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第9話 春のお品書き

 四月に入ってすぐの週明け。モン・プチ・ジャルダンでは、ちょっとした撮影会が行われていた。


 麗しいケーキをアンティークテーブルに並べ、ヴィオレッタがカメラのシャッターを切る。大夏は、ホワイトボードを掲げながら光の調節をしている。


 ふたりの足元では、邪魔するつもりはないものの、床にドテンと転がっているせいで結果的に邪魔をしているモネが日課である昼寝に興じていた。


「可愛いわね~~!」


 カメラをのぞき込みながら、ヴィオレッタは満面の笑みだった。


「どれもこれも、最高の出来です」


 うなずきながら、大夏が同意する。


 今、ふたりが撮影しているのは、春の新商品だ。


 この時期になると、様々な店で桜にちなんだ商品を目にする。桜あんぱん、桜ドーナツ、桜フローズンドリンクなど。


 モン・プチ・ジャルダンでも毎年、春になると桜シリーズを展開している。


 今年は、ロールケーキとシフォンケーキ、それからチーズケーキの三種類だ。


 ロールケーキは、桜色の生地に、ほのかに塩味を感じる桜クリームをたっぷり巻き込んだもの。アクセントとして、塩漬けにされた桜の花びらがちょこんと上に乗っている。


 シフォンケーキは、ふわふわの抹茶シフォンの上に、桜風味のホイップを可愛く絞ったカップケーキに仕上げた。


 ふわっととける軽い食感の抹茶ケーキと、口いっぱいに広がる桜の香りがベストマッチな一品だ。


 チーズケーキは、満開の桜をイメージした。濃厚なベイクドチーズの上に、花びらに見立てた桜色のチョコレートがたっぷり。薄くスライスしているから、口に入れた瞬間にとろけてしまう。


 花びらの絨毯のような、見た目にも華やかなケーキだ。

「愛しいケーキたち……! 画像加工なしでもこんなに麗しいなんて。やっぱり、わたしって可愛いケーキを作る天才ね」


 木製のスツールに腰かけたヴィオレッタが、上機嫌で画像を確認している。


「はい! 可愛いを作る天才です!」


 撮影に使った機材を片付けながら、大夏が元気よくうなずく。


「可愛いを作る天才……? それって褒めてるのか?」


 目を覚ましたらしいモネが、顔を前足で掻きながら訊ねる。


「もちろんよ!」


「それにしても、大夏はヴィオレッタのイエスマンだな」


「イエスマン……? 大夏くんが?」


 キョトンとした顔で、ヴィオレッタがモネを見る。


「気づいてなかったのか? あいつは、ヴィオレッタに心酔しているんだ。外見が理由で居場所を失くしたけど、この店は受け入れてくれた。『可愛いもの好き』だと言っても揶揄われないし、それどころか、店の雰囲気に合致すると歓迎されている」


「心酔って、大げさよ。それに『可愛いもの好き』だからと言って、どうしてそれが揶揄いの対象になるの?」


「……ああいう厳つい大男が、キラキラした可愛いものを愛でていると変に思われるんだよ。普通はな」


 ヴィオレッタの感性が、普通とは若干違っているのだとモネが暗に匂わす。


 もちろん、そんな匂わせには気づかないヴィオレッタなので「普通って、変わってるのね!」とサラリと笑う。


「まぁ確かに、どんな仕事を頼んでも大夏くんに『ノー』と言われたことはないわ」


「そうだろ」


「このあいだなんて、モネのシャンプーまでお願いしちゃったくらいだし」


 放っておくと犬は臭くなる。モネは使い魔だけど犬なので、定期的にシャンプーをしている。もちろん犬用シャンプーで。


 丸洗いされたばかりなので、モネの体毛はフワフワしている。ふかふかのほわほわの鼻ぺちゃ犬。愛しさが募る。


「そ、そうだ……! 大夏にシャンプーされるなんて、俺は聞いてなかったぞ! まったく、あいつは洗い方がぜんぜんダメだ! シャワーの湯加減もイマイチだし、それから泡を全部流せていないし……」


