株式会社KDTミラクルの事務所は、内装工事前とはいえ、最低限の荷物を置いてスタート出来た。
でもアタシにはどうしても解決しないといけない問題がある。
「エイミちゃん、どうしたんじゃ? なんだか困った顔をしているようじゃが」
「あ、だ、大丈夫です、田辺さん」
田辺さんがアタシの事を心配してくれた。
でもこの悩みは田辺さんには理解できないだろうな、アタシの悩みとは……いきなり変身が解けてしまう事。
でも、その悩みを一言も言っていないのにアタシが悩んでいると一発で見抜くって、やはり田辺さんは凄い人なんだと思う。
今の田辺さんは一応株式会社KDTミラクルの社長という事になっている。
でも今まで通りに田辺さんと呼んでも問題は無さそうだわ。
田辺さんはこの20年の間に何があったのかは話してくれない。
でも、アタシが破滅させたとはいえ、かなりの苦労をしていたのだろうな、とは思う。
そうじゃなきゃアレだけの強欲で傲慢だったタナベプロダクションの社長がこれ程の善人になるとは思えない。
それよりも、気になるのはあの橘社長の方だ。
橘社長はこの20年で別人と思える程、醜悪で卑劣、傲慢な男になっていた。
アタシを助けてくれていた芸能界の若いプリンスの面影はどこにも見えない。
「ま、まあエイミちゃんが問題ないならそれでいいんじゃが……」
そういえば、さっきからヒカリとヤミの姿が見えない、あの二匹、いったいどこに行ったんだろう。
アタシがそんな事を考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「エイミちゃん、おるかー?」
「え? ど、どちら様ですか??」
「何言ってんの、親戚のお姉ちゃんやでー」
アタシに親戚のお姉ちゃんなんていない、それに、このコテコテの話し方、コレってひょっとして……!
アタシは恐る恐る、ドアを開けてみた、すると、そこにいたのは……28歳のアタシだった!?
28歳のアタシが抱えているのは……白猫、って事は、このアタシはヤミで抱えてるのはヒカリ!?
「ああ、貴女は、エイミちゃんの親戚のお姉さんですか」
「せやで、ウチはミヤっていいますねん、エイミちゃんの様子見にきましてん、な、エイミちゃん連絡くれたんやんな」
「は、はい。そうです。ア、アタシがおね、お姉ちゃんに連絡し、しました」
ヤミは今のアタシの姿になって何をしようというのだろうか。
「ほんでな、エイミちゃん。ウチな、エイミちゃんのお母さんに頼まれて一緒に住んで様子見てほしい言われたねん、ほな、頼むでぇ」
「えぇ!? い、いきなりそんなこと言われても」
「美也さん、わかりました。ですがここは関係者以外は……」
「何つれないこといってんねん、ウチは詠美ちゃんの関係者や」
ヤミがアタシに心の中に語りかけて来た。
『エイミちゃん、ここは話し合わせてや、エイミちゃんの魔法がいきなり解けてそこに知らんおばはんおったらこのおっちゃんビックリしてしまうやろ、だからウチがここに出入りしているって事にしてアンタの魔法が解けても問題ないようにしておくんや』
『だからってアタシに何の連絡も無しに勝手に動かれても困るでしょ! いきなり事前に何も言われてなくて目の前に自分がいたからビックリしたわ!!』
『堪忍やて、まあ、これでもし魔法がここで解けてしもうても、親戚のお姉ちゃんが様子見に来てるって事に出来るやろ、それに二人並んでいないと不自然って時はウチがお姉ちゃんの役やったるでな』
確かに、ヒカリとヤミは魔法界の住人なので変身能力を持っている、彼女達のおかげでピンチを乗り切った時は何度かあった。
まあいいか、ここはヤミの言う通りにしておいて、アタシがいつでも動けるようにしておこう。
それにヤミがアタシのふりをしてくれていたら、アタシがあのブラック企業を辞めるまではアタシの代わりにここで待機してもらう事も出来る。
