「えっと、超機動要塞ギガロス……っと」
超機動要塞ギガロスは昔のロボットアニメのタイトル。
その作中で出て来たアイドル、マイ・ハヤセが懸け橋となり、異星人と地球人を歌でつなぎ、戦いを終わらせる作品で、アタシのライバルだった速瀬真衣がマイ・ハヤセ役でデビューした作品だ。
調べてみると、ギガロスのシリーズは最初のTV番組以外に、劇場版超機動要塞ギガロス アイ・シンジテイマスカ、OVAギガロスⅡ、ギガロス―1(マイナスワン)、ギガロスZERO、ギガロスT(トライアングル)などの作品があり、今度の新作のタイトルはギガロスF(フォース)となっていた。
アタシがオーディションを受けられる事になった作品は、そのギガロスFの登場キャラの歌姫の女の子という設定らしい。
だが、その女の子がどんな子なのか、何も情報は入っていないので、これはぶっつけ本番でやってみるしかない。
アタシが昔、ドラマにゲスト出演した際、渡された脚本にはほとんどセリフは無かった。
だからアタシはそのまま魔法を使うまでもなく、その場を乗り切る事が出来たけど、今回は演技が必要になるポジション、だから作品の最低限の知識だけは入れておかないといけない。
えっと、ギガロスってのは、ものすごく大きな宇宙船がロボットになって、それで女の子の歌が戦争を止める重要な役割を果たす、これで合ってるのかな。
真衣はその作品でデビューしてトップアイドルになった。
その後でアタシが同じ会社で、魔法のアイドルとしてデビューした事により、彼女はトップの地位から転落、以後アタシとトップ争いを繰り広げる事になった。
でも、気になるニュースがあるのをアタシは発見した。
えっと……伝説の超機動アイドル速瀬真衣、娘がギガロスFの歌姫役でデビューか?
これって、ひょっとして出来レースなの?
それじゃあ田辺さんが交渉してアタシにくれたチャンスって、もう最初から落選確定って事!?
「うーん、これ、間違いなく噛ませ犬や、エイミちゃん、舐められたもんやな」
「そんなもの、ガッツで覆してしまえばいいっ!」
ヒカリとヤミはニュースサイトの記事を見てアタシを励ましてくれた。
でも、最初から出来レースなら、アタシは挑戦する価値あるのかな……?
でも、あの田辺社長がアタシの為に交渉をしてくれたんだから、最初から辞退するくらいなら当たって砕けてみよう。
かつてアタシが魔法のアイドルミラクルエイミをやっていた時は、魔法の力で奇跡(ミラクル)を起こし続けていたんだから。
こんな出来レース程度、アイドルやっていた時の事に比べたら日常茶飯事だったんだから、経験者を舐めないでよね!
「うん、この程度の事、アタシなら乗り越えて見せるから!」
「流石はエイミだっ! そうだ、そのガッツだっ!!」
「だからアンタはいつも暑苦しいねん、もう少しおちついたらどうやの? でもエイミちゃん、ウチも応援するで、こんないけずに負けるんやないで!」
ヒカリとヤミが応援してくれている。
そう、アタシが生存競争の激しい芸能界を一年間生き抜いて来られたのは、ヒカリとヤミ、それにオリンポスプロダクションの若社長だった橘さんがいてくれたからだ。
もしアタシがミラクルエイミの娘だと言えば、あの橘さんもきっと応援してくれるはず。
さあ、頑張るぞー。
でも、オーディションの日って、仕事があるんだった。
さて、どうやって仕事を休もうか……やっぱり、最近話題の感染症を利用するかな。
アレは隔離必須の一週間は接触禁止が国から指示されている病気だから、下手に出社させた方が罰せられる病気だ。
では、昔やったみたいに書類をちょこちょこっと作ってみるかな。
本当は犯罪だけど、そんな綺麗事言って生きていられるほど現代社会は甘くないんだから。
アタシは魔法のステッキを使い、行きつけの病院の処方箋や領収書を参考に同じような物を複製した。
「マジカルッ、書類を作って。えっと、病名は新型コロコロポロンウイルス感染症で」
新型コロコロポロンウイルス感染症とは、丸いかさぶたが出来、それが取れたところから出血してしまう病気で、この血に触れるとウイルス感染すると言われているので、この病気にかかったらしばらくは外出禁止になってしまう。
まあそんな病気になったとなったら、いくらブラック企業でも休ませるしかなくなるからその間にオーディションを済ませておこう。
「エイミちゃんも図太くなったもんやなー、昔はロケに行くからって学校のズル休みも怖がってたのにな」
そりゃあ下手に何年もブラック企業で社会人生活してませんって。
これくらいやらないと休ませてもらえない所なんだから、これを撮って証拠にしておかないと。
次の日、アタシはどうにか会社に病院の通院レシートと領収書を見せる事で一週間の休みを取る事に成功した。
さあ、それじゃあ数日後のオーディションに備えて練習するぞー。
アタシは変身して10歳若返り、近所のカラオケの店に行き、超機動要塞ギガロス アイ・シンジテイマスカの主題歌とエンディングを練習した。
歌はいいんだけど、やっぱり振り付けとかがブランクあるみたいで、ちょっとぎこちなくなっていた。
もうこうなったらドーピングだ! 魔法で体幹とか体力をアップさせよう!
