサラが難しい話をしはじめている。
とりあえず、右から左に聞き流しておくか……。
「ていうか、あんたはもともと竜の王だったわけじゃないの?」
ラシェルはいちおう聞く姿勢を見せているようで、腕組みをして眉間に皺を寄せながら質問を重ねている。
まあ、いちおう種族的には『ロード』ではなかったが……。
「ワシはあくまで紅き竜王の記憶の残滓を持つだけよ。まあ、転生体という表現がいちばん適しておるのではないかの。格で言えばレッサードラゴンくらいじゃろう」
「そのわりには最初っから偉そうだったわね」
「レッサードラゴンでもそこいらのヒトよりはよほど格上じゃぞ! おぬしらがワシの想定よりずっと強かっただけじゃ!」
半眼で見つめてくるラシェルに、サラがプリプリと肩を怒らせながら唇を尖らせている。
まあ、結果的に俺たちは難なく下してしまっているが、そもそも竜族というもの自体が通常の魔物と比較しても別格に脅威であることは純然たる事実だ。
俺だって【絆】スキルによる暴力的な補正がなければ一人で立ち向かおうなどとはとても思わなかったし、ラシェルやアイシャはそもそもが一線級の冒険者でもある。
「というか、おぬしらヒトは竜族を魔物と一緒くたにしておる向きがあるが、そもそも竜族はヒトや魔族に並ぶ立派な大種族ぞ。敢えて言うなら動物界の頂点が竜じゃ」
唇を尖らせたまま、咎めるような口調でサラが言う。
その言葉に、俺もラシェルは思わず目を丸くしながら顔を見合わせてしまった。
「竜が動物……って、魔物や魔族とは最初から関係ないってこと?」
――と、いうことになるよな……?
「うむ。というか、もしも竜族が魔王の支配下にあるならば、竜の王とヒトとの間で盟約など結ばれるはずがなかろうよ。魔王の恩寵を受けし者は、例外なくヒトへの敵愾心を持つようにその精神を汚染されるのじゃからな」
呆れたように肩をすくめながらサラが告げる。
冷静に考えれば確かにそうだが……。
となると、最初こそ不死系の魔物であるリッチとしてこの世界に再誕したサラが、竜結晶を取り込むことで名実ともに竜族となるに至った――ということだろうか。
「そんなところかのう。竜族はこの世界で最も強く賢き種族じゃ。神の加護や魔王の恩寵などなくとも、竜の王たるワシの力は絶大よ」
いつぞやのようにニュッと鼻の先を天狗のように伸ばしながら、サラが胸を張る。
なんでコイツの体ってこんなふうに自在に変容するんだろう……。
「まあ、ワシの体はヒトの因子を取り込んだ影響でベースこそ人型を形成しておるが、本質的には流体生物に近いからのう。おぬしらに分かりやすく説明すれば、人型をしたスライムみたいなもんじゃよ」
ま、マジかよ……。
さらに不死属性と考えると、実質的には溶解した死肉の塊みたいな感じだろうか。
そりゃ、神さまがドン引きしたくなるのも分かるぜ……。
「けど、そう考えると今のあたしたちって魔族がいて、竜がいて、ついでにキョウスケは神さまの遣わした転生者ってことでしょ? なんか凄い集まりになってきたわね」
何やら感慨深げに頷きながら、ラシェルが言った。
確かに、考えようによっては今の俺たちはこの世界のほとんどの要素を取り込んでいる集団と言えるのかもしれない。
混血ではあるがエルフ族とホビット族がいて、オーガ族と人間族がいて、竜族と魔族すら取り込んでいるのだ。
これだけ多種多様なメンバーが一同に会することができたのも、あるいは【運命力】の成せる御業なのだろうか……。
「運命力っていうか、主にソレのせいな気もするけど……」
――と、そう言いながら半眼でこちらを見つめるラシェルの視線は、何故か一直線に俺の下半身に向けて注がれていた。
※
話に区切りがついたところで、俺たちはグスタフに改めて礼を言ってから裏庭のほうへとやってきた。
ついつい長話になってしまったが、シエラとアイシャは準備のためにアレやコレやと奔走していたらしく、まさにちょうどこれからようやく試し切りがはじまるところのようだ。
裏庭の中央には大きめの筒のような形をした台が置かれ、その筒の中には巻いた藁のようなものが挿し込まれている。
おそらくはその藁を切って試し切りをするのだろうが、それ以外にも地面の上には巻いた藁の上にさらに鎖帷子のようなものをかぶせられたものも転がっている。
「こんなものまで使うわけ?」
ラシェルもその異様な巻き藁に気づいたようで、裏庭の奥にある資材置き場のようなところで巻き藁づくりをしているアイシャに声をかけている。
「えー、だって、これが斬れなきゃ一人前じゃないって親父がうるさいんだもん」
アイシャが不服そうに唇を尖らせながら答える。
鎖帷子を斬って一人前とは、なかなかグスタフの基準は厳しいみたいだな……。
まあ、それだけ自分の打った刀剣に自信があるということでもあるのかもしれない。
「マスター、見ててね!」
巻き藁を前にシエラが長剣を鞘から抜き放ち、黒光りする幅広の刀身を陽光の下で煌めかせながらニヤリと口の端を歪める。
長剣は刀身が1メートルほどとかなり長大で、長めのグリップもあわせるとほとんどシエラの身の丈と変わらないくらいのサイズがあるのではないかと思われた。
しかし、シエラはそれを軽々と振りかぶると、強く地面を踏みしめ、力強く腰を旋回させながら横なぎに巻き藁を払った。
ザンッ! ――と、藁の断ち切れる音ともに巻き藁の上半分が地面に転がり落ちる。
「おー、やるじゃない」
ラシェルが感心したように言って、パチパチと暢気に拍手をしていた。
一方、サラは半眼で地面に転がる巻き藁の切れ端を見つめている。
「やはりあまり切れ味はよくないようじゃのう」
どうやら巻き藁の断面を見ているらしい。
確かに、よく見ると巻き藁の断面はお世辞にも綺麗な状態ではなく、無理やり叩ききったことが見て取れる程度には不揃いで不格好な様相をしていた。
しかし、シエラはちゃんと巻き藁を斬れただけでもご満悦のようで、長剣を地面に突き刺しながら両手を腰に当てて得意げにふんぞり返っている。
ちょっとサラに似てきたか……?
「そんなことで得意げになっておってどうする。そこな帷子の巻かれたものを斬れて一人前なのじゃろう?」
「あ、そうだった!」
サラに指摘されて、シエラがハッとしたように目を見開き、台の筒から巻き藁の残骸を抜くと、地面に転がっている鎖帷子で補強された巻き藁を拾い上げて再設置する。
そして、もといた場所に戻って長剣を地面から引き抜くと、再び強く両手で長剣を握り締めながら真剣な面持ちで巻き藁に向かって身構えた。
刹那、踏み込まれる一歩、振りぬかれる一閃、弾ける火花――ギィンと金属同士の擦れ合う音ともに、巻き藁は……。
ものすごい勢いで、土台から弾け飛んでいった。