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第3話 ご自愛上手なご褒美

「日本とは違って、ブラジルでは気軽にパーティーを楽しんでるらしいの。週末とかにね。それで、こんな風に大きめの容器からすくって、ジェラチーナ・コロリーダを取り分けて食べるみたい」


 ヴィオレッタは、銀のスプーンで自分の分と、それからモネの分を取り分ける。


「それも、魔女友からの情報か?」


「そうよ。カラフルできれいでしょう?」


 雪の中に、鮮やかな色の宝石が隠れているみたいだ。


「また、無駄に時間のかかるものを作ったな……」


 クンクンと鼻を近づけながら、モネが渋い顔をする。そうして、ぺろりと舐めるようにしてゼリーを舌ですくい取った。


「……甘いな」


 ヴィオレッタも、ぱくりと口に入れる。


「ん~~! おいしい! 白いところはすごく甘いけれど、カラフルゼリーな部分がさっぱりしているから、たくさん食べられるわ!」


 おいしさのあまり、思わず身体を揺すってしまう。


 生クリームとコンデンスミルクが入った白い部分と、カラフルなゼリーでは食感もまるで違う。甘さのコントラストを口の中で存分に味わう。 


 ひと口、ふた口……。スプーンですくうたびに、幸せな気分になれる。


「……彼女の言う通りね」


「昼間の棘の話か?」


「そうよ。言っておくけど、わたしにだってストレスはあるわよ?」


「どうだか」


 愛嬌があり過ぎる顔で、モネが嫌味っぽく笑う。


「魔女には色々あるのよ。でもね、わたしは自分のご機嫌を取るのが上手だから。そのおかげで、いつも上機嫌でいられるの」


「ふうん」


 モネが適当に返事をする。まったく、薄情な使い魔だ。


 気づくと、モネは食べることに夢中だった。ぺちゃぺちゃと音を立て、口のまわりをベタベタにしながら、ジェラチーナ・コロリーダの入った器に顔を突っ込んでいる。


 モネの様子を見ながら、ヴィオレッタは肩をすくめる。


「散々ケチをつけるくせに、結局はたくさん食べるのよね」


「うるさいな」


「……誰か、ひとを雇おうかしら?」


 銀のスプーンを持ったまま、ヴィオレッタがぽつりとつぶやいた。


 営業時間が短いことが、以前から気になっていた。


 新たにひとを雇えば問題解決だ。早々に商品が売り切れてしまうこともないだろう。


「雇うって、人間をか?」


「当たり前じゃない。この辺りに、わたし以外の魔女はいないもの。狼男なら何人か心当たりはあるけれど。でも、満月の日は出勤してくれなさそうじゃない?」


「狂暴になるしな。却下だ」


「ケーキを作れるひとが良いわ。出来たら、キラキラした可愛いケーキが得意なひと。それから、力持ちだと尚良いわね。ハーブのための土とか、肥料の運搬をお願いできるもの」 


「条件が多いな。ちょっと厳しいんじゃないか?」


「あくまで、希望よ」


 ヴィオレッタとモネが、そんな風に相談し合ってから数日後。


 面接希望者が、モン・プチ・ジャルダンにやって来た。


 モネが目をまん丸にしながら、その男を見上げる。


「おい、ヴィオレッタ。こいつ人間だけど、狼男くらいの大きさがあるぞ……」


 モネの言葉が頭の中に流れ込んでくる。モネが言う通り、お店の入口で少し屈まないといけないくらいには大男だった。 


 おまけに筋肉がモリモリで、かなり屈強そう見える。


「やったわ! きっと力持ちよ。見て、このムキムキの肉体! 肥料の袋くらいだったら、一度にふたつくらい担げるんじゃないかしら?」


「……ヴィオレッタ。庭職人を雇うんじゃないんだぞ? 欲しいのは菓子職人なんだからな」


「分かってるわよ!」


 店舗の奥。ヴィオレッタはさっそく面接を開始した。


 受け取った履歴書にざっと目を通す。


 名前は、常盤大夏ときわたいが。二十五歳。製菓学校を卒業後、東京のパティスリーで五年ほど勤務していたと書かれている。


「ちょっと! ねぇ、モネ。このお店って、すっごく有名よ」


 雑誌やSNSで頻繁に紹介されている。やたら可愛くて、映えるとかで。


「どの商品も、繊細で美しいの」


「ふーん」


「うちのお店にピッタリじゃない?」


「見た目を重視してるもんな」 


「あら、洋菓子っていうのは見た目も重要なのよ。ご褒美だもの。たくさんのキラキラしたものの中から、自分のお気に入りを見つけるの。選ぶときからドキドキして、大事にそおっと持って帰って。包みを開けたときの感動!」