魔法を使って身体能力を高めたアタシは、見事に最後まで歌い切り、ポーズを取った。
すると……何とアタシの部屋の周りは、カラオケに来ていたはずの他のお客さんが集まり、全員がアタシを見ていた。
は、恥ずかしいっ!! やっぱり練習してる姿を見られるのって、本番よりも恥ずかしい。
アタシはお金を払って、そそくさと店を後にしてしまった……。
次の日、アタシは田辺さんの居る公園に行き、ギガロスFのオーディションの為の歌と振り付けを見てもらった。
「素晴らしい! 流石は二代目ミラクルエイミじゃ。儂が負けたのも今じゃ理解できるわい」
「本当ですか!? お母さんと同じくらい出来ていましたか?」
ここはあえて母親が本当にいるように演技しておいた方が良いよね。
田辺さんはアタシのでっち上げを疑う事も無く、首を縦に振った。
「うむ、全盛期の時のミラクルエイミと寸分たがわぬ動き、まるで本人が戻ってきたようじゃ」
危ない危ない、そんなに当時と変わっていないのか、流石は魔法の力。
アタシの身体は若返りの魔法でアイドルをやっていた時と同じくらいになっているんだな。
「あ、ありがとうございますっ。それじゃあアタシは数日後のオーディションに備えて準備します」
「待ちなさい」
田辺さんはアタシを呼び止め、何かを手渡した。
これは……アタシがミラクルエイミだった時に田辺社長に投げつけたブローチだ。
そう、最初にアタシがオリンポスプロダクションからデビューしたすぐ後、田辺社長が自分の所に来ないかと渡してきた物だ。
アタシはそれを反対に田辺社長に投げ返し、彼への挑戦状にした。
田辺社長が執拗にアタシを目の敵にして潰そうとしてきたのは、この後の事だったんだよね。
「これは、儂の宝物じゃ。アンタの母親が傲慢な儂を悔い改めさせるきっかけを作った時の物でな、全てを失ってもこれだけは肌身離さず持っていたんじゃ、いつか……彼女に会えたら渡したいと思っておってな」
「わ、わかりました。ありがとうございます。これをお守りにしてオーディション頑張ります」
「頑張るんじゃぞ、儂も一緒に行ってやるからな」
「はいっ!!」
田辺さんは昔の傲慢さが嘘のように善人になっていた。
これが20年という時の流れなのかな……。
今の田辺さんなら、オリンポスプロダクションの社長の橘さんとじっくり話が出来ると思う。
そうなれば田辺さんももうホームレス生活をせずに済むと思うんだ。
そしてアタシは数日後、オーディション参加前に田辺さんの居る公園を訪れた。
しかし、いつもゴミ拾いをしているはずの田辺さんが……いつもの時間にここにいない。
いったいどうしたんだろう?
アタシが彼のテントに行くと、そこには苦しそうに横たわる血だらけの田辺さんの姿があった。
これは……まさか、新型コロコロポロンウイルス感染症!?