「こっちが新しいお嬢ちゃんの剣だ。使いやすいように握りの太さを調整しておいた。もし使ってみて気になるところがあったら教えてくれ」
少しずつ日差しが高くなるころ、再びグスタフの店までやってきた俺たちは、さっそく工房に通されて各々の武具を受け取ることになった。
見たところグスタフの姿格好は昨日のときとまったく変わっておらず、ひょっとしたら寝ずに作業に没頭していたのかもしれない。
しかし、そのわりに彼の表情はいつになく生き生きとしていて、シエラに長剣を受け渡す際も事細かに取り扱いについての説明などをしていた。
「いいか。前に渡した剣とこいつは明らかに違う点が二つある。まず、切れ味については期待するな。刃つけはしてあるが、それは刀剣としての矜持みてえなもんだ。基本的には無理やり突き刺すか叩き斬るもんだと思ってくれ」
グスタフのその言葉に、シエラが少しだけ長剣を鞘から抜き、その刃を窓から差し込む光に向けて透かしている。
遠目から見る分には綺麗に刃が出されているようにも見えるが、実は単に刀身の縁を薄くしているだけで、文字どおり『叩き切り』やすくしているだけなのかもしれない。
「もう一つは、もう分かってると思うが、昨日渡した剣と比べて明らかに重いことだ。お嬢ちゃんの力なら振り回すことくらいは問題ねえだろうが、体の軽さだけは誤魔化しがきかねえ。木剣みたいにブンブン振り回せるもんじゃねえってことだけは覚えておきな」
「ねえ、裏庭で試し斬りしてみたい!」
――と、ほとんどグスタフの言葉を遮るように声を上げながら、シエラが満面の笑みで長剣を抱えながらピョンピョンと飛び跳ねている。
グスタフが肩をすくめながら物言いたげな目で俺のほうを見てきて、俺はそのまますぐ隣に立つアイシャに視線を向ける。
「……分かったよ。シエラちゃん、一緒に行こっか」
「うん! 新しい特技も試してみたい!」
アイシャが半眼で溜息をつきながらシエラに声をかけ、長剣を掲げながら目をキラキラと輝かせている彼女を伴って裏庭のほうへと出ていった。
というか、また知らないうちに新しい特技を覚えたのか……。
シエラはまだ職業の加護を受けていないはずだが、特技や術式に関してはそういったものとはあまり関係ないのかな。
「いや、関係はあるはずじゃ。おそらくはお主さまのスキルの影響じゃろう。剣技スキル以外にもお主さまとシエラの間でなんらかの共有がなされていたとて不思議はない」
腕組みして工房を出ていく二人の後ろ姿を見送りながら、サラがそんな指摘をしてくる。
なるほど、もともと俺が覚えていた特技や新しく覚えた特技が【絆】スキルを通じてシエラに影響を与えている可能性があるわけか。
本来、特技はスキルとは少し違って戦いの最中や日常の中のちょっとしたきっかけから天啓のように閃いて体得するものである。
俺の場合は盾関係の特技などがそうで、どちらかというと【絆】スキルのような形で特技を覚えていくほうが稀なケースなのではないかと思う。
「サラは何か特技を覚えたりしないわけ?」
ラシェルが少し興味深げに訊いてくる。
確かに、シエラは明らかに俺のスキルの影響を受けていることが感じられるが、サラはどうなのだろう。
「うーむ、ワシは術師系じゃし、その術に関しても、系統、属性ともにお主さまとは異なるからのう。それに、どうにもワシは存在というか、概念が魔物に類するようでの。神の加護の外におるらしくて、自分ではステータスボードすら出せんのよ」
「えっ、そうなの?」
「うむ。いちおう魔物や魔族にも身体能力を補正する恩恵は与えられておるが、神ではなく魔王の恩寵によるものじゃからの。ヒトのそれとは根っこの性質が異なるのじゃよ」
む、そうなのか。
とはいえ、俺が以前に【観察】で確認したときにはステータス表記のようなものが見えた気もするが……。
「ふむ。おそらくじゃが、従魔化されたことでヒトにも分かりやすいように数値換算されておるのではないかのう」
なるほど。神さまあたりが気を利かせてくれているのかもしれないな。
——ん? いや、待て、なんかおかしいぞ。
仮にそうだとして、だったらなんでシエラのステータスはすべてゼロだったんだ?