 モネは大夏のシャンプーが気に入らなかったようだ。文句が止まらない。


「仕方ないでしょ。大夏くんは、わんこのお世話をするのは初めてなんだから。でも大丈夫よ。あっという間に慣れて、シャンプーが上手くなるわ」


 ヴィオレッタはスイスイと指先を動かし、撮影した画像をSNSに投稿した。モン・プチ・ジャルダンのアカウントがあるのだ。


 新しい商品が発売になると、必ずSNSで共有するようにしている。


 今日の撮影は、このためだった。


 お店の商品はもちろん、庭の様子もこまめに投稿している。かなりの種類のハーブを育てているから、まだまだ紹介できていない品種がある。


 凝った内装やアンティーク調のショーケース、スツールなどもおしゃれだと好評だし、元は異人館だった建物自体も「可愛い」「映える」「本当に日本なの?」と反応をもらう。


 続々と増えていく「よき」に、ヴィオレッタの気持ちは弾む。口元を緩めながら眺めていると、モネが足元にやって来た。


 そして、思いっきり「はぁーー!」とため息を吐く。


 いかにも構って欲しそうな、反応が欲しそうなため息だった。


「どうかしたの?」


 ヴィオレッタは心やさしいので、きちんと構ってやる。


「魔女がSNSをやるなんて、世も末だよ」


「人間社会で暮らしているんだから、当然じゃない?」


「売り上げのために、商品の紹介をするならまだ分かるぞ。でも、店の様子とか庭の風景なんか投稿したって意味ないだろ」


「あら、そんなことないわよ? お店の雰囲気は大事なの。素敵なお店でご褒美を買うと、気分があがるじゃない? 素敵な場所へ行って、そこから自分のお家に、自分のためのご褒美を連れて帰るの。贈り物も一緒よ。大切なひとへのプレゼントは、何を買うかはもちろん、そこで買ういかも重要なのよ」


「そんなもんか?」


「そうよ。それにね、わたしのお庭は大人気なんだから。毎回きちんと『よき』のハートをくれたり、丁寧なコメントを送ってくれるファンだっているんだから」


「ファン!?」


 モネが素っ頓狂な声をあげる。


「そうよ。あ、ほら。もうコメントをくれてる!」


 ケーキの画像を投稿する前に、庭のハーブを数種類ほどアップしておいた。その投稿に、もうすでにコメントがついているのだ。


 ヴィオレッタは嬉々として、モネに見せる。


「この『カシオ』さんっていう名前のひとなんだけどね」


「誰だよ、その『カシオ』とかいうヤツは。本名か?」


「さぁ……? SNSでの名前だから。でもね、コメントから察するに、どうやら外出が出来ない事情があるみたいなの。ご病気なのかしらね……。それで、太陽をいっぱい浴びて、元気にすくすく育ってるハーブを見てると、癒されるんだって。自分が外に出て、ハーブ畑を歩いてる気分になれるって、すごく喜んでくれているのよ」


「相手を喜ばせても、売り上げに繋げないと意味がないだろ。うちはボランティアで洋菓子を作ってるわけじゃないんだからな。商売なんだぞ」


「分かってるわよ」


 その商売を一ミリも手伝っていないモネに言われると、なんだか釈然としない。


 むうっと頬をふくらませながら、ヴィオレッタはSNSに視線を戻した。


 すると、すみかからの「よき」がついていることに気づいた。


「朝野様だ……!」


 続いてコメントも送られてくる。


『可愛いケーキたちですね。また近いうちにお伺いいたします』


 ヴィオレッタは、うれしさに瞳を輝かせながら「ありがとうございます! ご来店をお待ちしております!」と返信した。


 すみかは、ツナグ書林で開催される次のおはなし会への参加を決めたらしい。


 理由は、楽しかったから。そして、上手く出来なかったから。緊張してまるでダメだったと、本人は言っていた。


 悔しさがあるのだろう。意外に負けず嫌いなところもあるのだなと、ヴィオレッタはちょっと感心している。


 そして、ありがたいことに子どもたちにプレゼントするお菓子は、引き続きモン・プチ・ジャルダンに任せてもらえることになった。


 子どもたちや保護者からの評判が良かったらしい。


 おかげ様で、忙しい日々だ。


 ふいに、庭のほうから足音が聞こえてきた。生い茂るハーブの中にひっそりと敷かれた石畳を歩く音だ。


 それから間もなくして、カラン、コロンと耳に馴染んだドアベルの音が鳴る。


「いらっしゃいませ」


 ヴィオレッタはいつものように、お客様に向かって笑顔を見せた。

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