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徒花―西洋版―
ANAMATIA
文芸・その他純文学
2024年12月22日
公開日
24,417文字
連載中
女性の爵位継承が認められていない国で、ウィルベリー伯爵家には息子が生まれなかった。伯爵家嫡女のシルティが7歳になっても、結局跡継ぎとなる男子が誕生しなかったため、ウィルベリー伯爵家に養子がやってくることになる。齢5歳の男子の名はセドリック。黄金に輝く金髪と、夏の晴天のように美しい碧眼を持った義理の弟とシルティは仲を深めていくが、それは家族愛にとどまらず――。咲いても実を結ばない花・徒花のような、忍ぶ想いを描く恋愛ストーリー。

第1話 後継者



 シルティには義弟おとうとがいる。


 彼と初めて出会ったのは、シルティが7歳で、彼が5歳の時だった。


 朝日に照らされた稲穂を彷彿とさせる黄金に輝く金髪と、夏の晴天のように美しい碧眼を持った男の子。


 男の子に“綺麗”という感想を抱いたのは初めてだったシルティは、上気した頬とドキドキと早鐘を打つ心臓の音を誤魔化すように微笑んだ。


「始めましてこんにちは。私は、シルティ・ラ・ウィルベリーよ! あなたのお名前は?」


 年上のお姉さんらしく美しいカーテシーで挨拶を終えたシルティを、男の子は暫しの間ポカンとした顔で見つめたあと、ハッと我に返った様子で、恥ずかしそうにもじもじと視線をさまよわせた。


 人見知りなのかしら? と微笑ましく思ったシルティは、根気強く男の子の言葉を待った。


 そうして、意を決したようにキリッとした顔つきになった男の子は、おそるおそるといった様子で口を開く。


 シルティは、まるでべにを差しているように赤くふっくらとした唇がゆっくりと動くさまから、目を離すことが出来なかった。


「こ、こんにちは。ぼくはセドリックと言います。これから伯爵様のお屋敷でお世話になります。仲良くして下さい、シ、シ、シルティ……おねえさま!」


「んんん、かわいいっ!」


「ひゃっ」


 シルティは思わず感情のままにセドリックを抱きしめた。ああ、声まで可愛らしいなんて! と心中で悶えながら、ひとしきりギュウギュウと抱きしめたあと、自分よりも華奢で小さな体からゆっくりと離れた。


 そして、白くてまろい小さな手を、両手で優しく握って言った。


「こちらこそ、仲良くしてねセドリック」


 ――我が家に天使が舞い降りた。


 こうしてセドリックは自慢の義弟になった。



徒花あだばな



 我が家門──ウィルベリー伯爵家は広大な農業地帯を有しており、きれいな空気と水、そして長い日照時間にめぐまれて、王国の4分の1の野菜生産率を誇っていた。


 伯爵家と名乗ってはいるが、中流貴族として華美な生活を送ることはなく、領民たちと手と手を取り合いながら国の自給率を維持する日々を過ごしている。


 しかし王都に住む貴族から見れば、ウィルベリー伯爵家は“田舎貴族”に過ぎないらしい。


 長きにわたって国の食料の受給と供給を担い、国民を支えてきた由緒正しい歴史ある伯爵家だとしても、だ。


 そんなウィルベリー伯爵家は、現在、家門存続の岐路に立たされていた。


「ねぇ、お母様。シルは7歳になったのに、どうして婚約者がいないの? お友だちはみんな、素敵な婚約者がいるのですって。お茶会でシルだけお話についていけなくて、寂しかったわ……。ねぇ、お母様、どうしてなの?」


「ああ、わたくしのかわいいシルティ。寂しい思いをさせてしまって、本当にごめんなさい。さぁ、泣かないで。シルのお友達はみんなおませさんなのね。貴族の令嬢みんなに婚約者がいるわけではないのよ。シルのお友達が特別なだけ」


「……シルも特別になりたいわ、お母様」


「そう、そうね。お父様とお母様にとってシルは特別な娘だけれど、女の子は7歳にもなると、王子様に夢を見るようになってしまうのね……。女の子の成長は本当に早いわ」


「お母様」


「なぁに? かわいいシルティ」


「私にも婚約者ができる?」


「……ええ、そうね、いつかは必ずできるはずよ」


 そう、伯爵家には後継ぎの男児がおらず、さらに“田舎貴族”だという噂が障害となり、シルティと婚約して婿入りしたいという貴族子息は見つかっていない。


「お母様、本当はね、婚約者がいないことよりも、ウィルベリー家を馬鹿にされたことの方がもっと悲しかったの。我が伯爵家は貧乏でも田舎貴族でもないのに、どうして馬鹿にされたり、悪口を言われなくちゃならないの? 領民たちはお父様を慕ってくれているし、お屋敷で働いてくれるメイドたちはみんな真面目で親切だし、シルに優しいわ。広いお庭だって、庭師のジャックさんとポルコのおかけで1年中美しいのに。みんな、ウィルベリー家のことを良く知りもしないのに、婚約者がいないだけでいろいろ言ってきて……酷いし、悲しくて悔しいわ」


 先刻、近隣領地の令嬢たちとのお茶会から帰宅したシルティは、先述の理由から婚約者がいないことを揶揄されたと、幼いながらに憤慨していた。


「……シルは優しい子ね。さぁ、こちらにいらっしゃい。マリアンヌに美味しい紅茶を入れてもらいましょう。お母様とお茶会のやり直しをしましょうね」


「はい、お母様!」


 家門唯一の子女として、シルティは、物心がつくと同時に厳しい教育を施されてきた。貴族としての作法、令嬢としての在り方、そして後継者に必要な知識を叩き込まれている最中だった。


 両親は、可愛い娘に厳しい教育を受けさせていることに酷く胸を痛めている。


 しかし当の本人は器用なもので、厳しい中でも何かしらの楽しみを見出し、学ぶことを“楽しい”と考えることで学力や意欲を向上させている。もちろん、能力と結果が伴っているからこそだが、家庭教師たちからの評価は高い。


 そしてシルティには、“人誑し”という天賦の才があった。シルティと出会い、話をして、少しでもその本質に触れる。そのあと、無邪気かつけがれのない笑顔で、


『尊敬しておりますわ、先生。私の先生があなた様で本当に嬉しい! シルは幸せものです。まだまだ未熟で足りないところだらけの至らない生徒ですけれど、私はこれからも先生に師事していきたいと思っております。先は長いですが、私の成長とともに勉学の道を共に歩んで頂きたいです。そうしたら、私はもっと嬉しくなって、楽しくなって、頑張れるもの!』


 ……などと言って微笑まれ、慕われれば、教師陣も相好を崩すしかなくなるだろう。


「これを計算ではなく、素でやりのけてしまうのだから。……我が娘ながら末恐ろしいわぁ」


 シルティがどのように過ごしたか、今日1日あったことを夫に話聞かせながら、妻は紅茶をすすった。


 “末恐ろしい”などと言いながら口元に笑みを浮かべる妻を見て、夫は相好を崩した。そうして自らもソーサーを持ち上げ、少し温くなった紅茶を飲み喉を潤した。


 時間差で、2人のソーサーが机の上でカチャリと鳴ると、夫が乾いた唇をひと甜めした。


「婚約者を見つけてあげることはできなかったが、……後継者の件については適任者が見つかったよ」



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