ウェナが家を出て桟橋の方角へ向かうと、反対側から歩み来るオーラの姿が目に留まった。合図を送ると、オーラは微笑を湛えつつ、少し足早にウェナへと歩み寄った。
「――オーラも?」
「うん――私も。パニーたちについていくことにしたの。ウェナもここにいるってことは――」
「――うん。私も」
ウェナが話し始めると、オーラは軽く頷きながら応じ、肩を並べて歩き出した。
「――ねぇ、聞いてもいい?」
「うん?」
「どうして、その――行こうと思ったの?」
歩みを止めたウェナを、オーラが怪訝な面持ちで振り返る。ウェナは一歩近寄り、オーラの顔色を窺いつつ、心配そうに顔を覗き込んだ。
「――私、今日まで、さっきまで全然知らなかったよ。あの日、オーラたちが、空の民が、一番最初に襲われたって聞いた――外界人に」
「――うん、そだね」
「一番狙われてるのは、空の民だって聞いたよ」
「うん――だから、私以外は行かないよ」
「でもオーラは行くんでしょ?――どうして?」
ウェナは土の民で、オーラは空の民だ。襲撃の話を聞き、オーラが何を感じ、何を思い、この場にいるのかを、ウェナには心中を推測することはまだ難しかった。
「ねぇ、ウェナが、外界に行こうとしてるのは――空の民じゃないから? 狙われてないから?」
「え?――ち、違うよ!そうじゃない! 私はただ――」
「――ごめんね。意地悪な質問だったよね――私も、きっとウェナと一緒なの。襲われたとか、狙われてるとか、そういうことじゃなくて」
「ただ外界に行ってみたい――そう、思った?」
「――うん」
「パニーとエイディが、外界に行くって聞いた時から、ずっと興味があって。ウェナとさ、想像を膨らませて、すっごく楽しかった!――狙われてるって今日聞いて、怖いって気持ちももちろんあるけど――でもやっぱりどうしても行きたいの」
「うん、そっか――そうだね」
「それにね?――私の夢にはウェナが必要なの。だから」
オーラはウェナの両手を優しく取り、その瞳で語りかける。
「――これからもよろしくね」
「うん! こちらこそ!」
オーラの表情は想像を超えて存外に清澄で、ウェナは少し安堵した。
「”話を聞いて、それでも外界に行きたかったら、今日は桟橋に集合ね!”って、パニーからのメモに書いてあったけど――どこで話し合うのかな?」
「そのまま桟橋?とか? パニーあそこ好きだし」
「それか、近くの薬草室かな?」
「確かに、エイディいるし可能性ありそう――あ、喉渇かない? 今日は結構話したから――飲み物持ってからいかない?」
オーラの提案に応じ、二人は来た道を戻っていった。
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「「――待って!」」
声が届き、パニーは漕ぐ手を止めて振り返った。エイディもまた、その動きを止める。
「ウェナ!オーラ!――もしかして」
「私たちも、一緒に行きたいの!」
パニーとエイディは顔を見合わせ、予期せぬ二人の姿にただ驚愕するばかりだった。パニーは再び振り返り、大きく手を振って二人に合図を送った。
「ちょっと待ってて!」
パニーは二人に向けて、氷の道を徐々に伸長させていく。氷の道は波上を滑らかに覆い尽くし、ボートと桟橋を結びつけた。
「「ありがとう!」」
二人が辿り着き、ボートに乗ったことを確認すると、パニーは再び海面に手を翳す。氷を徐々に融解し始め、透明な水へと還っていく。
「――決めたんだ」
「うん!私達決めたの!一緒に行く!――これからよろしくね」
四人は腕を差し出し、互いに絡ませて固く握り合う。共に歳月を重ねた仲間たちは、新たな冒険へと進む決意を固めた同士となった。心に刻まれた不安や恐怖を超え、それを上回る様々な形の熱意が、彼らの進むべき道を定めていた。
「なんで、集合場所桟橋なんだろ? って思ったけど、森に行くんだ?」
「そ――あ、伝えてなかったっけ? 旅支度として念のため、いろいろな薬草とか雫とか持っていこうと思って、薬草取りに行くの。取りながらいろいろ話せるし。あそこなら誰にも聞かれないと思って、一応ね」
「兄貴がさ、いろいろ薬作ってやるから採ってこいって」
舟を漕ぎながら、定められた目的地へと進んでいく。波が船の舷側を打つ音がリズムを刻み、調和する。
「色閃や香閃の雫も作って持っていこうかな? 何か役立つかもしれないし」
「たしかに!いろいろ持っていきたいね」
櫂が水面を掻き分け、小さな水飛沫が煌めきながら舞い上がった。四人は、未知なる外界への冒険に胸を膨らませ、期待と興奮を語り合った。
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「ちょっと、寄り道していいか?」
「え?――いいけど」
三人はエイディの提案に頷き、ボートは緩やかに森の縁を進み始めた。水面を穏やかに滑り、森林の風景が次第に変容していく。木々の間から差し込む陽光が水面に反射し、煌めく光の粒がボートを包み込むように漂っていた。
「わぁ!」
森の反対側に辿り着いた頃、どこからともなく花弁が舞い降り、オーラの頭上にひととき留まった。やがて再び風に乗り、ウェナの差し出した掌に降り注いだ。ウェナは仰ぎ見て感嘆の声を漏らした。彼女の視線に導かれるようにして顔を向けると、斜面の一角にさまざまな色彩の花々が絢爛に咲き誇っていた。
「すげえだろ――ほら、あそこ」
エイディの指差す先には、チャソタパスたちが悠然と昼寝にふける光景が広がっていた。その周囲には、花の蜜を求める昆虫たちが、羽音を奏でながら空中を舞い、穏やかな風景が織りなされていた。
「昨日、グウィにさ、教えてもらったんだ。ちょうど今満開だよって――だから、さ」
エイディは眩しそうに、目を細めた。