山本の顔が
「な、に?」
沙羅と山本の間には、いつの間にかリリーが立ちはだかっていた。
彼女の手に、先ほど放たれた弾丸が握り締められている。
リリーがゆっくりと手を開くと、弾丸は虚しく落下していき、カランッと乾いた音が鳴り響いた。
その場にいる全ての者の目が見開かれ、リリーに視線が注がれる。
「な、なんだ! そいつは!」
山本の顔は青ざめ、戸惑いを含んだ叫び声をあげた。
そんな状況を一人楽しむように、桐生が微笑みを
「……ふっふっふ。僕が作ったアンドロイドさ! 最強の戦士!
どうだ、驚いたろうっ」
桐生が自分の手柄のような顔で、山本をビシッと指差した。
そうこうしているうちに、いつの間にかリリーは山本の眼前に立っていた。
なんの気配もさせず、一瞬で移動する彼女の動きに、誰もついていけていない。
山本の持っているナイフと拳銃を一撃で弾き飛ばしたリリーは、川野を山本の手から引き剥がして遠くへと押しやった。
素早いリリーの反応についていけない山本。
彼女のされるがままだった。
山本と一対一で向き合ったリリーは、まっすぐに彼のことを見つめる。
「あなたは人間の中でも最低な分類に入ります。私はあなたが嫌いです」
リリーの圧倒的な力に
「何を? 俺はこの腐った世の中を救うために選ばれた人間なのだ。
お前らのようなカスに何がわかる! 川野だって、俺が拾ってやらなければゴミのように生きるしかなかったんだ。
あいつに生きる意味を与えてやって、感謝して欲しいくらいだ!」
リリーは山本の首を絞め上げた。
だんだん力が込められていき、山本は苦しげに咳き込んだ。
「リリー、やめろ」
俺の声に反応したリリー。
彼女の力が弱まり、山本はずるずるとその場に座り込む。
俺が山本の側へいき見下ろすと、山本は顔を背け舌打ちする。
「なんだよ、殺せ! おまえらだって、俺と同じだ。
本当はみんなクソみたいな人間のくせに、いい子ぶりやがって。
……
よくわからないが、俺は昔くすぶっていた頃の自分を思い出した。
自分もクズで他人もクズで、この世界のすべてが嫌で、すべてクソくらえと思っていた。
だからなのかな、俺らしくない妙なことを言ってしまったのは。
「おまえがどんな人生を送り、こんな状況になったのかは知らない。
おまえがどんな思いで生き、どんな苦しみや悲しみを味わい、そういう思考に至ったかなんて……わからない。
俺は、おまえじゃないからな。
……でも、俺は生まれた瞬間から
赤ん坊がこんなこと考えるか?
育ってきた環境や、周りの何かに染まってしまう、なんてよくあることだし。それを責める気持ちもない。
でもな、そうやって生きていくうちに、人は変わっていくんだとしたら……きっと、これからだって
生きている限り人は変わっていけると、俺は信じてる。
……おまえもさ、これからだってこと」
俺の話を聞いていた山本の瞳が揺れた。
そして
「……ふん、何を言っているんだ。今さら」
「よく言うだろ、人生に遅いなんてことはないって。
あれ、ありきたりだけど、俺は好きな言葉なんだ。
たまには、馬鹿なくらい純粋に人のことを信じてみるのも悪くない。
騙されたと思って、さ」
山本に微笑みかけたところで、遠くからサイレンの音が鳴り響く。
「おっと、さっき通報したんだった」
リリーが手早く山本と川野を縛り上げる。
ついでに地面で倒れている連中も全員縛り、一か所に固めていた。
さすが最強アンドロイド、仕事が早い。
「ま、犯した罪は
……もう一回だけ、頑張ってみろよ」
山本は、頷いたのか
「智也……」
沙羅が倒れている川野を抱き起した。
「沙羅、……もう俺のことは忘れろ。
他にいい奴見つけて幸せになれ。今まですまなかった」
川野は沙羅から顔を背ける。
「いや! 何でいつもそう勝手なの!
