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第8話:善行スクリーン

 女神ユピテルは錫杖の尻を地面に打ち付ける。すると、そこを中心にして波紋が周囲へと広がった。


「口で説明するよりも、実際に活用してみたほうが早いわ。レオン、貴方に善行スクリーンを試してもらうわう」


レオンの目の前に展開されている善行スクリーンがレオンの顔へと近づいてくる。レオンは身体をのけ反らせて、拒否感をおおいに示してみせた。


A:女神様、大変お美しい!

B:女神様、最高! 素敵―――! 世界で一番の女神様ーーー!:☆

C:女神様、どうか醜い豚を踏んづけてください! ぶひぶひぃぃぃ!:☆☆☆


「さあ、選びなさい。レオン、貴方が正しいと思える行動を。表示されている【☆】は、三大神が貴方にお勧めする行動よ」

「はい……。この3つのうちのどれかを選べばいいのですね?」

「じゃあ、それを実践なさい」


 善行ガイドブックの第1条には『女神のことを疑ってはいけない』と書いてある。その言葉を鵜呑みにして、レオンはCを選んだ。


「女神様、どうか醜い豚を踏んづけてください! ぶひぶひぃぃぃ!」

「おーほほっ! さあ、子豚ちゃん。女神様が踏んづけてあげるわ!」


 レオンは容赦なく女神に踏まれた。踏まれるたびに、喜びが溢れてきてしまう。


「俺の本職は子豚だった!?」


 その時、頭の中へと『テッテレー♪』という軽快な音が流れ込んできた。驚いて思わず頭を前後左右へと振った。そんな自分に対して、後ろから現れた女神がにっこりとほほ笑んできた。


「善行スクリーンを見て? ほら、数字が表示されているでしょ?」


 女神に言われるままに善行スクリーンを見た。


・今回、貴方が獲得した善行は10ポイントです。

・これまでの蓄積は10ポイントです。

・女神からのコメント:貴方はわたくしの可愛い子豚ちゃんです♪


「な、なるほど……。これが善行スクリーンなのか。わかりやすくて助かります! でも、この女神からのコメントってのは?」

「ああ、それはそのままの意味よ。選んだ行動によって、得られる善行ポイントは増減するのは予想できたでしょ?」

「それはそう……ですね」

「中には納得できない選択を選ばざるをえないこともあるわ。世の中はそう単純じゃない。それに対してのわたくしからのフォローとか、そういったところね」

「なんと素晴らしい!」


 女神の言う通りであれば、自分がもし間違った選択を選んだとしても、女神は自分のことをおもんばかったコメントをしてくれる。


 自分は女神に支えられながら、善行を積んでいくことができる。これほど頼もしいことはない。子を見守る母親のような存在になってくれるということだ。


(さすがは慈愛の女神様だ。女神様は俺の取った行動にそっとコメントを添えてくれるわけだな! それがどれほどにありがたいことか……)


 レオンの心にじんわりと温かい気持ちが溢れてきた。自分はこの世界でひとりではない。それはとてつもなくありがたい。


 しかし、ここで疑問が浮かんだ。


(うーーーん!? 俺は女神様にとって、可愛い子豚ちゃんなの!? ヒトとして見られてない?)


 その時であった。頭の中に『ブブーーー♪』という音が聞こえてきたのは。善行システムには得られた善行ポイントが表示された。


・今回、貴方が獲得した善行は-5ポイントです。

・これまでの蓄積は5ポイントです。

・女神からのコメント:何か不満でもあるの?


(納得いかないな……。ポイントが半分になった。ちょっとばかり疑念を持っただけじゃないか……)


 うさんくさいものを見る表情で、女神へと視線を向けた。女神はいつも通り、にこやかな顔である。女神は柔和な声でこちらに語りかけてきた。


「善行ガイドブックの第4条の率直さ:間違いを素直に認めて改善できるを思い出しなさい。子豚ちゃん扱いされて、気持ちが晴れない気持ちはわかるわ。でも、そういうのは感心しないわよ」

「くっ……。返す言葉もない……」

「まあ、見たところ、貴方は18歳の多感な男性ですものね。貴方がCを選ぶのに戸惑うのは仕方ないことでしょうけど」

「俺は……女神様を疑ってしまった。おおいに反省しなければ……」


 わなわなと身体を震わせた。自分は疑心に負けてしまった。それゆえに女神及び善行システムを試すようなことをしてしまった。


 善行ポイントが減らされてしまっても当然なことをしたのだ。これは自分が蒔いた種である。それを自らの手で刈り取らされただけだった。


 レオンは女神を疑うような行動を取った。18歳の男となれば、子豚ちゃん扱いはなかなか納得しづらいものがある。


 それでも、ぐっとこらえて、それを飲み込むしかない。


(自分は女神様の子豚ちゃんだ……誰が言おうとも、可愛い子豚ちゃんだ!)


 レオンはどうにかして、女神の言葉を腹に飲み込もうとした。そうしながらも、なかなかに腹に収まっていかない。


 そんなレオンに新たな疑念が湧いた。レオンは眉間に皺を寄せつつ、善行スクリーンに映る数字を見ていた。


(善行ポイントってゼロを超えてマイナスになったりするのか?)


 レオンの中の疑念が強まる。善行を積む行為自体は自分にとって益となる。女神の言う通りであれば、


 善行を積めば積むほど、魔王の力を抑えるだけでなく、魔王の力を勇者の力へと変換できる。


 その一助となるのがこの善行スクリーンと女神のお勧めを示す【☆】となる。


 このお勧めを選ばず、善行ポイントがマイナスされようが、自分が正しいと思う行動を取れば、どうなるのか?


 そうなれば当然、マイナスを喰らいまくるだろう。ゼロで止まるのであれば、女神のお勧めを聞く必要などなくなってしまう……。


 レオンはよくわからなくなってきた。善行システムそのものに疑念が生じ始めていた……。

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