目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
ep.2 - 2 祈り

「――ん? というかさ。自然すぎて思わずスルーしかけたけど。何?兄貴知ってたんだ? この話。パニー話してたのか?」

「――!! 確かに!え?私話した?話したっけ?――いや、話してない…よね?」


 パニーは机に手を付き、身を乗り出してリンディに迫った。


「いや、聞いてねぇ」

「だよね? 言ってないもんね?――でも驚いてな、いよね?」

「――少しは驚いた」

「ほんとに? 表面化しないね?」

「表情筋サボってんぞ」

「昔から、行きたがってたの知ってっから」

「――へ?」

「――!! やっぱりな!そうだと思った! ケーキとか遊園地とかの話だろ?ほら、パニー、俺言ったろ?覚えてんだって」

「そ、そっかー」

「あぁ、それもある。し、パニー、覚えてねぇのか?――俺たちの両親探しに行こうって」


 リンディは言葉を探して宙をさまよい、首筋を掻きながら、少し躊躇して問いかけた。


「――え?」

「俺たちも、だけど。メリーとか、ニウスとか、あいつらが親に会いたいって泣くたびに、いつか会いに行こうって言ってたじゃねぇか」

「――あぁ、あん時か」

「パニーの両親だって行方知らずなのにな」

「――よく覚えてるね?」


 パニーは椅子に身を沈め、思い出を掘り起こす。幼い日の記憶が、じわりと浮かんでは消える。今となれば、あれがどれほど子供らしい無謀さだったかが染みてくる。行方も、生きているかどうかもわからない両親を探しに行こうなどと、当時は叶わぬことだとは考えもしなかった。彼女の手元から知らず冷気が漏れ出し始め、指先から放つ頃、リンディとエイディが、彼女をじっと見返していた。


「――待ってて」


 リンディが立ち上がり、扉を開けて外へと消えていくと、エイディは首をかしげ、その後ろ姿を目で追った。数分後、彼が戻ってきたとき、その腕には大切そうに抱えた古びた木箱が。パニーは、それがリンディの宝箱だと気付く。リンディは箱を開け、そこから一枚の小さなカードを取り出した。年月が過ぎて少し黄ばんだそのカードには、子供の字で『なんでもおねがいごとをきくよ』と書かれている。それを見た途端、パニーの目頭が熱くなる。


「――それ、昔誕生日にプレゼントした」

「――うん」

「まだ持ってたんだ」

「まあな――これ今使おうと思う」


 リンディはカードをじっと見つめ、その幼い字をひとつひとつ目でなぞった。記憶を手繰り寄せるように目を閉じ、やがてカードをそっとパニーの手に渡した。


「――俺は、パニーがくれた言葉に、希望を見せてもらった――一緒に探そうって――嬉しかった」


 そう語るリンディの声はどこか遠い。ひと呼吸置いて、背筋を伸ばし、彼は再び言葉を紡いだ。


「――だから俺も言葉を返すよ――パニーが納得する、そんな生き方をして欲しい」

「――!!」

「パニーの進む道を、俺は――全力で応援したい」

「兄貴、良いこと言うじゃん! そうだよ、俺たちは、これから自分に正直に生きていこう!――そんで、納得できる人生にしよぜ!」

「――ありがとう、リンディ、エイディ」


 パニーはリンディからカードを受け取り、その文字と彼の顔を交互に見つめた。瞳がじんわりと輝きを帯びる。彼女が目を細め、瞬きをすると、目尻から一粒の星が、煌めきながら流れ落ちた。


「おばあちゃんともう一度話する! ちゃんと話し合う!」

「おれも、話さないとだー」

「おう、二人ともがんばれよ――いや、つかなんでエイディも行くんだ?」

「パニー、一人じゃ心配だろ?」

「――それもそうか」

「なにそれ! 異議あり!」

「異議なし。ちなみに、いつ行くか決めたのか?」

「ううん、出る日はまだ決まってないんだけど――ほら、もうすぐペオの誕生日でしょ? それは出たいから――そうだなー、誕生日が終わって、落ち着いてからにしようかな」

「誕生日が一カ月後だから――早くて、二カ月後――くらいか?」

「うん。それくらいかな? エイディどう?行けそう?」

「おう! わかった、準備しとく!」

「早ぇな」


 そうと決まると、三人は外界への旅支度について向き合った。エイディが一つ提案すると、パニーは相槌を打ち、時折リンディがその会話に意見を添える。乏しい知識を補うように、それぞれが持てる限りの情報を出し合う。リンディの指摘にはパニーが急いでペンを走らせ、エイディがそれを確認しながらさらに質問を投げかけ、会話は絶え間なく続いた。


 議論の熱気は、時が経つのを忘れるほどだった。最後の一滴まで飲み干されたアイスティーのカップがテーブルに戻されるその音が一息つく合図を告げた。


「まだ飲むか?」

「うん、もう一杯飲もうかな」

「俺も、少しだけ」


 リンディは棚に手を伸ばし、祈捧きほうの雫と名付けられた小瓶を取り出し、各カップに一滴ずつ液体を垂らした。


 祈捧の雫がアイスティーに融け込むと、脈動しながら広がっていく。光の粒子が舞い踊り、小さな渦を描いた。その渦が回転するたびに、アイスティーはさらに麗しい色合いを帯び染まっていく。


「ほら」

「「?」」


 リンディがカップを差し出すと、二人も釣られるように、カップを手に取り掲げる。


「二人の安全な旅路を祈って」

「「!!」」


 リンディがカップを高々と掲げ、祈りを捧げた。二人が顔を見合わせると、自然と微笑が広がった。カップが触れ合う音が、薬草室に染み入っていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?