レオンは立ち上がり、まっすぐな瞳で女神を見た。女神は姿勢を正した。厳かな雰囲気をその身から放つ。清らかな風が吹く。レオンと女神を祝福するかのようにだ。
「街に向かいなさい。そこで冒険者ギルドを訪ねるのです。仲間を集い、その者たちと三種の神器、すなわち竜皇の珠玉、海皇の三叉槍、白銀狼の爪を探す旅に出なさい」
レオンは考え込む。記憶は蘇ったが、どこの街へ向かえばいいかわからない。困惑していると女神がにっこりとほほ笑んできた。
「ここから西へと乗合馬車で3日ほど向かえば、大きな街へとたどり着くわ。リゼルの街があるの。冒険の準備をするにはうってつけの街よ」
女神はスクリーンを虚空へと展開した。そのスクリーンには街の様子が映し出されていた。
大きな街路に人々が行き交う。仮装祭りでも
甲冑に身を包む男や、とんがり帽子を被っている女性、さらにはターバンにぶかぶかな服を着た恰幅の良い男の姿などが見えた。
「すごい……。これが都会なのか!」
「都会……といえば、そうなのかもね」
「オダーニ村しか知らない俺から見れば、大都会ですよ!」
オダーニ村は人口1000人にも満たない村だ。さらには若者よりも老人のほうが割合として多い。道を歩けば必ず老人に出会う。さすがは村だと言える。
女神が見せてくれているリゼルの街を行き交う人々は10代から30代がメインだ。老人の姿のほうが珍しいくらいであった。レオンは自然と浮き足立ってしまう。
「今すぐに向かいたいって顔してるわ。立つ鳥、後を濁さず。ちゃんと村の皆にお別れをしておくのよ」
「ぐっ……俺は何に浮かれていたんだ。自分のことしか考えていない! 恥を知れ、自分!」
レオンは薄情な自分を恥じた。女神とのやりとりで、すっかりオダーニ村への関心を薄れさせていた。
「俺、村の皆に挨拶回りしてきます」
「わたくしも一緒に行くわ。貴方の事情を簡単にでも説明しなきゃいけないし」
世界を見て回りたいという気持ち。踊りを封印されたことのやるせなさ。それでも自分は新しい生きがいを見つける。
気持ちはオダーニ村からすでに旅立っていた。それを顔に出さないようにしつつ、村の皆に別れの挨拶をしていく。
レオンは女神とともに村長の家にやってきた。そこで見知った村人が集合していた。
その中心にはオダーニ村のマグリ村長がいた。彼の隣にはマリーが立っている。マグリ村長は村人たちの前から進み出てきた。レオンはごくりと息を飲んでしまった。
「女神様が先んじてレオンの事情を魔法で見せてくれたんだ」
レオンは驚き、女神の方へと顔を向けた。女神はにっこりと微笑み、コクリと頷いた。
先ほど、女神はスクリーンでリゼルの街の様子を見せてくれた。それと同じ要領で、レオンに先んじて、村人たちにレオンの事情を伝えてくれたことを察した。
「すみません。俺、でかい街へ行ってみたいです……広い世界に旅立っていきたいです」
「はははっ、そうしょげるな。わしらにもお前の見送りをさせてくれ」
「マグリ村長……俺はあなたに拾ってもらった恩を何もお返しできていない」
「お前の事情は理解している。レオン、お前は立派な勇者になるのだぞ」
マグリ村長が明るい顔で、自分と接してくれる。だが、自分はまだ憂い顔のままだ。ふと、マグリ村長の後ろにいるマリーを見た。彼女には大変申し訳ないことをしたという自責にとらわれた。
「マグリ村長。マリーとのこと……」
「マリーは強い。すぐに新しい男を見つけてしまうぞ」
レオンはがっくりと肩を落とす。自分はずいぶんと女々しい。マリーの方を見ると彼女は苦笑していた。
(なんて、俺は薄情な男なんだ……)
そんな自分に対して、おかしそうにくすくすとマリーが笑っている。マリーは女神の方へと顔を向けた。それにつられて自分も女神の顔を見る。
「女神様、レオンのことをお願いします」
「わかってるわ。でも、本当にいいの? お別れのチューしちゃってもいいのよ?
