「さぁ、ウィークエンドシトロンの味見をしてみて。正直な感想をちょうだい? まだまだ試行錯誤するつもりだから」
ヴィオレッタはケーキを切り分け、続いてハーブティーを淹れる準備をする。
庭で収穫したハーブは、サッと水で洗う。キッチンペーパーで水気を拭き取り、ガラス製のポットに入れる。ハーブは千切ったり叩いたりすると、より香りが出る。
「ん~~! 良い香りね」
手の中でパンッと叩くたびに、ハーブの清涼な香りが強く香る。
琺瑯のポットで湯を沸かす。沸騰したら、ハーブが入ったガラス製のポットに熱湯を注ぎ入れる。蓋をして、しばらくそのままにしておく。
四分ほどで、ちょうど飲みごろになる。準備しておいた三つのティーカップに、少しずつハーブティーを注ぐ。それぞれのカップに少量ずつ入れるのは、濃さを均一にするため。
ウィークエンドシトロンとフレッシュハーブティー。素晴らしいティータイムの完成だ。
そっとソーサーごと持ち上げ、香りを楽しむ。爽やかなハーブの香りが、ふわっと漂ってくる。カップに口をつけると、さっぱりとしたレモンの風味を感じた。
「ほっとするわね~~!」
温かい飲み物を口にすると、心臓のあたりがじんわりする。少しずつ、身体が緩んでいく気がする。
「このウィークエンドシトロン、すごくおいしいです……!」
大夏がモグモグしながら、目を輝かせている。
「あら、そう?」
ヴィオレッタは、手にしていたソーサーをテーブルに置いた。そして、取り分けておいたウィークエンドシトロンをフォークで縦に切る。バターケーキとアイシングを同時に味わうためだ。
アイシングが剥がれ落ちないよう、慎重にすくって。そして、口に入れる。
「甘くて、でもレモンの酸味もあって、おいしい~~!」
シャリッとしたアイシングと、しっとりした生地の食感。甘酸っぱく爽やかな風味が口いっぱいに広がっていく。
「わたしって、ケーキ作りの天才ね……!」
心の中でヴィオレッタが自分を褒める。
「天才だと思います! モン・プチ・ジャルダンのケーキは、どれを食べても最高においしいです!」
何度もうなずきながら、大夏が同意する。
「出たよ、自画自賛。というか、おい! そこの大男! ヴィオレッタが調子に乗るから、それ以上は褒めるなよ」
もっしゃもっしゃとウィークエンドシトロンを頬張りながら、モネが大夏に忠告する。
「おい! 聞いてるのか!?」
残念ながら、いくらモネが喚いても大夏には聞こえない。使い魔と人間は会話することが出来ないのだ。
大夏からお墨付きをもらったウィークエンドシトロンは、次の日から店頭に並ぶことになった。
ガラス製のケーキスタンドにのせられた結果、まるでおめかしした少女のように可愛くなった。
ショーケースの中央。一番目立つ場所で、ウィークエンドシトロンはキラキラと輝いていた。
✤
神戸の市街地は、六甲山と大阪湾に挟まれるような地形になっている。
北の方角には山があり、南には海がある。地元のひとたちは東西南北というより「山」か「海」かで自分のいる場所や、進みたい方向を確認している。
百貨店の案内でも「山側」や「海側」と表示されているほどなのだ。
その市街地から、山の方へ向かって伸びる坂道がある。北野坂と呼ばれるその道を二十分ほど上ったところに、北野異人館街はある。
おしゃれで、華やかで、大勢のひとでにぎわっている。そんなイメージが、北野にはあるかもしれない。
けれど実のところ、北野異人館街のにぎわいは最盛期から比べると、ちょっとさみしいものになっている。
観光客がまばらだったり、テナントが空室のままだったりする。大通りから一歩進むと、廃墟化した異人館や空き地が存在するのだ。
ヴィオレッタは敷地に面した細い路地をホウキで掃きながら、身体の中にエネルギーが満ちていくのを感じた。路地は、ゆるやかな坂道でもある。周囲には朽ちた異人館や、蔦に覆われ鬱蒼とした物件を確認することができた。
ヴィオレッタは、グッと背伸びをした。両手を広げて、グイグイと身体を伸ばす。
「力がみなぎるわねーー!」
人間が多く集まり、活動をして、そして去った土地というのは、魔女にとっては特別な場所なのだ。
人々の感情や思念が、ここにはまだ多く留まっている。それが魔女にとってのエネルギーになる。
「魔女というより吸血鬼みたいだよな」
道路に横たわり、日向ぼっこをしているモネが顔をあげる。
「ぜんぜん違うわよ! 血を吸うわけじゃないんだから」
ザッザッとホウキを持つ手を動かしながら、ヴィオレッタはモネに反論する。
「人間が残していったエネルギーを貰うだけよ。それって、すごくエコじゃない?」
「エコねぇ……」
「だって、エネルギーがないと魔力が使えなくなっちゃうもの。魔法が使えない魔女なんて、聞いたことがないでしょう?」
「そうだけど。でもヴィオレッタは、ほとんど魔力を使ってないだろ」
「……実を言うと、そんなに使う場面はないのよね」
ヴィオレッタが茶目っ気たっぷりに舌を出す。
「今だって、魔法を使わずに掃除をしているしな……。って、ちょっと待てヴィオレッタ。そのホウキって、まさか魔道具じゃないよな?」
モネが真剣な眼差しで、ヴィオレッタが持つホウキを確認している。
「そうだけど?」
ヴィオレッタがあっさり肯定すると、モネは勢いよく飛び起きた。
「なんて使い方をしてるんだ! 大事な魔道具を……!」
いつもは陽気な鼻ぺちゃ顔が、めずらしく真面目な表情になっている。
「有効活用してるのよ。だって、放っておいたらもったいないじゃない?」
「使えばいいだろ。本来のホウキとして。空をすいすいっと飛び回ったら良いんだ」
「そんなのダメよ。ホウキで空なんか飛んだら大問題だわ。人間たちに見つかって、大騒ぎになっちゃう」
「そういうときのために黒い服があるんじゃないか。魔女っていうのは、全身黒のコーディネートって相場が決まってるんだよ。頭の先から足の先まで真っ黒になって、闇夜に紛れてだな……」
ブツブツと「こうあるべき魔女像」を語るモネに、イマドキの魔女であるヴィオレッタはフイッと顔をそむける。
「わたし、黒はあまり好きじゃないのよね。たまに黒を着るくらいだったら、シックで良いかな? って思うんだけれど。いつもそればかりだと、飽きちゃうもの。それに、わたしもともと空を飛ぶのって好きじゃないのよね。急に雨が降ってきたら濡れちゃうし、カラスにぶつかったりするからイヤなの。やっぱり地面を歩くのがいちばん良いわよ。ホウキに乗って移動ばかりしてちゃ、運動不足になるだけだわ」
身体を動かして、たくさん活動するからこそ、甘いお菓子が最高においしく感じるのだ。
「まったく! 最近の若い魔女はこれだから……!」
フゴフゴとモネが鼻息を荒くする。
「さてと! お掃除は終わったし、次は庭の様子を見てこようかしらね」
怒りに震えるを白いわんこを放置して、ヴィオレッタは楽しげに敷地内へと戻っていった。