――最後に誰かを信じようと思ったのは、十五才の時だった。
あたしは父が人間族で母がエルフ族という、いわゆるハーフエルフとして生を受けた。
母の家系は代々身体の弱い血筋だったみたいで、あたしが物心つくころには純血のエルフであるはずの祖父母もすでに他界していた。
そんな母と父が出会ったのは、野草を取りに森に出かけた母が体調を崩して身動きがとれなくなっていたときのことだ。
当時、冒険者だった父がたまたま森で倒れている母のそばを通りがかり、あわや瀕死というところを救ってくれたのだという。
母と父はそれからすぐに惹かれ合うようになり、やがて結ばれてあたしが生まれた。
父は冒険者をやめてエルフの里に移り住み、体の弱い母と幼いあたしの面倒を見ながら生活するようになった。
あたしたちエルフが暮らす森の集落は基本的に外部の者を受け入れない。
特にそれが人間族ともなればなおさらだ。
だから、父が苦労をしていることは子どものあたしでも何となく察しがついていた。
でも、父がいる間の生活は、少なくともあたしにとっては幸せな時間だった。
優しい父と母がいて——それに、父はなかなか友達のできないあたしのために森で野犬の子どもを手なづけてペットにしてくれた。
あたしはその子にシエラと名づけてよく一緒に遊んだ。
ハーフエルフであるあたしの成長は、純血のエルフに比べてかなり早いものだった。
寿命こそ人間族の1.5倍ほどと長めだが、成長速度は人間族と変わらない。
そのため、実際の年齢が近いエルフとも見た目が近い里のエルフともうまく馴染むことができず、里でのあたしは孤立しがちだった。
だから、あたしにとって家族こそがすべてだった。
父と母とシエラがいるから、たとえ里の住人が冷たくてもあたしは幸せだった。
でも、そんな生活にも終わりが来る。
――母が病魔に冒されたのだ。
体の弱い母にとって、それは生死を左右するものだった。
里にあった薬では効果が薄く、父は悩んだ末、冒険者だったころの伝手を頼って病に効く薬を探しに行くことを決断した。
母は、そんなことよりも最後まで自分たちのそばにいて欲しいと願っていた。
だけど、父は聞かなかった。
母を必ず救うと言い残し、里を出ていった。
あたしは父を信じた。
父は必ず母を治すための薬を持って帰ってくる。
だから、それまではあたしがしっかり母を守るんだ――そう心に誓った。
あたしが十五歳のときだった。
一年後、母が死んだ。
その間、父からの連絡は一度もなかった。
連絡など来ようはずもない。
この里は呪術的な結界に護られ、外部の者には認識することすらできないからだ。
――それでも……。
たとえ、連絡の手段はなくとも……。
この里のことを知る父ならば、帰って来ることはできたはずだった。
父は、薬を見つけることができなかったのだろうか。
あるいは長い旅の末、この場所を忘れてしまったのだろうか。
母の葬儀はささやかに行われた。
母の友人だったというエルフたちは口々に『あの男に騙されたんだよ、かわいそうに』と言っていた。
――父は、あたしたちを捨てたのだろうか。
そんな疑念を抱くようになった。
病に苦しむ母と忌み子であるハーフエルフの娘という重荷を捨てて、再び自由になる道を選んだのではないか……。
何も信じられなくなった。
里の者たちはあたしを迫害こそしなかったが、腫れ物のように扱った。
その目が『おまえも出ていけばいいのに』と常に言っているような気がして、気づけばあたしも里の者を避けるようになっていった。
それから二年後、シエラが死んだ。
シエラを森に埋めて墓をつくり、その次の日に里を出た。
もう二度とここに戻ることはない――そう心に刻んで。
※
「…………」
「どうした。火の番は俺がしている。先に寝てくれていいぞ。寝袋は準備したんだろう?」
「……眠れないのよ」
「まだ俺が信用できないか? ……まあ、無理もないか」
「あたしは誰も信用なんかしない」
「そうか」
「…………」
「…………」
「……何食べてんの」
「ん? 干し肉と炒り豆だ。タンパク質は小まめに補給しなくてはならないからな」
「ふうん……」
「君も食べるか?」
「いらない」
「そうか」
「…………」
「…………」
「……なんで、あたしを仲間にしたの」
「うん? ……なんでだろうな。運命でも感じたのかもしれないな」
「何なの、それ……あたしに惚れたってこと?」
「いや、そうじゃない。俺は、君に似た女性を知っている気がするんだ」
「何それ……口説き文句にしては、ダサいわよ」
「まあ、待て。ええと、何処にしまったか……ああ、これだ」
「……何これ」
「ロケットペンダントだ。横にボタンがついているだろう」
「あ、ほんとだ……えっ……」
「親子の写真が入っているのが分かるか?」
「……ウソ……これって……」
「その娘さん、君に似ている気がしないか? 気のせいかもしれないが」
「こ、これ、何処で手に入れたの!?」
「うん? 俺が以前にいた村で、行商人から譲ってもらったんだ。その行商人は、行き倒れた冒険者の遺留品だと言っていた」
「遺留……品……」
「亡骸が大事そうに抱えていたから、きっと大切なものなのだろうと」
「…………」
「なんとなく、気になってしまってな。旅の途中でいつかこのペンダントを家族のもとに届けてやれればと思って、譲ってもらったんだ」
「…………」
「実は本当に君の写真だったりしてな? はは……まあ、さすがにそれはないか」
「…………」
「気になるなら、そのまま君が持っていてくれてもいい」
「……父さんは……」
「うん?」
「父さんは、あたしたちを捨てたわけじゃなかった……」
「ど、どうした? 泣いているのか?」
「え……? あ、ち、ちがっ……泣いてなんかいない!」
「大丈夫か? 鼻水も出ている。タオルを使うか?」
「ううう、うるさい! もう寝る!」
「あ、待て! それは俺の寝袋……まあ、いいか」
「…………」
「…………」
「……ねえ」
「なんだ?」
「……運命って、あると思う?」
「あるんじゃないか? だから、俺は君と出会えた」
「……っ!?」
「どうした?」
「……もういい。ほんとに寝る」
「そうか」
「…………」
「おやすみ、ラシェル」
「…………」
「…………」
「……ぉ……ぉ……」
「うん?」
「……ぉゃすみ……キョウスケ……」