彼女だって曲がりなりにも魔族なわけだから、サラのように魔王の恩寵とやらで身体能力の補正を受けていたはずなのでは……。
「んむ? それは単に、あやつがヒトになったから担当が変わったのではないか?」
俺の疑問に、あっけらかんとした様子でサラが答える。
「は? どういうこと?」
ラシェルが露骨に怪訝な顔をして訊き返した。
俺もまったく同じ感想だ。
担当が変わるという表現もしっくりこないが、そもそもシエラがヒトになったというのはいったいどういう……?
「いや、じゃから、おぬしらヒトが人間族だのエルフ族だのと分かれているように、その中の一種族として神に認識されたということじゃろう? 魔族としてなのか、それともリカントロープ族としてなのかは知らぬが」
「ええっ? それ、シエラがキョウスケの従魔になったことでそうなったってこと?」
「それ以外にあるまい。魔族を従魔にするなどという例は竜の共有知においてすら記録が見つからんが、スキルや特技の共有化がなされておる時点ですでに魔王の恩寵の外にいることは間違いなかろう」
サラが人差し指をビシッと天井に向けて突き立てながら講釈してくれるが、あいにくと俺の頭の中にはさっぱり内容が入ってこなかった。
とりあえず、シエラはなんかいろんな偶然が重なりまくった結果、今は魔族でありながらヒトに近い存在になっているということか……?
「盛り上がってるところ悪いが、キョウスケ、先にいいか」
——と、話の隙間を縫うように、グスタフが間に入ってきた。
その手には昨日も見せてくれた白銀に輝く鱗の盾が携えられている。
おお、ついに完成したのか……!
「鱗の表と裏で少し性質が異なるようでな。一時はどうなるかと思ったが、なんとか土台に圧着することができた。どうやら鱗の表面で受けた衝撃を裏側の少し柔らかい部分で分散する構造になっていたようだな。裏側というより、真皮に近い性質なのかもしれねえ」
何か感じ入るものでもあるのか、グスタフはそう語りながらも自分自身で納得するようにウンウンと頷いている。
俺は剣の師匠としての一面しか知らなかったが、本来はこういったモノづくりをしているときが一番楽しいタイプなのかもしれない。
「持ち手は二種類つけてある。横向きに持って通常どおり防御メインに使ってもいいし、縦に持って最初から殴るために使ってくれてもいい。使ってみて、どちらかが不要になりそうだったら外すから持ってきてくれ」
そう言いながら、グスタフが盾の裏側を見せてくれる。
鱗の裏に圧着された板金には縦と横にそれぞれ腕を固定するためのホルダーと握りがつけられていて、確かにどちらの用途でも快適に使うことができそうだ。
特に白龍王の鱗は先端が少し尖った流線型の形状をしているので、これで生身の部分を殴られたら、場合によってはそれだけで致命傷になるかもしれない。
俺はグスタフに改めて礼を言うと、さっそく盾を腕に装着してみた。
うむ。まるで最初から俺のために作られたかのようによく腕に馴染む……あ、いや、俺のために作られたのか。
「うちにこの鱗を削れるようなグラインダーでもあれば、剣でもなんでも作ってみようって気になるんだがな」
グスタフは盾を身につけた俺の姿に一定の満足感を得てはいたようだが、それでもまだ少し物足りなさそうに言って嘆息した。
考えてみれば、グスタフは防具をほとんど作らない。
工房にも少しくらいは盾の試作品らしきものの残骸が転がっているが、それよりも圧倒的に刀剣類のほうが多かった。
「白竜王が司る属性は金……とはいえ、まさかここまで硬質とは思わんかったのう」
サラも改めて自分の腕に生えた白銀の鱗を見下ろしながらそう呟く。
そういえば、あまり深く考えていなかったが、今のサラはいったいどういった存在になるのだろう。
最初は竜の王の骨と死霊術師の力を取り込んで偶発的に生まれたドラゴンリッチなる存在だったが、白竜の王の心臓を取り込んだ今でもそれは変わらないのか……?
なんだか急に気になってきた俺は、久々に【観察】スキルを試してみることにした。
サラの顔をじっと見つめながら、ステータスボードを開くように頭の中で念じる。
俺の視線を受けて何故かサラはポッと頬を赤らめていたが――ともあれ、次の瞬間、音もなくサラの顔の横あたりに半透明のボードが姿を現した。
:名前 サラ
:種族 ロードドラゴンリッチ
:状態 隷属
れ、隷属っ!? ていうか、マジで竜の王になっちゃってる……!?