『わかったわ、話を合わせればいいのね』
『そういうことや、頼んだで、エイミちゃん』
アタシはヤミの手を握って喜んで見せた。
「美也おねーちゃん、来てくれたのね。ありがとう。お姉ちゃんがいてくれたら助かるわ、ネコの手も借りたいってとこだったの」
「ネコの手って、ウチ、本当はネコちゃうんやけど……」
魔法界の住人であるヒカリとヤミは地球で暮らしやすいように猫の姿をしているが、本当はもっと違った妖精か何かに近い姿をしている。
変身能力を持つ彼女達は、アタシの生活に合わせて猫の姿を選んでいるが、見た事のある相手なら変身する事が可能なので、ヤミが28歳のアタシの姿になる事も出来た。
「お姉ちゃん、アタシ話があるの、田辺さん、少し出かけてきますね」
「わかった、内装業者とかの件は儂が対処しておこう、行ってらっしゃい」
アタシはヤミと二人で外に出た。
「ヤミ、いくら何でも名前でミヤってのは安直過ぎない?」
「そんな事いわれたかて、ウチ、人間とかこの地球の事そこまで詳しくないねん、だから堪忍してや」
「ま、まあおかげで今後あの事務所で暮らしててもアタシが28歳の姿でいてもおかしくなくなったから、助かったけどね」
さて問題は、引っ越しとかどうしようかってとこかな。
アタシの通帳の中には魔法のアイドル、ミラクルエイミとして歌った印税が数千万円入っている。
コレがあればもうあのブラック企業からおさらばしても問題ないけど、いきなり辞めると角が立つ。
それならまずは引っ越しをして通うのが難しくなったっていう風にしておくかな。
それでも泊り込めとか、もっと早く出社しろとか言われたらその時はマジで労働基準監督署に殴りこんでやる!!
まあ、数十万もかけなくても、引っ越し業者頼めばすぐにでも引っ越しは出来るけど、今はどうにかあの住居兼事務所の内装をアタシの快適なように作るってとこかな。
木戸さんは事務所の不動産の契約はしてくれたが、後は田辺さんとアタシに好きにしていいと言ってくれた。
だからあの元々のアタシの家、もっと今のアタシに快適なように作り直そう。
アタシが事務所に戻ると、田辺さんは内装業者と会う為、外出していたみたい。
さて、それじゃあ魔法でこの建物の中を一階綺麗に飾ってしまおう。
「マジカルッ、この建物の中を綺麗に飾り立ててっ」
アタシが魔法を使うと、そこには綺麗に整理された小ぎれいな事務所が出来ていた。
パソコンは最新鋭、複合機に大型モニター、それに壁には大きなホワイトボード、まさに事務所といった作りだ。
アタシはその事務所の内装を何枚も写真に残し、完成予想図として説明出来るようにした。
「いけない、もうすぐ田辺さんが戻ってくるわ、マジカルッ、建物を元の姿に戻して!」
アタシが再び魔法のステッキを振るうと、飾り立てられた建物の内装は殺風景な打ちっぱなしのスケルトン物件に戻った。
「こんにちは、内装屋です。こちらの物件の見積もりに参りました」
「あ、はい。お待ちしていました」
どうやら田辺さんと内装業者である程度の話は進んでいるようだ、流石は経験者といったところか。
「あ、あの……すみませんけど、こんな風に作ってもらえますか?」
アタシはスマホの画面を内装業者と田辺さんに見せた。
すると、二人共ものすごく驚いていた。
「こ、これは……凄い! どうやってこの画像を作ったんですか?」
「エイミちゃん、これはいったい? まるで魔法みたいじゃ」
「え。えっと、これは、知り合いのコンピューターが得意なデザイナーさんに頼んで、用意してもらった完成予想図なん……です」
「それにしても凄い、その写真もらえますでしょうか? それがあれば内装工事が思った以上に早く進める事が出来そうです」
アタシは内装業者と田辺さんに完成した部屋の写真を送った。
すると、内装業者さんは、見事にアタシの魔法とほぼ同じ形の事務所を作り、ついに株式会社KDTミラクルが本格始動出来るようになった。