新月の夜、世界はその薄暗さを、賢明にも密やかに湛えていた。星の数だけ点在する光が、森の奥深くまで染み込み、月がその威厳ある存在感を休ませる間、森全体がひとつの知の庭となる。あたりは静寂に包まれている。けれども、見る者の眼差しがその内奥に触れるならば、きっとそのただの夜が、特別な叡智を湛えた景色に変わるだろう。
足元には、柔らかな苔が一面に敷かれており、どれもが歴史ある敷物のように森の大地を守っていた。古木の幹には、藤の蔓が密やかに絡みつき根を下ろしている。彼らは夜の賢者のよう。その場の真の秘密――それは、森の地に点在する
風がそっと舞い降りると、
「あったー?」
「――いや、まだ見つかんねぇ」
二人の声が夜の森に吸い込まれていく。パニーとエイディが求めているのは、
二人の足元には、湿り気を含んだ落ち葉がぎっしりと積もっている。パニーがひと掻きすると、重なり合った葉と土の奥から、小さな命が解き放たれる。パニーは枝を軽く掻き分け、小枝や苔を一つずつどかし、エイディもまた目を光らせ、周囲を探り続けていた。
「おわっ」
「どしたー?」
「――いや、なんでもねぇ」
エイディが小さな枝を避けた途端、隠れていた小さな虫やカエルが四方八方へと飛び散っていった。エイディは驚いた顔をしたものの、すぐに平静を取り戻し、探索を続ける。落ち葉の下から顔を出した生物たちは、二人をどこかへと誘っているのだろうか。
パニーがふと足を止め、エイディに視線で合図を送った。二人の視線の先、薄明のようにぼんやりとした光を放つ小さな植物がぽつりと浮かび上がっている。それはまさしく、
「――エイディ、見つけた!」
パニーの声が、森を揺らした。エイディが足を止めて彼女の指差す方向を見ると、そこには霧の中に浮かぶ花びら。夜空の欠片を宿し、辺りをほんのり照らしている。内部から発せられるその光は、植物自体が脈打ち、森の闇をわずかに押し返している。まさにこれが
エイディはそっと跪き、細心の注意を払って手を近づける。ほんの少し触れただけで、光がわずかに強くなる。
「はぁぁぁー。すげー圧倒されるなー」
「――ね。景色がね。贅沢だよねー」
二人はその場に立ち止まると、夜の澄んだ冷気を深々と吸い込んだ。肺いっぱいに広がるのは、森の奥底から沁み出た清冽な空気。森の匂いが肌に触れ、冷たくも優しく体の奥まで染み渡る。
「そういや、今日さ、アイガ相当怒ってなかったか?」
「――あー、うん」
「原因はー、パニーとみてる――どうだ?」
「――ちょっとねー。会話がねー。なんというか、こう? ドッチボールしちゃって」
「会話がドッチボール? ――あぁ、ぶつかり合ったってことか」
「そうそう、もー!私の心は痣だらけよ」
「うぇー。痛そうだな。んで、決着は? どうなった?」
「んー、たぶんお互い譲らずだから、引き分け? になるのかな」
「ふーん、次の試合予定は?」
「近日開催するしかないかなー。でもやだなー。また怒られるの」
「俺、観覧しよっかなー」
「もちろん非公開ですけど?」
すべての採取を終え、二人は再び歩き出した。森の密度が少しずつ薄まり、枝葉の隙間から夜空が広がりを見せ始める。遠くから届く波音に、海の存在が感じられた。淡い潮の香りが混じる夜風は、二人の顔に触れてその体を癒しながら、確かな方向を示している。足元に続く
「なぁ、パニー。えっと――あのさ」
「――ん? どした?」
「さっきの話なんだけどさ――」
「さっきの?」
「ここを、ここから――出ていくつもりだろ?」
「――え?」
「さっき言ってた試合の理由、それだろ」
パニーはエイディの突然の指摘に瞳を丸くし、少し戸惑いながらも彼を見つめた。エイディもまた、何かを探るように、視線を彼女に注いでいる。
「――もしかして、聞こえてた?」
「いや、今日のは内容までは聞こえてなかった。けど――あー、わりぃ。実は前にエムスタと話してただろ? そっちが聞こえてた。アイガのこと、あそこまで怒らせるとしたら、それだろうなって思って」
「――あー、そっかー。ううん、いいよ。大正解だし」
「やっぱり、だよなー」
海岸線に立つと、閉塞感から解放され、パニーは大きく息を吸い込んだ。二人の目の前に、暗い海が果てしなく続いている。その先、遠い地平線には星々の瞬きが広がり、夜の静けさに吸い込まれた。寄せては返す穏やかな波音が、二人の周囲に時間を織り込む。