(ゼロを突き抜けて、マイナスになるのかな? もしかして……それも試されてる?)
先ほど女神は善行スクリーンをお試しさせてくれた。それによって善行ポイントは増減することがわかった。
しばし、じっくりレオンは善行スクリーンを見つめた。自分の近くでニコニコと女神がほほ笑んでいる。
そんな女神には失礼だが、彼女を試す番だと思い、自分でもとんでもないことだと自覚しながらも、その言葉を口に出してみた。
「女神様……善行を積むことが俺にとって本当に正しい道なんですか?」
その時であった。頭の中で『デデーン! レオン、アウトー!』という不気味な音が響いた。目を皿のようにしてしまった。
「はーい、レオンくん、アウトでーす! しかも思い切り、マイナスへと突き抜けてしまいましたー!」
女神の声は明るい。だが、地面からゴゴゴ……という不気味な音が聞こえてきた。恐る恐る後ろへと振り向き、音が鳴る方向を見た。
「えっと……冗談ですよね?」
「レオンくんには冗談に見えるのかな?」
銀色の椅子が地面から生えてきた。その表現が正しい。おぞましい雰囲気を放つ椅子が自分の後ろに出現した。
椅子の下側から幾本もの革ベルトが鞭のように地面を抉っている。獲物を捕食せんとばかりに革ベルトがうねっていた。
女神の方へと顔を向ける。そして、椅子を指さしてみた。
「マジですか?」
「マジですわよ、これは神罰ですのよ」
「ちょっと……今から許してもらうことはできますか?」
「ダメでーす!」
さらには善行スクリーンに映る善行ポイントがみるみるうちに減っていく。思わず、善行スクリーンに手を伸ばしてしまった。だが、数値が減っていくのを止めることはできない。
・今回、貴方が獲得した善行は-300ポイントです。
・これまでの蓄積は-295ポイントです。
・女神からのコメント:善行ガイドブック第1条を破りました。罰を与えまーす♪。
ついに善行蓄積ポイントはゼロになり、さらにそこでは止まらず、どんどんマイナス方向へと突き進んでいく。
絶望で真っ青になりながら膝を折ってしまう。そんな自分に対して、女神が近づいてくる。彼女を下から見上げた。彼女はにっこりとほほ笑んでいる……。
「えーと……ちなみにどんな神罰ですか?」
「今回は電気椅子ですね~♪」
「聞くからにおぞましいんですけど、なんで、そんなに朗らかな声なんですかー!?」
「こういう拷問……じゃなくて、神罰はたまに使わないと、ちゃんと動かなくなっちゃうしね?」
彼女の身体からは暖かいオーラが溢れていた。前門の慈愛の女神、後門の電気椅子。交互にそれらを見る。そんな自分の肩に女神がそっと優しく手を置いてくれた。
一瞬だけ、安堵した。だが、次の瞬間、女神がドンと力強く肩を押してきた。
「えええ!? 女神様を疑うとこうなるぞ! っていう脅しで済ませてくれるん……ぐぁ!」
それ以上、何かを言う前に電気椅子の下でバッシンバッシンと音を立てていた革ベルトが植物の蔦のように身体をがんじがらめにしてきた。
なんとかその場で踏ん張ろうとしたが、革ベルトによって、電気椅子に無理矢理座らされてしまう。
「謝ります! 女神様!」
「ちょっとビリッとくるくらいだから……ね?」
「ね? ってかわいらしい声を出さないでください!」
「んじゃ~~~、ポチッ!」
「うぎゃあああ!」
レオンは電気椅子で30秒ほど、こんがり焼かれてしまうことになる。しかしながら、女神は瀕死の者でも回復してしまうほどの力の持ち主だった。レオンは事なきをえる。
ただし、パンチパーマになってしまったのは、すぐには戻らなかった……。
◆ ◆ ◆
電気椅子から解放されたレオンはその場で彼女に向かって平伏した。そんなレオンに対して、彼女はかがんできた。恐れ多くて、さらに身体を震わせてしまった。
そうだというのに女神は、こちらの肩に手をそっと優しく乗せてくれた。思わず、彼女を見上げてしまった。頬に涙が流れるのを感じる。それを止めることなどできなかった。
「ああ、女神ユピテル様! 貴女を疑った俺を許してください!」
「ふふふ……かわいいわね」
女神はさらに神々しさを増した。それに合わせて、レオンは流す涙の量を増やした。
その時であった。黒くて厚い雲の隙間から光が差し込んできた。その光が自分たちを包み込んでくれた。
「あったけえ……」
心の底から湧いた感情がそのまま、言葉として口から出てしまった。
「女神様は美しい。包み込んでほしいくらいだ……」
「そうなの? じゃあ、包んであげるわ」
女神はこちらの手を取り、さらには上半身を起こしてくれた。そして、母親が子にそうするように、レオンの背中へと腕を回してくれた。
電気椅子の痛みによって恐怖を覚えた身体が彼女の体温によって温められる。
「うわあああ……!」
