木戸さんの社長室は、所狭しとパソコンが置かれていて、そのモニターは最新の薄型の大型の物になっていた。
そして、そのモニターに映っていたのは、この事務所に所属しているタレント、アイドル等の映像の数々だった。
「どうだい、おどろいたかい? コレがボクの今の仕事だよ」
「こ……コレって?」
「ボクはね、動画配信という方法で売れないアイドルやミュージシャン、タレントを個人契約する事で有名にしてあげるビジネスを始めたんだ。これが大当たりしてね、それで今やこの規模の会社を立ち上げられたってワケさ」
つまり、ワクワク動画やTO TUBEが有名になる前の頃から、その動画サイトで有名配信者を輩出していたのが木戸さんって事!?
木戸さんが大会社の社長になったのは、趣味だったパソコン通信をビジネスと組み合わせる事に成功したからなんだ……。
でも、今では普通になった一般人の動画配信を最初期に手掛けたのが木戸さんだとすれば、先見の明があったというところなんだろうな。
「それにドットコインでも一山当てたからね、それを元手に彼に冷遇されていたアーティストを連れて橘の所から独立したって事さ」
今の橘社長の態度を見れば、アーティストに対する冷遇も納得だわ。
木戸さんはその人達を引き連れて独立したって事なんだ。
「そうそう、今日はここに来てもらった目的があったんだ」
木戸さんはアタシに微笑みかけると、その後に会社の古い金庫の中を調べていた。
そこにあったのは、統合前の銀行の通帳がいくつも有り、その中から木戸さんは最新の物を取り出した。
アレはいったい?
「実はボク、君……本当は君のお母さんに渡したいものがあってね、受け取ってもらえるかい?」
「渡したいもの? それは一体なんですか?」
木戸さんがアタシに渡したいもの、それは一体何なのだろうか。
アタシが何を渡されるのか考えていると、木戸さんは一通の通帳をアタシに渡してきた。
「それは君の……いや、君のお母さんにいつか渡せる日の為に保管しておいたんだ」
「コレって……銀行通帳!?」
木戸さんの言い方、ひょっとしてアタシがミラクルエイミ本人だって気が付いているのかな?
アタシはちょっと意味深な言い方が気になった。
そして木戸さんから手渡された通帳は、最新のものだったが、アタシはその金額を見て驚いてしまった。
1.10.100.1,000.10,000‼ 100,000‼ 1,000,000‼ 10,000,000‼‼. 通帳の中の金額は、アタシが今までに見た事も無いような金額だった。
「こ……これって、本当にアタシの?」
「君……というか、お母さんの……だね、印税といって理解できるかな?」
印税って、つまり……アタシが歌っていた歌の売り上げって事?
アタシが通帳を見ると元々大きな金額が入っていた以外に、ちょこちょこと小さな金額が追加されている。
どうやらこれがカラオケ歌唱印税ってやつなのかな。
「本当は動画の売り上げもこれに追加してあげたかったんだけど、アレは元々ボクがオリンポスプロダクションに所属していた時にアップした動画だったからね、今更アレの売り上げを寄こせとは言えないからね、あの引退動画とかの視聴分はあげるワケにいかないんだ、すまないね」
いやいや、それでもこの通帳の中身を見たら、宝くじに当たったクラスの大金が入っているって!
アタシが活躍していたのは一年だけ、でもその一年の間で稼いだ印税で下手すれば家が買えるレベルだった。
それに歌唱印税が少ないとはいえ20年分追加されているとなると、そりゃあ金額も凄い事になっているのも納得ね。
アタシは一日にして20年分の収入を手に入れたって事になる、これだけあればあのブラック企業のバカ社長の机に脚を乗せて辞表を叩きつけてやれるレベルだわ。
「どうだい、驚いたかい。でもそれが本来の君、いや……お母さんの正当な報酬だよ。ミラクルエイミはいつも歌を歌った後すぐに姿を消してしまっていたからね。それがいくら探しても見つからず、小さなファンらしい女の子が走っていくのを見かけるだけだったんだ」
確かに、木戸さんがマネージャーだった時、アタシは何度も彼に追いかけられた。
でもその度、正体が分からないようにごまかしているうちに、いつもいるおっかけのファンの女の子といった認識で変身前のアタシを見るようになったのよね。
「それで、ボクが君達を今日ここに呼んだのは、それだけが目的じゃないんだ。まあその通帳だけ受け取って帰ってもボクは怒らないけどね、それは君が……いや、ミラクルエイミが受け取る資格のあるものだから、これで話を終わらせても良いんだよ」
木戸さんは飄々としているが、切れ者だ。
もし本当にアタシに通帳を渡すだけが目的なら、ここに田辺さんを呼ぶワケがない。
前回の田辺さんとの話し合いの事で木戸さんの目的は、もうわかっている。
――伊達にアタシは芸能界を生き抜いてはいないわよ。
「木戸さん、本当はアタシに話があるんですよね。それで、田辺さんもその話に関係してくると」
「流石はミラクルエイミ。もう話は分かっているみたいだね」
「新会社……といったところか、持ち株は木戸さん、貴方が半分、もう半分をエイミちゃんと儂に……ってところか」
「流石は元タナベプロダクション社長、ボクが言う前に既に話を読んでいたみたいですね」
木戸さんが眼鏡の奥の表情を見せないように少し場所を移動した。
あのメガネは少し色の付いた偏光眼鏡らしく、角度を変えると目や表情が分かりにくくなるようだ。
「ふっ、伊達に数十年この世界で飯を食っておらんわい。その印税を使って新会社を立ち上げ、その持ち株を使う事でオリンポスプロダクションの橘の若造にエイミちゃんを渡さないようにするといったところか」
「田辺さん、貴方にも一役担ってもらいますよ、悪いようにはしませんから」
「わかっておる、儂はエイミちゃんに命を助けられた身、彼女の為になるならどんな事でもやり遂げて見せるわい」
田辺さんはそう言うとアタシにニッコリと笑いかけた。
アタシも田辺さんにニッコリと表情を作り、返答したけど、この後どうなるのかな?
「とりあえず、KDグループの新会社を立ち上げます、その社長を田辺さん、そして専属アイドルとしてミラクルエイミが所属、その親会社がボクの木戸コーポレーションという事になります」
「よかろう、それで……事務所はどこに作るんじゃ?」
「そうですね、今当たってみているところなんですが、スケルトンの建物でしたらすぐにでも用意出来るんですが、中々オリンポスプロダクションの目に付かないようにとなると、条件が厳しいようで……」
木戸さんはパソコンを調べながらアタシと田辺さんの新事務所の候補物件を見繕ってくれていた。
その中で見つけた物件の一つにアタシは一瞬で気が付いた。
そう、その場所は……アタシにとっては思い入れのある場所だった。
ここって……昔パパの借りていたクレープ屋の跡地?
間違いない、ここはアタシの家があった場所だ、アタシが独立して一人暮らしするようになってからパパとママは別の場所に小さな住居兼店舗に移動したので、ここはもう何年も前に離れている。
でも、ここの場所が使えたら……そうね、それじゃあここをどうにか使えるようにしましょう!
「木戸さん、アタシここが良いです! ここをアタシ達の新会社の事務所にしたいんですけど、良いですか?」
「エイミちゃんがそこが良いというなら儂も文句はない、どこでもついていくだけだ!」
「うーん……わかった、それじゃあその物件を借りる事にしよう!」
そして、アタシと田辺さんの新たな事務所が立ち上げられる事になった。