『マリー』はスナックバーだった。
人通りも少なく、薄暗い道の両側には古びた店が所狭しと整列していた。
その通りを進んでいくと、目的の看板を見つけた。
こじんまりとしたその店は紫色を全面に主張しているようで、店の色は紫一色。他の建物とは違う異質な空気をまとっている。
看板やドアにはピンク色のハートマークがたくさん散りばめられている。
いったいどんなママがいるのか非常に興味が湧く店だ。
ドアを開け店内に入る。
そこはピンクとゴールドの世界が広がっていた。
天井と床はゴールド一色でキラキラと光り輝き、壁はすべてショッキングピンクだった。
壁には赤いハートと黄色い星が散りばめられている。
いったいどんなメルヘンチックな人がこの店の主人なのだろうか。
俺が店内の様子に呆然とし、
「わお、素敵なお店だねえ」
桐生が呑気な声を上げる。
「……ふむ、実に興味深い」
佐々木は感心している様子だった。
この二人は普通じゃないから、放っておこう。
「あらー、二人ともいいセンスしてるわねえ」
カウンターから顔を出したのはこの店のママ。
ウエーブのかかったロングヘアを軽くかきあげ、真っ赤なドレスのスリットからのぞく足をアピールしながら、こちらへやってくる。
歩くたびに軽く音を立てているのは身に着けている豪華な宝飾品の数々。
爪には
きつめに引いたアイラインに、アイシャドウとマスカラをたっぷり塗った目でこちらを
頬はチークを塗り過ぎたのかと思うほどの濃い色に染まり、口は真っ赤なルージュがべっとりと塗られていた。
まるでお人形のよう……と表現するのは間違っているだろうか。
「三人とも、こっちにいらっしゃい」
ママが微笑み、ウインクする。
口元にはうっすらと
いわゆるオネエというやつだ。
「まあ、三人とも結構な年だけど、なかなかのイケおじねえ」
ママはニヤニヤと俺達三人を舐めるように見つめた。
自分でいうのもなんだが、年の割に俺達はイケている方だと
俺達三人は55歳。
世の中的にも、おじさんと呼ばれるに
しかし、俺は見た目よりマイナス10は若く見えるんじゃないかというくらいの肌の張りがあるし、顔も元々そこまで崩れていない。
若い時はこれでも、結構モテたんだ。
桐生は年の割に幼く、可愛い顔をしている。
どこか穏やかそうなその笑顔と、おっとりした感じが組み合わさって、みんなから可愛がられそうな容姿をしていた。
年上のお姉さま方に人気がありそうだ。
佐々木も大人しく、いつも下向き加減なのであまりわからないが、かなりのイケメンだった。
50代の渋いイケメン俳優のような雰囲気を持っている。
黙って立っていたら、かなりモテるんじゃないかと思う。
ママからしたら、
「いいわあ、目の
そういう自分もかなり年いってるだろ、と突っ込みたかったが、そこはぐっと我慢する。
「ささ、飲んで、飲んで」
ママは勝手に酒を選び、それぞれに差し出してくる。
頼んでもないのに、この店は押し売りか、とまた突っ込みたくなった。
「あの、そうじゃなくて……」
「いいじゃん、飲もうよ、せっかくだし。僕はビールがいいなあ」
桐生はノリよくママに注文しながら、カウンター席に座る。
「あら、可愛い。いいわよ、ママがおごっちゃう」
「いいの? ありがとっ」
桐生が飛び切りの笑顔を向けると、ママは頬を染めて上機嫌になった。
こいつ、天然の人たらしだな。
俺は桐生を睨んだ。
「俺達はお金払いますよ。あの、それで」
「俺、ウイスキー」
いつの間にか桐生の隣の席に座っていた佐々木が、ぼそっとつぶやいた。
「あら、なんだかあなたに似合うわぁ。素敵っ」
ママはノリノリでお酒を用意していく。
俺は大きくため息をついて、二人に並んで座った。
こいつらと一緒にいるとどうも調子が狂う。
俺が一人変な奴みたいだが、決してそうじゃない。この二人が変なのだ。
「ママ、本題なんだけど。この宝石に見覚えない?」
宝石を見せると、ママは驚いた表情をして宝石をまじまじと見つめる。
「ちょっと、これ、どこで?」
「迷いネコの首輪についてた」
ママは宝石を見つめ、深く考え込んだ。何か深刻そうな顔をしている。
「その宝石のこと、知ってるんですか?」
「ええ……この宝石は、ここで働いているサラの物だよ」
ママがそれまでの表情とは異なる深刻な表情を俺達に向ける。
何かが動き出す、そんな予感がした。