――おもしろくない。
そんなセドリックの心情など知りもせず、2人は親しげに会話を続ける。
「ロレーヌのエスコートは、次男のアルフォンスがすることになったんだ」
「まぁ。騎士団に所属していらっしゃるというお兄様のことですか?」
「そうだよ。もしかして会ったことがあるのかい?」
眉尻を下げたエドガーに、セルティは頭をふるふると横に振ってみせた。
「いいえ。アルフォンス卿のお話は、ロレーヌ嬢からお聞きしただけですわ」
エドガーはほっとした様子で表情を緩める。
「なんだ、そうだったのか」
「はい。ロレーヌ嬢はお兄様方と仲がよろしいでしょう? お茶会では、必ずお兄様方のお話をなさるのですわ」
そのときのことを思い出したのか、口元に手を添えてクスクスと笑う。サッと顔色を悪くしたエドガーは、思わず身を乗り出した。
「まさか、なにか良くない話を聞いたんじゃあ……」
「ええ。それはもうたくさんお聞きしておりますわ」
「……ロザリー」
両手で顔を覆って「勘弁してくれ……」と
まるで両片思いをしているような2人のことを、静かに傍観していたウィズベリー家一同だったが、その甘酸っぱい空気を伯爵の言葉が吹き飛ばした。
「ごほんっ! ……エルヴィル少伯爵、そろそろ話を切り上げてもらえますかな? シルティは会場に向かわなければなりません。このままでは大事なデビュタントに遅れてしまいます」
――エルヴィル小伯爵。
セドリックは唇に人差し指の第2関節を当てて、なるほどそうだったのかと納得した。
家名を聞いて男の正体が、ウィルベリーに隣接する領地のエルヴィル家嫡男、次期エルヴィル伯――エドガー・シュウィッツ・エルヴィルだと分かったからだ。
特別、家門同士の仲が良いわけではないが、エルヴィル家のロレーヌ嬢はシルティの親友だったはずだ。2人は良く互いの家を行き来し頻繁にお茶会を開いていたので、その関係で彼女の兄とも交流があったのだろうと推測できた。
なんだ、好き合っているわけではなかったのかと、ホッと胸をなでおろしたところに、シルティがくるりと振り返って言った。
「お父様。私、エドガー様にエスコートしていただきたいわ」
「なんだって!?」
ぎょっとしたのはセドリックだけではなく、伯爵もだったようで、驚きを隠せずにあわあわと慌てふためいていた。そこにいつもの威厳に満ちた姿は微塵もない。
「なにを言い出すのだ、シルティ。エスコートはお父様がするとずっと前から約束していたじゃないか。それに、突然エスコートを頼んだら、エルヴィル小伯爵を困らせてしまうだろう?」
「そうでしょう?」と縋るようにエドガーに訴えた伯爵だったが、エドガーがスッとシルティの前で片膝をついたことで、希望は
「今夜の突然の訪問、まことに申し訳なく思う。だが、事前に了承を得ようとすれば、断られてしまうだろうと思ったんだ。私が臆病者ゆえに強行策を取ってしまった。シルティ嬢の気分を害してしまったのならば謝罪しよう。だが、許されるのならば、今宵のデビュタントに貴女のパートナーとして参加したい。そして私と、一番最初にダンスを踊ってほしいと思っている。……シルティ嬢。貴女をエスコートする栄誉を、私に与えてくださいますか?」
ほとんど告白と言っても良いエドガーの誘いに、シルティはこくりと頷いた。
胸の前に差し出された大きな手の平の上に、小さく華奢な手をそっと重ねた。
「……よろしくお願いいたしますわ。エドガー様」
白く
それから、エドガーにエスコートされて帰宅したシルティは、伯爵に、エドガーとの婚約を望んだのだった。
こうしてセドリックは失恋した。恋する相手が、大人の仲間入りを果たしたその日に。
今夜の出来事は、この先、一生忘れることはないだろうと、そう思った――……。
.