子どもたちは順々にアイススライダーを滑り降り、水面に鮮やかな光の帯を描いていた。その横では、エムスタ、パニー、ロロの三姉妹がエアーマットの上で揺られ、波に身を任せながら浮かんでいる。
「――ねぇ、エム姉、ロロ」
「――ん?」
「どしたの?」
「ここを出るって話なんだけどね。この間、リンディとエイディにも話したんだ」
「ついに話したんだ? 二人ともなんだって?」
「実はエム姉と話してるところとか聞かれちゃってたみたいで、エイディには既に知られてたんだけどねー」
「えー! そうだったんだ?」
「うん――それでね。エイディも一緒に行くことになったの」
「「え?!」」
「え、エイディも!?――ってことは、リンディは? もしかして、リンディも?」
「ううん、リンディはここに残るよ。エイディだけ」
「えー!びっくり! そんな話になってたんだ」
パニーは足を水に浸し、冷たい水をそっと手ですくい上げた。水滴が肌を滑り落ちるたび、ひんやりとした感触が静かに心を癒していく。
「おばあちゃんとは? あれから話した?」
「ううん。まだ――」
「どうするの?」
「話すよ? 話そうとは思ってるんだけど――」
「おばあちゃんの考え理解できなくてさー。今のまま私の気持ち伝えても、きっと平行線だし――どうするかなー」
「おばあちゃんもさ、頭ではこのままじゃ良くないって思ってるんだよ」
「やっぱり、ロロもそう思う?」
「えーそれなら行っておいでって送り出してくれればいいのに――」
「頭では理解できても、心が納得しないことってあるじゃない? あの日のこと、また繰り返すのが怖いのよ」
「何が起こったのか知りたくて、孫は探しに行こうとしてるのにね――頑なに教えてくれないのはおばあちゃんたちじゃん」
パニーは瞼を閉じ、幼い頃の記憶を心の中でそっとたぐり寄せた。両親と共に過ごした日々の温もりは、消えることなく彼女の心の奥深くで、小さな灯火となっている。
「ママとパパがいて、エム姉とロロと――みんなが居たあの頃が懐かしいなぁ」
「――パニー」
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あの頃、この集落は今とは比べものにならないほどの活気が満ち溢れていた。外界との境界も今より緩やかで、家族での旅が日常の一部だった。次々と広がる色とりどりの景色に驚きと歓喜が沸き立ち、胸が高鳴ったことが心に残っている。母、父、姉、妹と共に過ごしたそのひととき。賑わいに満ちた街並み、新しい景色と音が心に刻まれ、パニーの世界を鮮やかに染め上げていた。
「アプフェルシュトゥルーデル、あのお店のまた食べたいなー」
「パニー大好きだったよねー! ずーっと同じもの頼み続けるんだもん。いろんなメニューがあったのにさー」
「エム姉も、ほとんどミルヒラームシュトゥルーデルだったじゃん」
「――そうだった?」
「エム姉も、パニー姉も、いっつも同じのばっか食べてたよねー」
幼い頃、初めてアプフェルシュトゥルーデルを口にした日の記憶を、パニーは今でも鮮やかに覚えている。白壁にオレンジの屋根が映える小さなカフェ。ドアを押し開けると広がる甘美な香り――その香りは、今でも彼女の心をふと揺らすことがある。
ショーケースには、色鮮やかなスイーツが所狭しと並び、どれもが彼女を魅了してやまなかった。光を浴びてきらめくその中で、彼女が迷いに迷って選んだのは、名物アプフェルシュトゥルーデル。フォークをそっと差し入れると、驚くほど柔らかく崩れるその感触。ひとくち頬張ると、じゅわりと広がる甘さとシナモンの香り。たっぷり詰まったりんごのフィリングは、一口ごとに至福をもたらしてくれた。
エム姉が虜になったミルヒラームシュトゥルーデルも忘れられない。パイ生地のサクサクとした音、その中に詰まった濃厚なミルクフィリングの滑らかさ。その一口ごとに漂うバターの芳醇な香り。
どちらも、姉妹で分かち合った特別な時間を象徴するものだ。
「ねぇ、チョコレートショップ覚えてる?」
「ロロが好きだったところね?」
「もちろん覚えてるよー。懐かしい!――また行きたくなってきた!」
「まだ、お店あるかな?」
「探しに行こうかな! もしまだあったら、ロロも行こうよ!」
「ほんと?――楽しみ!」
帰り道に立ち寄るたびに、私たちを夢中にさせたチョコレートショップ。その店は、まるでチョコレートで形作られた夢の宮殿だった。ユニークで遊び心に満ちた外観は、通りを歩く誰もが足を止めずにはいられないほどの魅力を放っていた。
ショーケースには、色鮮やかなチョコレートが並び、その一つひとつが芸術品だった。渦巻き模様の繊細さ、滑らかで宝石のようなツヤ、一つ一つに込められた職人の丹精込めた技。ショーケースを前にしたときのあのときめき――その感覚は今でも色褪せることがない。
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「もし、もしだよ? パパとママが生きてたら――また、昔みたいに戻れるかな」
「戻れるよ! きっと」
「――」
「ロロ?」
「――パパもママも生きてるよ。パニーの未来はね――今よりきっと、ずっとよくなるよ」
「なぁに? それ。予言?」
二人は視線を交わし、そっと微笑み合う。ロロがふと遠くを見つめ、瞳にわずかな陰りが宿ったが、それはすぐに消え去り、柔らかな笑顔が再び彼女の表情を彩った。
陽光がパニーの瞳を照らし、彼女に秘められた願いを優しく照らし出している。もしも両親や他の家族が再び戻ってくる日が訪れるのなら、その時には、また笑顔に包まれた日々が戻る――彼女はそんな希望を胸に抱いていた。
彼女は心に希望の種を蒔き、それが未来に花開くことを信じている。