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第8話 爽やか好青年イケメンマスターって嫌味?

 次に俺達が向かったのは、沙羅が昼間に勤めていたカフェ『ラテ』。


 ここの店主はカフェラテが大好きなのか?

 本当に変な奴ばっかりだな。


 俺が眉を寄せ、看板を眺めていると、


「輪島くん、何してるの? 入るよ」


 三人とも店に入っていく。


 俺はまた変な奴と攻防こうぼうを繰り返すことになるかもしれない、という予感から、気合を入れ直し店へと入っていく。


「いらっしゃいませ」


 以外にも普通のカフェだった。

 店は小さくこじんまりとしているが、壁や床、机や椅子が全て木材でできており、とても温かみを感じる内装だった。

 質素ではあるが、ところどころお洒落しゃれに飾られてあり、インスタ映えしそうなメニューなどは、よく考えられている。


 ちらほらと客もいて、若者と女性客が目立つ。

 定員はウエイターが一人とマスターが一人。


 マスターといっても、すごく若く、二十代に見える。しかも爽やかイケメンだ。

 あれ目的で来ている女性客がいそうだな。


 俺がマスターをじっと見つめていると、彼が微笑みかけてくる。


「いらっしゃいませ、どうぞお好きな席にお座りください」


 ニコニコと微笑む彼は、好青年と言うに相応ふさわしいイメージだった。


 マスターのいるカウンター席に、皆一列に腰をえる。


「この子、知ってるよね?」


 沙羅の写真を見せると、マスターの片眉が少し上がった。

 そして大きく目を開いて、まじまじと写真を見つめる。


「ああ……藤崎さん? ここの店員だけど」

「最近、彼女に何か変わったことはない?」

「失礼ですが、あなたたちは?」


 まあ、そうだよな。いきなりこんなこと聞いてきたら、普通警戒する。

 さっきの管理人が、あまりにも警戒心なさすぎるだけで。


 ま、その方がこっちはやりやすいけど。


 このマスターには、本当のことを言った方がいいかもな。


 桐生と佐々木に目配せをすると、二人は頷いた。


「私は探偵です。彼女の消息しょうそくがわからなくなったので、調べています。協力してもらえませんか?」

「え! 彼女が?」


 マスターは驚いたあと、しばらく考え込んでいた。


「……確かに、彼女はここ最近、無断欠勤が続いていて、心配してたんです。

 まさか、行方不明なんて」


 かなり動揺しているように見える。

 しかし、このマスター……何か違和感を感じる。何に、と言われても言葉にできない。

 野生の勘、というやつだ。


 俺はマスターをじとっと見つめたが、爽やかな好青年イケメン……としか言いようがないほど、素敵な微笑みを俺に向けてくる。


 こうなったら、気のせいということにしておこう。

 俺は自分の直感を打ち消してしまった。


「沙羅さん、恋人がいるようですが、ここにも来ていましたか?」


 管理人から聞いた恋人のことが気になっていた俺は、他の人の意見も聞いてみたくなった。


「ええ、藤崎さんの彼氏ね。来たことありますよ。

 彼、いい人ですよね。いつも僕たちにも優しいし、藤崎さんのことも大切にされていましたよ」


 管理人の話との、あまりのギャップに驚く。


 そんなに場所によって態度が違うのだろうか?

 まあ、そうやって、場所や人によって態度を変える人もいるにはいるが……。


 いや、今は恋人のことより、沙羅さんのことの方が先決だ。


「そうですか……あの、他に何か藤崎さんについて、気になることはありましたか?」

「いえ、いつも通りでした。いきなり仕事に来なくなって、心配していたところです。

 藤崎さんは、そんなことをする人ではありませんでしたから」


 沙羅さんの人柄については、一致している。

 ただ、恋人の評価がこうまで違うのが、気になるところだった。


「わかりました。何か思い出したり、わかったことがありましたら、こちらへ連絡ください」


 名刺を差し出す。

 彼は名刺をじっと見つめたあと、微笑んだ。


「はい、確かに。

 ……で、さっきから気になってるんですが、お連れの方々、なんだか個性的ですね」


 ちょっと呆れた様子のマスターが、三人を見つめている。


 桐生は、俺とマスターの会話をずっとキラキラした瞳で見つめ続けていた。

 やりずらいなあ、と感じながらも無視していたが、さすがに気になるよな。


 佐々木はというと、いつものように一人コーヒーを飲み、何も言わずにマスターのことだけをじっと見つめ続けていた。

 何の感情もないような瞳でずっと見続けられ、かなりの圧を感じたことだろう。


 リリーは、最初から席には着かず、店内を動き回っていた。

 店内にある机、椅子、装飾品などを物色し、とうとうカウンターに並んでいる商品にまで手を伸ばそうとしている。


「リリー、駄目だ」


 俺が怒ると、リリーはすぐさま手を引っ込める。


「はい、ご主人様」


 メイド服姿の女の子に、などと言わせている俺を変態とでも思ったのか、マスターが驚いた表情で俺を見る。


「いや、違うっ。これは」

「いいですよ、人の趣味をとやかく言いません」


 マスターは俺から急いで目を逸らした。完全に誤解されている。


 メイド服の女の子を連れて歩いている時点で、俺は周りからかなり変な目で見られていた。

 最近は、そういう扱いにも慣れてきている自分がいることに、驚くばかりだ。


「はは、まあ、じゃあ、そういうことで。何かあったらお電話ください」


 マスターに愛想笑いすると、俺は席を立った。

 あちらこちらから不審な目線を向けられている。その視線を背中に感じつつ、俺は店をあとにする。


 絶対、リリーのせいだ! ……もう好きにしてくれっ。




「はい!」


 店から出たところで、桐生がいきなり手を挙げた。


「僕、いいこと思いついたから、ちょっと家に帰っていい?」


 桐生がニコニコと俺に微笑みかける。


 いいことって何だ? おまえの考えるいいことは、いいことじゃない気がするぞ……と言いたかったが飲み込んだ。


 どうせ、こっちが何を言ったって無駄なことはもうわかっている。


「ああ、別に、ご自由にどうぞ」

「明日、またそっち行くから」


 手を大きく振りながら、桐生は急いで走り去っていく。


 いったい今度は何を考えているのやら、とにかくいい予感はしない。


「俺はいったん、事務所に帰る。佐々木はどうする?」

「……俺も一緒に事務所に行く」


 佐々木は事務所がお気に入りらしく、最近はよく俺の所に入りびたっている。


 こいつ、本当は寂しがり屋なのか? と疑問が思い浮かんだ。

 しかし、佐々木の感じからして、その線は薄そうだが……。


「じゃあ、帰るか。行くぞ、リリー」

「はい、ご主人様」


 リリーは人目もはばからず、人前で堂々と言い放つ。

 通り過ぎる人が、また異様な目で俺を見ていく。


 慣れたとはいえ、本当にこれはきつい。


「外であんまりご主人様を連発しないでほしいな。輪島か隆でいいよ」

「ご主人様を名前でお呼びするなんてできません」


 何度この攻防を繰り返したことだろう。

 いったい桐生はどういう設定で作ったんだ? 別に呼び方くらい何でもいいだろうに。


 俺は呆れた目でリリーを見つめる。


「わかった。もういい。帰るぞ」

「はいっ」

「……おー」


 主人を追う犬のように忠実についてくる二人。

 可愛いメイド姿の少女と、美人な女性を引き連れていくおじさんは、いったい世間にはどう映っているのだろうか。


「はあー」とため息を吐くと、俺は家路いえじについた。


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