まずは沙羅の住んでいるマンションの住人に話を聞くことにする。
スナックのママに教えてもらった住所のマンションへ到着すると、ちょうどゴミ収集所で掃除をしているおばさんに出くわした。
「あの、すみません、ちょっとだけお話いいですか?」
ちょっと小太りな体型に、薄くパーマのかかった髪型。エプロンをしたその姿は典型的な昭和のおばさんだった。
年齢は60歳前後というところだろうか。
俺達が近づいていくと、ちょっと嫌そうな顔をしながら
しかし、顔がしっかりと確認できるくらい近づくと、彼女の表情が
「あら、何かしら」
彼女の瞳は、どこか恋する少女のような
誰かタイプの奴でもいたのか?
まあ、こちらに好意的だと、いろいろ都合がいいので助かる。
「あの、この方、ご存じですか?」
昨日ママから貰った沙羅の写真を見せる。
おばさんは目を大きく見開くとつぶやいた。
「あら、沙羅ちゃんじゃないの」
「知ってるんですか?」
ビンゴ! 今日はツイてるな、こんなに早く情報に辿り着けるとは。
「私、ここの管理人なの。
沙羅ちゃんはとってもいい子よ。いつもきちんと挨拶するし、こうやって掃除してると手伝ってくれたりしてね。私のことも気にかけてくれて。
……なのにねぇ、あの彼氏といったら」
「彼氏?」
そういえば、ママも沙羅の彼氏の話をしていたな。
あまりいい印象はないようだった。
「本当にあの子の彼氏なのかね?
挨拶しても返事しないし、沙羅ちゃんへの態度もきついし、
なんだか話が長くなりそうなので、急いで話題を変える。
「そうですか。……あの、ここ3日程、彼女見かけましたか?」
管理人はうーんと
「そういえば、見ていないねえ。それがどうかした?」
「いえ、最近何か沙羅さんの様子が変だったとかはないですか?」
また大きく首を
なにかを
「そういえば、彼氏と大喧嘩してたよ。まあ、彼氏が悪いんだろうけどさ」
彼氏の話は気になるが、これ以上話しても、この人から得られる情報はないと判断した俺は、話を打ち切ることにした。
「そうですか、わかりました。いろいろありがとうございました」
さっさと立ち去ろうとすると、
「ちょいと、あんた」
しまった、さすがに怪しまれたか。
ゆっくりと振り返る。
すると、おばさんは嬉しそうな顔をしながら、俺たちに近づいてくる。
「あんた、いい男だねえ。沙羅ちゃんのおじさんかなんか?」
「え、ええ。まあ」
ここは適当に
「へえー、沙羅ちゃんも美人だもんね、やっぱ血筋かねえ」
管理人は
勘違いしてくれて、助かった。
ここで変な風に探りを入れられると、面倒くさい。
「でも、沙羅ちゃんてなんかいつも寂しそうなのよね。いい子なのに。
あの彼氏のせいかねぇ。
ちょっと、あんた、たまには会いにきてあげてね」
俺に笑いかけたあと、おばさんは急に桐生の方へ向きを変えた。
「あんた!」
「は、はい」
今度はなんだ?
「私のタイプだわぁ。ね、携帯の番号教えて」
ずずいと体を寄せてくる管理人に、さすがの桐生も
「い、いやあ、僕、携帯持ってないので」
なんてあからさまな嘘だ。
いつも、
「あら、そうなの? なら、仕方ないわね。
じゃあ、あんたの教えて! この方と繋いでよ」
おい、信用するのかよ!
そして、なぜ俺を巻き込むんだ。
おばさんが今度は俺の方に向きを変え、ずんずんと迫ってくる。
俺は後退しながら、苦笑いした。
「あ、いや、俺」
「あら、そちらの二人のお嬢さんも綺麗だし、可愛いのねぇ。
ほんと、美男美女でいい目の
それから管理人は一人で勝手にしゃべりはじめた。
物凄いパワーで放出される言葉の数々。それらを止める術を俺達は持っておらず、この荒波から解放されるのをひたすら待つしかなかった。
しばらく話して満足した管理人は、俺達をやっと解放してくれた。
話しに夢中になり、携帯のことはすっかり忘れた様子だ。
満足そうな笑みを浮かべた管理人は、俺達に手を振って去っていった。
ふと桐生を見ると、どっと疲れた顔をして佐々木にもたれかかっている。
まあ、あのおばさんの勢いは凄かったからな。
ご
俺達
「ああいうおばさんが、この世で一番最強だわ」
俺は大きな息を吐きつつ、ドカッとベンチに腰をおろした。
「ご主人様、どうぞ」
リリーが缶コーヒーを差し出す。
いつの間に買いに行ったのか、本当に気が利く奴だ。
「ありがとう」
さっそく缶を開けると、俺は一気にそれを飲み干した。
疲れと共に、喉も乾いていたんだと自分でも驚く。
「でも、あの人……いい人だよね」
桐生が笑顔で俺の顔を覗き込んだ。
「まあ、悪い人間ではないが……」
俺が間を開けると、リリーが即座に反応する。
「疲れる、ですね」
「さっすが、リリー! 主人の思いを汲み取れるなんて、おまえは最高のアンドロイドだよ! 僕は天才だなあ」
「はい、慶介様は天才です」
桐生が胸を張り大声で笑う姿を、リリーが見つめながら拍手を送っている。
その光景を、俺と佐々木は黙って見ていた。
「おい、あれどう思う?」
「……桐生らしくて、いい」
「あ、そう」
俺はそれ以上、こいつらに何も言う気力がなくなった。