田辺さんは苦しそうに横たわっていた。
間違いない、これは新型コロコロポロンウイルス感染症だ!
まだ発症してすぐなので、今のうちに病院に連れて行けば助かる。
アタシは誰も見ていない所でミラクルエイミに変身し、田辺さんのテントに向かった。
「田辺さん、しっかりして!」
「エイミさん、儂の事に……か……まわずそのままオーディションに行くんじゃ……! アンタ、な……なんのために今日……まで頑張った……んじゃ……」
「そんな事できません! 困ってる人を見捨ててオーディションに向かうようなそんな事、アタシには……」
「甘ったれた事を抜かすでないわっっ!! 小娘がぁぁ!!!!」
「えっ!!??」
田辺さんはいきなり立ち上がり、アタシを指差して……とても病人とは思えないような大きな声でアタシを怒鳴った。
この声……間違いない、アタシを執拗に妨害して潰そうとしていた時の田辺社長の大声だ……。
「いいか、お前の飛び込もうとする世界は魑魅魍魎の蠢く伏魔殿じゃ! 隙あらば相手を破滅させようとする、そんな連中が……五万といる、一人の人間も見捨てる事の出来ない……甘ったれなら最初から……この世界に入ってこようとするな! とっとと帰れっ!!」
田辺さんは無理をしてしまったのか、起き上がってそのまま倒れてしまった。
「田辺さん、しっかり!!」
「ふふ、無理をしてしまったわい。じゃが、今の言葉は儂の……本音じゃ、儂一人見捨てる事の判断も出来ない程度ならオーディションに合格できるわけが……ない」
アタシはどうするか考えた。
このまま田辺さんを見捨ててオーディションに行くのが本当は正解なのだろう。
でも、アタシは夢と希望を集めるアイドルになるんだから、一人の不幸の上に成り立つようなアイドルになりたくない。
アタシは多目的トイレに入り、ヒカリとヤミの二匹とどうするかの話をした。
「エイミちゃん、このままだとヤバいでぇ!」
「くっ、こんなに弱ってたらガッツが出せないっ!!」
アタシは決めた、そう、アタシはただのアイドルじゃない。魔法のアイドルミラクルエイミ、今までもいくつもの奇跡を起こしてきた。
それなら、魔法の奇跡で田辺さんの病気を治してあげて、一緒にオーディションに行く、これがアタシにとっての本当の正解!
「魔法のアイドルの力、見せてあげるっ!!」
アタシは田辺さんのテントに戻り、彼の意識が朦朧としている横で歌を歌い始めた。
そう、これは元気の出る歌、病気になんて負けないって歌だ。
昔、アイドルをやっていた時に厚生局とのタイアップで作った曲で、本当は子供の病気予防を伝える歌だった。
アタシが歌を歌うと、田辺さんの身体が光り、かさぶたや傷が治り、顔色がどんどん良くなっていった。
「し、信じられん。あの痛みと苦しみがウソのようだ!」
「そう、アタシが病気をウソにしちゃったんです。なんせ、アタシは奇跡を起こすエイミ、ミラクルエイミだから!」
「そうか、俗物の儂が勝てる訳ないのも当然じゃな……アンタは本当の歌声の天使じゃ」
この光景はヒカリとヤミ以外には誰も見られていなかった。
だからアタシがここで奇跡を起こしたのは、田辺さんしか知らない。
「さあ、今度は儂の番。エイミ、アンタは儂の命の恩人じゃ、この田辺豪三、命を懸けてもアンタをトップアイドルにしてみせる!」
病気の完治した田辺さんは普段以上に時間をかけ、服装をきちんと整え、綺麗な物に着替えた。
「そうそう、これを入れておかんとな」
「えっ?」
なんと、田辺さんはガリガリの身体のお腹に何冊ものボロ雑誌を巻き始めた、そして、何枚もの服を着て着ぶくれすると、ひび割れた鏡の前でしかめっ面の練習をしていた。
「どうじゃ、これが本来の儂の姿じゃ、これなら舐められんじゃろう」
「田辺……社長……だ」
そう、アタシの目の前にいたのは、20年前執拗にアタシを追い詰め、苦しめた芸能界のドン、タナベプロダクションの社長だった田辺豪三そのものだった。