 目を輝かせるヴィオレッタの足元で、モネが欠伸をする。


「でも、こいつ顔が怖いぞ」


 モネの悪口に、ヴィオレッタはピクリと眉を動かす。


 確かに、大夏は目つきが怖い。一重瞼で眼光が鋭いのだ。


「……モネ。あなた、他人様の顔にケチをつけられるほど、優れた顔面だったかしら?」


 ペキニーズという犬種は、鼻ぺちゃ顔の代表格なのだ。どこから見ても美形とは言い難い。


「顔のことは言うなよ」


 不満そうに、モネがブシュッと鼻を鳴らす。


「あなたが先に言ったんじゃない。……まぁ、この顔はこの顔で、愛らしいんだけれど」


 見ようによっては可愛いし、毎日見ていると可愛くて仕方が無くなるという不思議なフェイスだ。何より癒される。愛すべき鼻ぺちゃ顔なのだった。


 ヴィオレッタとモネの会話は、大夏には一切聞こえていない。


 目の前にいる彼からすれば、ヴィオレッタは無言で履歴書を眺めているだけだし、足元にいる白い犬が時おり鼻を鳴らしているに過ぎない。


「採用するわ」


「えぇ!?」


 モネが焦ったような顔をする。


「何か問題?」


「うちは『可愛い』がウリの洋菓子店なんだぞ」


「そうよ?」


「異人館を改装した店舗で、内装や備品にもこだわってる」


「ええ」


「店頭に並んでる菓子類も、やたらゴテゴテしてる」


「キラキラしてると言って欲しいわね」


「女性客が多い」


「だから?」


「……ちょっと、威圧感が」


「確かに、彼は強面だと思うわ。でも、悪いひとじゃないもの」


 魔女だから、それくらいはすぐに分かる。


「問題ないでしょ?」


「……まぁ」 


 渋々といった感じで、モネがうなずく。


「採用します!」


 今度は人間にも聞こえるように、ヴィオレッタは言った。


 その瞬間、大夏が弾かれたように顔をあげる。


「え、ほ、本当ですか……?」


 どうやら、驚いているらしい。


「何か不満?」


「い、いえ! 違うんです。まさか、採用していただけるとは思っていなかったので」


「あら、それはどうして?」


 ヴィオレッタがたずねると、大夏は大柄な身体を縮こまらせながらつぶやいた。


「見た目が、これなので……」


「あなたが言う『これ』というのは、大きな身体のことよね。何センチあるの?」


「百九十センチは、あります。それに、無駄に筋肉質なものですから」


 特別、鍛えているわけではないらしい。筋肉がつきやすい体質なのだろう。


「顔もこんなですから。女性のお客様からすると、威圧感を感じるみたいで。以前勤めていたパティスリーでも、お客様から『怖い』と言われて……。それで居辛くなったんです」


 なんて悲しい退職理由だろう。ヴィオレッタは、胸が痛くなった。


「自分が、このお店の雰囲気に合わないことは、分かってるんです」


「俺と同じこと言ってる。こいつ、ちゃんと自覚あるんだな」


 モネの声が、頭の中に流れ込んでくる。


 顔をくしゃくしゃにしながら、フヘッと笑うモネをヴィオレッタは軽く睨んだ。


「じゃあ、どうしてうちに応募してきたの?」


「か、可愛いものが好きなんです……!」


 大夏が、意を決したように立ち上がる。


「お店の可愛い感じとか、庭の雰囲気とか、商品のひとつひとつもすごく自分好みで……! めちゃくちゃ可愛いと思いました!」


 まるで演説するみたいに、大夏が「可愛い」を連呼する。


「どうしても、ここで働きたいと思ったんです! それで、ダメ元で応募しました」


「そうだったのね。モン・プチ・ジャルダンを『可愛い』と言ってくれて、とても嬉しいわ! とにかく、あなたは採用です」


「ほ、本当に、俺はここで働けるんですか……」


 気が抜けたように、大夏がソファに腰を下ろす。


「もちろん! それで、いつから働けるのかしら? 今日から? それとも明日?」


「おい、いくらなんでも急過ぎるだろ。長生きのくせに、せっかちだなヴィオレッタは」


 モネが横目でヴィオレッタに視線を送る。


 自分のお気に入りのものたちを褒められて、ヴィオレッタは最高に気分が良かった。

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