私は智也を愛してる……たとえ、あなたが犯罪者になったって」
「沙羅……」
沙羅の瞳から、大粒の涙がこぼれる。
「止めたかった……こうなる前に。
私は別にどんな智也でもよかったんだよ。凄い人じゃなくても、お金持ちじゃなくても、地位や名誉なんてどうでもいい。
出会った頃の、本当の智也が素敵だと思ったから、だから付き合うことを決めたの。
なのに、智也はわけわかんないことを言って、どんどん変わっていってしまった。
私、怖かった。智也が智也でなくなっていくようで」
次々溢れる沙羅の涙をじっと見つめていた川野が、ゆっくりと動く。
そっと優しく彼女の涙を
「俺……ずっと自分に自信なくて。
沙羅みたいな素敵な女の子に付き合ってもらえたのも、運がよかったんだって思ってた。
そんなとき、沙羅が他の奴らに言い寄られてるの見てさ。
そいつらすごい経歴の持ち主だったり、金持ちのボンボンだったりでさ。俺全然勝てる自信なくて、だんだん
そんな俺の弱い心につけ込まれて、こんなことに。
沙羅の言葉さえ、もう心に届かなくなってた。
……俺、馬鹿だ。本当に、情けない」
川野は泣いた。
そんな川野を、沙羅は愛しそうに抱きしめる。
「馬鹿ね……。私、いつまでも待ってるから」
二人の様子を見つめながら、桐生は涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で笑う。
「よがった、よがったねえー。ほんとーに、よがっだぁ」
本当に、桐生は子どもみたいに純粋な奴だ。
「うむ、感動的だ」
佐々木の目にもうっすらと涙が滲んでいる。
こいつも、根は純粋なんだよなあ。
リリーとはじめの様子を確認する。二人とも、なんだか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
まあ、こんなどうしようもない俺達にしちゃ、上出来な結末じゃないかと思う。
「さ、ずらかるぞ」
俺がそう言うと、桐生が驚く。
「え! なんで?」
「警察にいろいろ聞かれるの面倒だろ。リリーやはじめのことだってあるし」
「えー、せっかくヒーローになれるのに」
「……ヒーロー」
桐生が駄々をこねる横で、佐々木がぽつりとつぶやく。
なんだか、皆やけにヒーローにこだわるな。
「俺だって、昔からヒーローになるのが夢だったんだ。
ヒーローというのは、みんなの知らいない間に事件を片付け、
俺の言葉に、桐生がなるほど、と
「そっか、そういえば、そうかも。輪島くんやるぅ!」
「そうか……」
桐生も佐々木も納得してくれたようだ。
単純な奴らで助かった。
「じゃあ、帰るぞ。
……あ、沙羅さん。私たちのことは秘密でお願いしますね」
俺がお願いのポーズを取ると、沙羅は戸惑いながら頷く。
そして、飛び切りの可愛らい笑みを見せた。
「ありがとう、ヒーローさんたち」
そう言われた俺達はニヤッと微笑み、顔を見合わせた。
「とんでもない、また何かあったら輪島探偵事務所まで!」
なぜか桐生が笑顔で答えた。
「おい! それは俺の台詞だろ」
俺が桐生の頭を叩く。
「そうだぞ、今の台詞は輪島が
佐々木が初めて良いこと言った。
俺は猛烈に感動した。
「今日も、泊まっていいか?」
佐々木がこの流れで俺に尋ねてくる。
「ああ、もちろん。今日は酒でも飲んで語り合うか」
俺が初めて佐々木に心を開いた瞬間だったかもしれない。
仲良さげな俺達に嫉妬したのか、桐生が俺達の間に割って入った。
「ずるい、僕も今日泊まる! そして語る」
「あーはい、はい。勝手にしろ」
「では、今日はご
リリーがそう提案すると、はじめが騒ぐ。
「僕、肉が食べたい!」
「はじめは肉なんて食べられないだろ?」
俺がはじめを
「ううん、食べれるよ」
「は? ロボットだろ?」
「ふっふっふ。僕を
俺はあきれて何も言えなかった。
本当に、こいつはただの阿保なのか、はたまた大天才なのか。
いや、どっちもだな。
リリーは食べ物を一切食べない。
いつも俺の食べる姿を見ているだけだった。
せっかくならリリーにもその機能をつけてくれたらよかったのに、と恨めしく思う。
やはり一人で食べるより、皆で食べた方が食事は美味しい。
「じゃあ、帰りにスーパー寄って帰るか」
俺がそう言うと、桐生、佐々木、リリー、はじめは嬉しそうに笑いながら、「おおー!」と掛け声を上げるのだった。