パニーとエイディが薬草室の扉を開けると、濃密な香りが二人に絡みついた。天井に届きそうなほど高く積まれた棚が壁を支配し、そこには無数のガラス瓶が並んでいる。瓶の中では、乾燥したハーブや鮮やかな花びら、ねじれた根や種が詰められ、切り取られてた森が眠っていた。
壁に取り付けられたランタンの薄暗い光が、薬草の影を壁に投げかけ、天井から吊るされた
部屋の中心に据えられたテーブル。そのそばで、一人の若い男が黙々と作業をしている。エイディの兄、リンディだ。彼が刻む葉の微かな音が、静かな部屋にリズムを刻んでいた。刻まれた葉を乳鉢へと移し、彼は鼻先で香りを確認するように軽く吸い込みながら、何かを呟いた。淡い光が、テーブル上の影とともに彼の端正な横顔を際立たせていた。
「ただいまー、リンディ」
「ただいま、兄貴」
「――おう、おかえり」
リンディは手を止め、肩越しに二人へ目線を投げかけた。軽く頷いてすぐに作業へと戻るその仕草に、パニーとエイディは目配せを交わして、持ち帰った薬草の整理に取りかかる。
「忙しそうだね――私たちは片づけちゃおっか」
「だな。俺はー、こっちからやるよ。パニーは――そっちの袋託した」
「はーい」
パニーは布袋から薬草を取り出し、ランタンの明かりの下で、葉を指先で押し、しっとり具合や新鮮さを確かめる。隣ではエイディが乾燥具合を確かめるべく、耳元で軽く擦り合わせて音を知る。
続いて、パニーは鼻に近づけ、香りが広がるその感覚を確かめる。この香りなら問題ない、と一安心して、彼女は次に手を伸ばす。エイディもまた、色や斑点がないかを確かめ、気配に耳を傾けた。
「――はぁ。終わったー」
「お疲れさん」
「エイディはどんな感じ?」
「――もう少しかなー」
「何か手伝うこと――、あ! ラベル書きしとくね」
「おう! 助かる!」
パニーはラベルに薬草の名や収集日を一つひとつ書きつけていった。エイディは、それらの薬草を瓶に納め、ラベルを貼り、並べる作業に没頭する。
「そういや、お
「
「お、よかった。ありがとな。すぐ使いたいから、そこ置いといてくれねぇか」
「おっけー」
パニーは、お告げ花の小瓶を取り出し、リンディの作業台に置いた。瓶の中で光がその花びらを飾り、部屋の奥に向かって長い影を作った。
お告げ花――希望の象徴であり、祈りを込めることができる。リンディはお告げ花を手に取り、鼻を寄せ吸い込む。刃先で花弁を切り取り、一枚、また一枚と乳鉢の中で粉末へと姿を変える。それを液体に落とし込むと内側から湧き出すように黄金の色味が深まり始めた。
「――どう? 終わった?」
「ん。今日はもう終わりにする。肩凝った」
リンディはゆっくりと背筋を伸ばし、深い息を吐くと、重ねられた疲労が拡散するのを感じた。円を描くように肩を回すたび、体の中にできた結び目が一つずつほぐれていく。
「そっか。お疲れ様――何か飲む? 用意しようか?」
「じゃぁ、アイスティー作ってくれ。そこのティーポットにまだ残ってる」
「おっけー。エイディもアイスティーでいい?」
「おう! サンキュー」
パニーがティーポットを持つと、指先から冷気が広がり、霧がそっと立ち昇った。ドライアイスのように、ティーポット全体へと広がり、ふんわりと包み込む。その中で、美しいジャスミンの花が浮かんでいた。透けるような白い花弁がひらひらとステップを踏んだ。
「はい、アイスティーできたよー。ここ、置いとくね」
「ありがと。はぁーうめぇー! 染み渡りますな」
「ありがとな――あ、そういや、パニー、聞いていいか?」
「ん? なに?」
「――少し前にアイガがここに来てたんだ。パニーがいきなりここを出ていくって言うから、止めるように説得してくれって――そう言われた」
リンディの突然の問いかけに、パニーは思わずアイスティーを噴き出しそうになった。慌てて口元を押さえ、軽く咳払いをして体勢を立て直す。
「――えー! おばあちゃん、もうリンディのとこにきたの?」
「ちなみに、結構怒ってたぞ」
「まじかー。だよねー。知ってた」
「あぁ、そのことか。さっきまでちょうどパニーとその話してたんだ――なぁ、兄貴。聞いてくれよ。俺もさ、一緒に行くつもりなんだ。パニーと。な? いいだろ?」
「――は?」
「ちょっと、エイディ! 唐突すぎる!――ほらー! もう! リンディびっくりしてるじゃん!」
「あ、わりぃ」
リンディは溜息を漏らしつつ頭を振り、やがて苦笑を浮かべてエイディに言葉を投げかけた。
「――ったく、お前は。話をややこしくするなよ」
「わ、悪かったよ。さっきの今だったから、ついな。ま、でもそういうことだか――」
「リンディ、おばあちゃんになんか言った?」
「いや、俺からは何も。話聞いてみます、とだけ」