泣いてしまった。なんと自分は愚かなのだろう。自分の情けなさに涙が溢れて仕方がない。
女神は自分のことをこれほどまでに大事にしてくれている。そうだというのに、自分は彼女を疑ってしまったのだ。
「泣き止みなさい。貴方が疑うのは仕方がないことなの。でも、これだけは言わせて」
レオンは女神にこのまま抱かれていたかったが、彼女はレオンをその身から、そっと距離を取った。彼女はひとり先に立ち上がった。
そして、こちらに視線を向けてくる。銀色の目からは変わらず、慈愛の温かさが伝わってくる。
「貴方には善行を積んでほしい。これは事実よ。でも……違うわ。貴方に強制したいわけではない。お勧めとしていることに意図があるのは認めるわ。神は地上の子供たちがどんな行動を取ろうとも貴方たちを許す。そういう意図なの」
「女神……様ぁ……」
「ほら、泣かないで。とっくの昔に許してるわよ。善行スクリーンを見なさい」
女神に促され、レオンは善行スクリーンの方を見た。
・今回、貴方が獲得した善行は310ポイントです。
・これまでの蓄積は15ポイントです。
・女神からのコメント:わたくしを美しいと褒めたたえるのは大変に良いことです。
「ああ……ああ……俺は間違ってました! 朝起きて一度、寝る前に一度、女神ユピテル様の美しさと包容力を褒めたたえます!」
「そこまでしなくていいわ。そんなことしたら、貴方、一生、結婚できなくなっちゃうから。わたくしが責任を問われちゃうわ。畏敬の念を持ち続けるだけでいいのよ」
「はい……」
その時であった。春のさわやかな風が吹いた。それはいたずらな風であった。女神の腰まである銀色の髪をカーテンのようになびかせた。
その風はそれだけにはとどまらず、彼女のドレスすらもふわっと下からすくい上げた。
「美しゅうございます!」
「あら、いやだ! 恥ずかしい!」
女神が急いでドレスを手で押さえた。
白を基調として金色の刺繍がほどこされたドレスのスカート部分が翻ったと同時に、女神のピンクのガーターベルトとそれ以上に淡いピンクのショーツが目に飛び込んだ。
熟れた桃のようにしゃぶりつきたくなってしまうような白い太ももが目に焼き付いた。それに食い込むガーターベルトがさらに女神の色気を増しており、レオンは卒倒しそうであった。
さらに目がつぶれてしまうほどにリボンつきのかわいらしいショーツが女神のデリケートゾーンを隠している。時間にして一瞬といえども、一生涯、忘れられない美がそこにあった。
「ありがたや、ありがたや……!」
「んもう! 皆には内緒よ!」
「誰にも言いません!」
レオンは心から誓った。今、見たものは一生の宝物にすると。自分の目の前に女神が降臨なさったことに感謝した。
「チョロい」
「え?」
「いえ、なんでもありませんわ」
不穏な言葉が聞こえた気がした。しかし、今のレオンは気にもしなかった。何か別のことに向けられた言葉だと受け取った。
その証拠に女神は身をかがめ、こちらと視線の高さを合わせてくれている。そんな彼女が自分に向かって「チョロい」なんて言うはずがない。
その女神の焦点がこちらの目へと近寄ってくる。ついには彼女と自分の視線が交わった。自分を注視してくれているのを感じ取れる。それだけで嬉しさが心を満たしてくれた。
「悪い
「そうか! 女神様のすけべイベントを見れたのは全て善行のおかげだったのですね!」
「大きな声で言われると……いくらわたくしでも恥ずかしいわ」
「す、すいません!」
女神は照れている。自分も頬が熱くなってしまった。気まずい雰囲気がお互いの間に流れてくる……。
2人の間の時間が止まってしまった。永劫かと思えるこの時間、レオンは今までの女神とのやりとりを振り返った。
自分は魔王の力を自分の身から切り離すための旅に出なければならない。その間、魔王を抑え込む必要がある。
その力を女神は与えてくれた。そして、親切丁寧に善行システムを解説してくれた。いくつかの疑念は生まれたが、それでも女神の言うことは信じるに値する。
善行を積めば積むほど、自分に善いことが返ってくる。特にすけべイベントが向こうからやってくるのは美味しい。
さらには自由意志も認められている。お勧め表示は女神から提示されるが、自分が決めていいのだ。
最終決定権は自分にある。ここが1番に重要なことであると認識した。
(なんて素晴らしいシステムなんだ! 善行を積みつつ、すけべイベントを望める!)
結論に至った。女神を信じ、敬い、善行を積む。これが自分ができる最善の行いだ。
「俺は善行を積みます! すけべイベントのためじゃなくて……俺がそうしたいから、そうしたのだと自信を持って、善き行いをしていきます!」
まっすぐに女神へと視線を向ける。女神に宣誓した。魔王を抑え込み、勇者としてふさわしい行動を取る。それが自分にとって正しい道だと信じた……。