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ep.5 - 2 それがリンディ

「――リンディー!」




 三人がまったりとピクニックを楽しんでいると、ケイとリアが息を切らして駆け込んできた。和やかだった広場が、一気に緊張の色を帯びる。




「おい、どうした――」


「リンディ、リンディ!」


「リンディー!!!」




 彼らの迫る勢いに、リンディの胸がざわつき、心臓の鼓動が加速する。不吉な予感が頭をよぎった。




「どうした?何かあったのか」


「不測の事態! 緊急報告!」


「どうかしたのか!?」


「ねぇ、エイディどこ行くの?!」


「――は?エイ……ディ?」


「エイディ?!何があったの!?」


「おい、ケイ、リア!エイディがどうしたんだ!?」


「今ね、エイディが荷造りしてたの!」


「――は?」




 呆然とその言葉を受け、リンディは一瞬で力が抜け、安堵のため息が漏れた。




「え――なんでいま落ち着いたの!?」


「服とか靴とか詰めて、家出するんじゃないかってくらい大荷物だったよ!」


「――い、家出!?」


「どこ行くのって聞いても、教えてくれないの!」


「あー――」




 リンディの言葉を待つ二人の顔には、緊張が張り詰めている。彼は一瞬困惑したが、苦笑しながらもすぐにリラックスして腰を下ろした。その余裕に、二人は不思議そうに身を乗り出した。




「リンディ?――心配じゃないの?」


「何か知ってるの?」


「そうなの!? 教えてよ!」


「あー、まぁ、家出じゃない。心配すんな――近いうちに、あいつらから直接話があるから」




 リンディの言葉に二人は目を見開き、疑問と期待がないまぜになって彼に詰め寄る。




「え?あいつら?――エイディだけじゃないの?」


「あ、やべっ――」


「誰?誰? リンディもどこか行くの!?」


「あ、いや、俺じゃなくて――」


「リンディじゃないの!?――じゃぁ、誰なの!? 何か知ってるんでしょ!」


「リンディ教えてよ!」




 二人は息をつく間もなく質問を投げかけ、リンディの視界を狭めるほど詰め寄る。リンディは、そんな二人に少しずつ後ずさりしながら、視線をそらしつつも、やれやれと肩をすくめた。




「数日もしたら、あいつらから話あるって」


「それなら今でも一緒でしょ! 待てないよ!」


「――黙秘権は?」


「口止めされてるの?」


「あー、いや――口止めされてない――か?」


「じゃあ、いいじゃん」


「――いいのか?」


「いいよ!」




 彼は視線を泳がせ、観念したようにため息をつきつつ、軽く首を掻いて思案しながら、ゆっくりと口を開いた。




「――いいか。外界に行く理由は本人たちから聞けよ」


「わかった、わかったから――誰なの?」


「――パニーだよ。エイディと一緒にいくの」


「パニーが!?」


「どうして?」


「だから――それは本人たちに聞いてくれ」


「外界って――行くの禁止、よね?」


「――そうだな」


「解禁されたの?!それなら、私も! 私も行きたい!」


「わ、私も! 行く!」


「はぁ?」


「俺も!」


「私も!」


「なんでこうなった――」




 ケイとリアに続き、ウェナとオーラまでもが声を張り上げ、リンディは完全に圧倒され唖然とした。四人の声で広場は瞬く間に騒然とした。リンディは嘆息し、頭を抱えながらも、遠くに目をやりぼんやりと現実逃避を図った。




「――落ち着け。とりあえず」


「落ち着けるわけなくない?!」


「むしろなんで落ち着いてるの?!」


「いいか。行きたいっていうなら、パニーとエイディに直接相談してくれ」


「わかった!」


「行ってくる!」


「――は? 今すぐじゃ――おい、待て!待てって!」




 話を聞く間もなく、ケイとリアはリンディの手をすり抜け、エイディの家に向けて一直線に走り出した。








---










「あーあ、いっちゃった」


「はぁ、ケイもリアも落ち着けよ」


「――もういないよ?」


「――知ってる」




 ケイとリアの背中がどんどん小さくなり、リンディたちは呆気に取られたまま、その場で立ち尽くした。




「あーもう、いいか?パニーもエイディも、ばあちゃんたちと、まだ交渉中なんだ――それが終わったら、みんなに伝えるっていってた。それまで待つか――あとでエイディたちに話しに行くんだ」


「ケイとリアは?――行っちゃったよ?」


「もう手遅れじゃない?」


「だからこそだよ。今頃、エイディたちのところカオスだぞ」


「「――確かに」」




 リンディは頭を抱えてため息をついたが、ウェナとオーラがそっと寄り添い、笑いを交えて声をかけた。




「リンディ、元気出して。今日作った色閃しきせんの雫がまだ少し余ってるから――」


「ん?」


「髪色変えるとね、元気になるの」


「それはお前らだろ。俺は別に―――」




 ウェナがにっこり笑い、小瓶を手に取るやいなや、スポイトで桃色の液体をすくい上げ、リンディの髪へと向けた。リンディが止める間もなく、桃色の液体が髪に浸透し始め、彼の髪はみるみるうちに鮮やかに染まっていく。呆れながらも仕方なくその様子を見守るリンディに、続いてオーラが葡萄色の液体を毛先にふりかけると、ピンクから葡萄色の柔らかなグラデーションが髪に現れた。二人が楽しそうに微笑み合う姿に、リンディも困惑しつつ、どこか諦めの境地で肩をすくめるほかなかった。




「どう?――いい感じじゃない?」


「うん!かっこいい! 似合ってる!」


「――いや、俺見えねぇし」


「大丈夫。リンディはどんな髪色でもかっこいいよ」


「かっこよさに磨きがかかっただけだから、安心して」


「あぁ、そう。まぁ、もうそれでいいや――ありがとな」




 二人の絶賛の言葉にリンディは照れ隠しで目をそらしつつも、徐々に口元がほころんでいった。




「――ねぇ、リンディ」


「ん?どした?」


「エイディが行っちゃったら、さみしくない?」


「――そりゃ。さみしいよ」


「さみしいのに、いいの?」


「心配だけど、さ。パニーもいるし。あいつだってやりたいことやって――そのうち帰ってくるだろ」


「リンディは行かないの?」


「おれも――行っていいのか?」


「やだ! 行かないで!」




 不安そうに見つめてくる二人の目を見つめ返し、リンディは少し思案しながら、すぐに二人の頭に優しく手を乗せた。




「さっき、ウェナもオーラも一緒に行きたいって言ってたのにか?」


「――行くなら、一緒に行きたい」


「行けないなら、一緒に行かないでほしい」


「――わがままだな」


「――わがままだもん」


「パニーもエイディも行っちまったら、みんな寂しくなるだろ」


「それって、つまり、みんなのため?」


「いや、俺のため。俺だって――寂しいのは嫌だ」




 ウェナとオーラはお互いに顔を見合わせ、くすくすと笑みを交わした。薬の知識と腕前に長け、みんなの信頼を一身に集めているリンディ。子どもたちにとっては頼りがいのある兄貴で、大人たちにとってもかけがえのない存在だ。彼の作る雫が村の人々を癒し、その知恵と穏やかな笑顔は、誰にとっても安らぎの象徴だった。




 彼の存在はまるで陽だまりのように温かい。

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