「――リンディー!」
三人がまったりとピクニックを楽しんでいると、ケイとリアが息を切らして駆け込んできた。和やかだった広場が、一気に緊張の色を帯びる。
「おい、どうした――」
「リンディ、リンディ!」
「リンディー!!!」
彼らの迫る勢いに、リンディの胸がざわつき、心臓の鼓動が加速する。不吉な予感が頭をよぎった。
「どうした?何かあったのか」
「不測の事態! 緊急報告!」
「どうかしたのか!?」
「ねぇ、エイディどこ行くの?!」
「――は?エイ……ディ?」
「エイディ?!何があったの!?」
「おい、ケイ、リア!エイディがどうしたんだ!?」
「今ね、エイディが荷造りしてたの!」
「――は?」
呆然とその言葉を受け、リンディは一瞬で力が抜け、安堵のため息が漏れた。
「え――なんでいま落ち着いたの!?」
「服とか靴とか詰めて、家出するんじゃないかってくらい大荷物だったよ!」
「――い、家出!?」
「どこ行くのって聞いても、教えてくれないの!」
「あー――」
リンディの言葉を待つ二人の顔には、緊張が張り詰めている。彼は一瞬困惑したが、苦笑しながらもすぐにリラックスして腰を下ろした。その余裕に、二人は不思議そうに身を乗り出した。
「リンディ?――心配じゃないの?」
「何か知ってるの?」
「そうなの!? 教えてよ!」
「あー、まぁ、家出じゃない。心配すんな――近いうちに、あいつらから直接話があるから」
リンディの言葉に二人は目を見開き、疑問と期待がないまぜになって彼に詰め寄る。
「え?あいつら?――エイディだけじゃないの?」
「あ、やべっ――」
「誰?誰? リンディもどこか行くの!?」
「あ、いや、俺じゃなくて――」
「リンディじゃないの!?――じゃぁ、誰なの!? 何か知ってるんでしょ!」
「リンディ教えてよ!」
二人は息をつく間もなく質問を投げかけ、リンディの視界を狭めるほど詰め寄る。リンディは、そんな二人に少しずつ後ずさりしながら、視線をそらしつつも、やれやれと肩をすくめた。
「数日もしたら、あいつらから話あるって」
「それなら今でも一緒でしょ! 待てないよ!」
「――黙秘権は?」
「口止めされてるの?」
「あー、いや――口止めされてない――か?」
「じゃあ、いいじゃん」
「――いいのか?」
「いいよ!」
彼は視線を泳がせ、観念したようにため息をつきつつ、軽く首を掻いて思案しながら、ゆっくりと口を開いた。
「――いいか。外界に行く理由は本人たちから聞けよ」
「わかった、わかったから――誰なの?」
「――パニーだよ。エイディと一緒にいくの」
「パニーが!?」
「どうして?」
「だから――それは本人たちに聞いてくれ」
「外界って――行くの禁止、よね?」
「――そうだな」
「解禁されたの?!それなら、私も! 私も行きたい!」
「わ、私も! 行く!」
「はぁ?」
「俺も!」
「私も!」
「なんでこうなった――」
ケイとリアに続き、ウェナとオーラまでもが声を張り上げ、リンディは完全に圧倒され唖然とした。四人の声で広場は瞬く間に騒然とした。リンディは嘆息し、頭を抱えながらも、遠くに目をやりぼんやりと現実逃避を図った。
「――落ち着け。とりあえず」
「落ち着けるわけなくない?!」
「むしろなんで落ち着いてるの?!」
「いいか。行きたいっていうなら、パニーとエイディに直接相談してくれ」
「わかった!」
「行ってくる!」
「――は? 今すぐじゃ――おい、待て!待てって!」
話を聞く間もなく、ケイとリアはリンディの手をすり抜け、エイディの家に向けて一直線に走り出した。
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「あーあ、いっちゃった」
「はぁ、ケイもリアも落ち着けよ」
「――もういないよ?」
「――知ってる」
ケイとリアの背中がどんどん小さくなり、リンディたちは呆気に取られたまま、その場で立ち尽くした。
「あーもう、いいか?パニーもエイディも、ばあちゃんたちと、まだ交渉中なんだ――それが終わったら、みんなに伝えるっていってた。それまで待つか――あとでエイディたちに話しに行くんだ」
「ケイとリアは?――行っちゃったよ?」
「もう手遅れじゃない?」
「だからこそだよ。今頃、エイディたちのところカオスだぞ」
「「――確かに」」
リンディは頭を抱えてため息をついたが、ウェナとオーラがそっと寄り添い、笑いを交えて声をかけた。
「リンディ、元気出して。今日作った
「ん?」
「髪色変えるとね、元気になるの」
「それはお前らだろ。俺は別に―――」
ウェナがにっこり笑い、小瓶を手に取るやいなや、スポイトで桃色の液体をすくい上げ、リンディの髪へと向けた。リンディが止める間もなく、桃色の液体が髪に浸透し始め、彼の髪はみるみるうちに鮮やかに染まっていく。呆れながらも仕方なくその様子を見守るリンディに、続いてオーラが葡萄色の液体を毛先にふりかけると、ピンクから葡萄色の柔らかなグラデーションが髪に現れた。二人が楽しそうに微笑み合う姿に、リンディも困惑しつつ、どこか諦めの境地で肩をすくめるほかなかった。
「どう?――いい感じじゃない?」
「うん!かっこいい! 似合ってる!」
「――いや、俺見えねぇし」
「大丈夫。リンディはどんな髪色でもかっこいいよ」
「かっこよさに磨きがかかっただけだから、安心して」
「あぁ、そう。まぁ、もうそれでいいや――ありがとな」
二人の絶賛の言葉にリンディは照れ隠しで目をそらしつつも、徐々に口元がほころんでいった。
「――ねぇ、リンディ」
「ん?どした?」
「エイディが行っちゃったら、さみしくない?」
「――そりゃ。さみしいよ」
「さみしいのに、いいの?」
「心配だけど、さ。パニーもいるし。あいつだってやりたいことやって――そのうち帰ってくるだろ」
「リンディは行かないの?」
「おれも――行っていいのか?」
「やだ! 行かないで!」
不安そうに見つめてくる二人の目を見つめ返し、リンディは少し思案しながら、すぐに二人の頭に優しく手を乗せた。
「さっき、ウェナもオーラも一緒に行きたいって言ってたのにか?」
「――行くなら、一緒に行きたい」
「行けないなら、一緒に行かないでほしい」
「――わがままだな」
「――わがままだもん」
「パニーもエイディも行っちまったら、みんな寂しくなるだろ」
「それって、つまり、みんなのため?」
「いや、俺のため。俺だって――寂しいのは嫌だ」
ウェナとオーラはお互いに顔を見合わせ、くすくすと笑みを交わした。薬の知識と腕前に長け、みんなの信頼を一身に集めているリンディ。子どもたちにとっては頼りがいのある兄貴で、大人たちにとってもかけがえのない存在だ。彼の作る雫が村の人々を癒し、その知恵と穏やかな笑顔は、誰にとっても安らぎの象徴だった。
彼の存在はまるで陽だまりのように温かい。