「唇が寂しいのは私もだけど、お互いのために……ね? 私も新しいヒトと一緒にならないとだし」
「えっ。それって、俺のことはもう吹っ切ってるってことぉ!?」
愕然とした。女は変わり身が早いと言われているが、こうもあっさり、自分とマリーの間にあった愛情が無かったことにされるとは思わなかった。
「頼むから、もっと俺のことを思っていてほしいよー!」
「だめよ。私はもう22歳なのよ? レオン……あなたのため、わたしのために、別れのキスはお預けね?」
マリーがこちらに向かって軽くウインクしてきた。がっくりと肩を落とすしかなかった……。
できるなら、自分のことをずっと思ってほしいと、わがままなことを考えていた。
「それはちょっと……悔しい気がするな」
「あーははっ! そんなことでどうする。マリーはとっくに切り替えてるぞ」
「そんなぁ……。マリーには好き好き愛してる。レオンが戻ってくるのをずっと待ってる! って言われたかった」
「ばっかもん! 世界は広いんだ。旅を通じて、お前はマリー以上に素敵な女性を都会で見つけてこい!」
マリーにいつまでも自分のことを想っていてほしいという手前勝手な思いとは裏腹に、マリーの現実問題にも目を向けた。
マリーは今年の秋に22歳となる。彼女は気持ちをさっさと切り替えなければならない年頃だ。寂しいが、それは彼女のためでもあった。
「さあ、これを授けよう。レオンは勇者となるのだ。オダーニ村出身のな」
マグリ村長の両脇を固めるように3人の老人が進み出てきた。3人はマグリ村長に手に持っているものを渡す。
マグリ村長はそうされた後、次にレオンへと手渡してきた。手渡されたのは鋼鉄製のブレストアーマーのみだ。レオンは目を丸くしてしまう。
「えっと。他にも、もらえそうなんですけど」
「マリーのことをすっぱり諦めると宣言してくれたら渡そう」
「なんてひどいんだ! マグリ村長は! そんなに俺をいじめて楽しいんですか!?」
「ばかもん! オダーニ村から出ていくのに、心残りがあっては送り出すほうが困るだろうが!」
レオンはしぶしぶであるが、マグリ村長に向かって、「マリーのことは諦めます……」と宣言する。マグリ村長はにっこりと微笑み、他の武具をレオンに手渡していく。
レオンは手渡されたものを次々と装着していく。
鋼鉄製のブレストアーマー、肩当て、腕先を包むナックル・カバー、膝あて、蒼色のマントの計5つであった。
「馬子にも衣装どころか、立派な勇者様だ!」
マグリ村長が大げさにそう言ってくれる。レオンは気恥ずかしさから、照れてしまう。
そうであるのに、マグリ村長が集まる村人たちに向かって「自慢の息子だ!」と言ってくれる。先ほどの失態を見せていた手前、ますます背中が曲がってくる。
そんな自分の背中にそっと手を回してくれるのが女神であった。当てられた手から防具越しに温もりが伝わってきた。
勇気が溢れた。レオンは背筋をまっすぐに伸ばし、村人たちに向かって、お礼を言う。
「マグリ村長、そして村の皆。俺っ! 絶対に勇者になりますね!」
「頑張ってこいよ! オダーニ村の勇者様!」
「良い
「マリーのことはおいらに任せろ!」
「ああん!? マリーは俺がもらっておく!」
「なんだと!? レオンがいなくなる以上、おいらがマリーに求婚するんだよ!」
「すっこんでろ、このでくの坊!」
オダーニ村の若者たちはレオンそっちのけで、言い争いを始めてしまった。レオンは「ははは……」と力なく笑うしかなかった。
なにはともあれ、村の皆はレオンの旅立ちを祝福した。最後にマグリ村長が鞘に収まった剣と革袋をレオンに手渡してきた。革袋はズシリとした重さがあった。レオンは目を皿のようにした。
「そんな……こんな立派な武器や防具をもらったのに、お金までも!」
「気にするな。リゼルの街となれば色々と入り用になる」
「それはそうですが……」
「路銀とリゼルの街での滞在費だ。都会の女はその金を狙ってくる」
「そんな……都会ってそんなに恐ろしいところなんですか!?」
「特にキャバクラには気をつけろ。わしは若いころに……」
マグリ村長の話はそれから小一時間続いた……。マグリ村長も若い時に都会に行ったことがあり、その時に経験した都会の女の恐ろしさをとくとくと教えられた。
レオンは身を引き締める。手渡された革袋を持つ手に自然と力が入ってしまう。
「まあ……くどくど言い過ぎた。色気に惑わされないようにな。頑張ってくるんだぞ。旅の無事を祈っている」
「はい、行ってきます! 都会の女には特に気を付けておきます!」
レオンは村人たちに見送られて、オダーニ村を出立することになる。乗合馬車の駅がある小さな町まではドグラ老人の荷馬車に乗ることになった。
◆ ◆ ◆
馬に引かれた荷馬車がゆっくりと道を進んでいく。御者台に座っているのはドグラ老人であった。彼は記憶喪失になったレオンをオダーニ村まで運んでくれた老人だった。
「んじゃ、元気でな」
「ドグラさん、ここまでありがとうございました! これ、ここまでの運賃です!」
「あほうが! しかし……こっそりもらっておこうかな?」
「冗談です」
「こいつめ! ほら、行ってこい!」
しめっぽくならないようにとの配慮で冗談を言ってみた。ドグラ老人はケッ! と不機嫌だった。
荷馬車から降りると、すぐにいつもの朗らかなドグラ老人へと戻っている。自分もにっこりと微笑み、彼に向かって深く頭を下げた。
「達者でなー」
ドグラ老人は来た道を荷馬車に乗って戻っていく。ドグラ老人に手を振った。その荷馬車も見えなくなった。
駅の待合室で木製の長椅子に座り、乗合馬車が到着するのを待っていた。すると、頭の中で『テレレーン♪』という音が鳴った。そして、善行スクリーンが目の前に現れた。
・今回、貴方が獲得した善行は50ポイントです。
・これまでの蓄積は65ポイントです。
・女神からのコメント:貴方が去ったあとでもオダーニ村で、貴方に文句を言うひとはいないわ。皆から慕われているのがよくわかりました。ボーナス善行ポイントを送っておきます。
(ありがとうございます、女神様。そして、オダーニ村の皆……俺、立派な勇者になるからなっ!)
レオンの顔は晴れやかになっていた。これから新しい旅が始まろうとしていたが、彼の顔には不安よりも希望の色の方が濃く映っていた。