「行くぞ、エイミ。これからが勝負じゃ!」
「タクシー代ならアタシが……」
「儂を舐めるでない、見ろ!」
田辺社長は分厚い財布に大量の札束を入れていた、確かにこれならタクシー代なんて余裕で出せる。
しかしこれって……。
「これが儂の今の全財産じゃ。本当はもう使うつもりは無かったんじゃがな、昔悪い事をして貯めた金じゃ。本当ならムショを出所後に再起を図るつもりじゃったんじゃが、どうしても使う気になれんでな、誰にも見つからないように隠しておいたんじゃ」
そんなお金を使わせるのもと思ったが、田辺さんはどうしても自分がタクシー代を出すと言ってきかない。
アタシは田辺さんと一緒にジャパンTVにタクシーで向かった。
ヒカリとヤミは変身してネコの携帯ストラップのフリをしている。
「エイミ、ここから先はアンタの力で切り開くんじゃ。アンタは儂の妨害をことごとく跳ねのけて来たミラクルエイミの娘、二代目ミラクルエイミじゃろ。アンタなら出来る! 見事オーディションを勝ち抜いてこい!」
「はい、田辺さん。ありがとうございます!!」
アタシは田辺さんにお礼をし、オーディションの行われる部屋に向かった。
すると、その前には何名かの応募者がいた。
でもどれもイマイチぱっとしない娘ばっかり、この娘達は速瀬真衣の娘を勝たせる為に用意された噛ませ犬なんだろう。
そんな中、どよめきが大きくなり、奥から親子が歩いて来た。
アレは……速瀬真衣、年を取っているがあの雰囲気は当時のままだ。
「あら、こんなオーディションする必要あったのかしら、どう考えてもワタクシの娘、悠美が優勝するに決まっているのに、無駄な事をするのね」
「速瀬様、ここはやはり、大勢の中から勝ち抜いたという話題性があるほうが、悠美様の今後の為にも箔が付くので、お納めください」
「確かにそうね、でも……もし悠美を脅かすような娘がいたら、すぐに伝えなさい」
「速瀬様、わかりました」
ここで堂々と出来レースの事について話すなんて、所詮ここにいるオーディション参加者なんて相手にもならないとでも思っているのだろう。
「あら、あんな娘、オーディション参加者にいたかしら」
「それが、急遽国分寺プロデューサーからエントリー追加があったという話でして」
「そう、まあどうせ悠美に勝てるはず……」
真衣は、アタシを見て驚いていた。
「詠美……何でここにいるの!?」
「ミラクルエイミはアタシの母親です。アタシは二代目ミラクルエイミ! アナタ達には負けません!」
真衣は鬼の形相でアタシを睨みつけて来た。
「親子そろって……ワタクシに逆らうというの……いいわ、相手になってあげるわ。覚悟するのね!」
どうやら真衣はアタシを本当にミラクルエイミの娘だと思っているようだ。
「皆様、時間となりました。どうぞ会場にお入りください」
司会のアナウンスにより、全員がオーディション会場に入った。
そこには審査員の机と椅子が置かれていて、六人の審査員が座っていた。
その一つが真衣の席だったので、これが出来レースだというのは見え見えだ。
でも……真ん中の椅子に座ったものすごく人相の悪い人物は誰なんだろう?
椅子がきしむ程に太った男性で、周りにものすごく偉そうな態度を取っている。
まるで昔の悪辣で傲慢だった頃の田辺社長のような男だ。
「皆様、時間となりました。それではこれより新作TVアニメーション、超機動要塞ギガロスF(フォース)新人歌姫オーディションを開始します」
「「「ワアアアアッッ!!」」」
「今回のオーディションは審査員の前に視聴者投票が行われます。一番歌姫に相応しいと思った女性に投票してください」
どうやらこの新人オーディションは地上波デジタルのテレビ中継とネットの生放送がされているようで、リモコン投票とアンケートのクリックで数値が決まり、結果が出るらしい。
さあ、いよいよ本番、新生ミラクルエイミがデビューする時が来たのよ!