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第7話:善行ガイドブック

 レオンの震える手を女神ユピテルがそっと下から手で包み込んでくれた。じんわりとした温もりが伝わってくる。その途端、レオンは嗚咽とともに泣き出してしまった。


 女神に手を握られたまま、膝をつき、女神に許しを乞うた。女神はさらに優しく、頭を撫でてくれる。それだけではない。幼子を包み込む優しさで、自分を抱きしめてくれた。


「女神様ぁぁぁ……」


 彼女の豊満なおっぱいの谷間にすっぽりと顔をうずめた。もし、彼女がドレスを着ていなかったら、赤子のように乳首に吸い付いていたかもしれない……。


◆ ◆ ◆


 レオンはようやく泣き止んだ。女神のおっぱいの谷間から距離を取る。顔を赤く染めて、自分が泣いていたことを恥じる。


 女神はいい子いい子と頭を優しく撫でてくれた。顔から火が噴きそうなほどになってしまう。


「落ち着いたみたいね」

「はい、おかげさまで」


 服の袖で涙を拭いとる。晴れ晴れとした気分であった。そんな自分に女神が手を取ってくれて、立ち上がらせてくれた。


「貴方の力を正しいことに使いなさい。魔王の力ではなく、貴方の力よ。さらには善行を積むの。そうすれば、あなたは、やがて勇者として、ひとびとに称えられる……」

「それは予言ですか?」

「予言ではないわ。貴方が悔いるのは、貴方に勇者としての善の心があるからよ」

「そう……なんですか?」


 女神がはにかんでいる。どうやら本当のことのようだ。女神の言葉を疑ってしまった自分を恥じてしまう。


 女神は自分から距離を取った。慈愛は少しばかり引っ込んだように見えた。その代わりに厳かな雰囲気を増した。それと同時に彼女の身体からは神々しいオーラが立ち上った。


「怖がる必要はないわ。貴方に力を与えましょう」


 女神の発するオーラが彼女の目の前で凝縮していく。それがだんだんと形になっていく。レオンはそれに目を奪われた。


 羊皮紙のブックカバーが施された分厚い本が現れた。見た目は聖書バイブルといったところだ。


「貴方の中にある魔王の力を勇者の力に変えるアイテムよ。そうね……。善行ガイドブックとでも名付けておきましょう」


 頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ。女神は一冊の分厚い本をこちらに手渡してきた。怪訝な表情になりながら、手渡された本の表紙をめくる。


 開かれた本から光の奔流が飛び出してきた。余りもの眩しさに本から手を放してしまった。だが、本は地面には落ちない。光輝きながら、空中に浮いていた。


「さあ、中を確認して。そして、今日この時から、貴方は善行を積む。それが勇者としての第1歩になるわ」


 女神に促されるままに空中に浮かぶ本を手に取った。光の奥には黒インクで書かれた文字が見える。善行ガイドブックと女神が呼んだその本の最初のページに目を通す。


 その一句一句を間違わないように読んだ。


 善行ガイドブックの最初のページにはこう書かれていた。


――


『真に大切な7箇条』


・女神への敬意:女神の言うことは全て真実であり、疑うことをしてはいけない。


・弱者の庇護:仲間や大切なものを守るために自分を犠牲にできる。


・勇敢さ:危険や困難に立ち向かう力を持つ。


・率直さ:間違いを素直に認めて改善できる。


・敬虔さ:周囲に感謝を示し、敬意を払う。


・信念:自分の目標や理想をしっかり持ち、それを貫く。


・名誉:死を恐れず、危険や困難に立ち向かう勇気を持つ。


――


 文字が心に刻まれる……。痛みを感じない……。むしろ、快感が波となって、自分の汚れた心を隅々まで洗ってくれた。


 7箇条としてあげられているものは、どれも当たり前のことに思えることであった。だが、実践するとなると、そのようにできる者など、ほとんどいない。


「おお、女神様ぁ!」


 本を抱きかかえ、その場で膝をついた。歓喜の涙が溢れてくる。止めようがなかった。改めて、書かれていることを言葉にした。


 改めて実行するのが難しいと思った。7箇条それぞれが独立しているわけではない。ひとつひとつ大切な言葉であるが、それのみに傾注してはいけないのだ。


 他者を守る。他者を導く。勇気を持つ。そして、自分を貫く。その全てができなければならない。


「俺にできるのだろうか?」

「できるわ。わたくしが保証するわ」


 女神がやさしくほほ笑んで、自分をしっかりと両腕で抱いてくれた。レオンは涙を自然と溢れさせた。


「7箇条が一体となってあなたを勇者へと導く。魔王に負けないよう頑張るのよ」

「ありがとうございます!」

「いいのよ。あとのページには7箇条を元に細かいことが書かれているわ。時間があるときにしっかり目を通しておいてね」

「はい!」


 善行ガイドブックを閉じる。それを脇に抱えた。しかしながら、女神は首を傾げている。どうしたのだろうと彼女の顔を見た。


「善行をおこなうのは難しいわ。ひとりで為そうとしてもね。だから、わたくしたちが貴方にその都度、お勧めの善行を教えるわ」

「どうやってですか?」

「まあ、見てなさい」


 女神はそう言うと、こちらの額に向かって錫杖を突き出してきた。つい、身構えてしまった。失礼な態度を取ってしまった。だが、女神は柔和な笑みを浮かべてくれた。ホッと安堵した……。


 女神は何かぶつぶつと呟いている。じっと待っていた。すると、錫杖の先から光が発せられた。その光が自分の頭の中に吸い込まれていく。


 女神が錫杖を元の位置に戻した。自分は額を手で擦ってみる。何も変化はなさそうだ。だが、次の瞬間、何もない空中にガラス窓のようなものが浮かんだ。


 目を擦ってみた。だが、そうやってもガラス窓のような半透明のものが浮かんで見えた。


A:女神様、大変お美しい!

B:女神様、最高! 素敵―――! 世界で一番の女神様ーーー!:☆

C:女神様、どうか醜い豚を踏んづけてください! ぶひぶひぃぃぃ!:☆☆☆


「それは善行スクリーンよ。貴方にお勧めの善行を伝えるための……まあ、システムと呼んでも良いんだけど……」


 首を傾げてしまった。女神の言っていることがいまいちよくわからない。しかも、スクリーンと呼ばれるものに映っているものは、どれも女神を褒めたたえることばかりだ。


(うーーーん? 俺、女神様のこと信じていいのか、これ?)


 だが、善行ガイドブックには女神の言うことは全て真実だから、疑うなとあった。


 黙って、女神の説明を待つことにした……。

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