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第5話:魔王の記憶

 レオンの放った黒雷は山羊の悪魔を次々と灰塵と化していく。だが、それでも黒雷の勢いは止まることを知らなかった。黒い球体は電撃を放ちつつ、真っ直ぐにオダーニ村を突き抜けた。


「ぶもぁ!」


 残りの山羊の悪魔が集合してきた。奴らは仲魔をやられたことに怒っている様子だ。鼻息を荒くし、さらにはどいつも顔に太くて黒い血管を浮き立たせている。


「ライトニング・メガ・キャノン!」

「うぎゃあ!」


 しかし、奴らが集まりきる前にレオンは次の黒雷を左手から放った。5体の山羊の悪魔を黒雷で穿った。


 黒い球体がまたしてもオダーニ村を破壊する。茅葺の家が次々と崩壊した。瓦礫と化した家々から真っ赤な炎が噴き出す。


 レオンの放つ黒雷は強力すぎた。彼は山羊の悪魔よりも大きな破壊をオダーニ村に与えた。


「ライトニング・メガ・キャノン!」

「うべらぁ!」


 レオンは最後の山羊の悪魔を黒雷で灰にした。だが、レオンの怒りは収まらない。次から次へと憎悪が腹の底から湧いてくる。それを止めるすべは自分にはなかった。


「俺は全てが憎い!」


 レオンは次に村人たちの方を見た。子を抱き、その場でへたり込んでいる。レオンはその親子に向かって、左手を突き付けた。


 レオンの目にはその親子が魔物の姿に映った。全ての魔物を駆逐する。それが今の自分の役目だとばかりに左手の前に黒い球体を作り出す。


「おやめなさい! 貴方の目には何が見えているのですか!」


 今まさに黒い球体を飛ばそうとしていると、横から叱り飛ばされた。「チッ!」と舌打ちする。声がしたほうへと身体を向ける。


 そこには美しい女性が立っていた。腰まである銀色の髪。男なら誰しもが見惚れるであろうプロポーションだ。魅惑的な身体を金の刺繍が施された白色のドレスで覆い隠している。


 さらには右手に錫杖しゃくじょうを持ち、それをこちらへと向けている。自分に敵対心を持っていることは、彼女の立ち振る舞いから容易に想像できた。


「ふんっ。俺の前に立ったということは、そうされる覚悟があるんだな?」

「くっ! 魔王に支配されている? こんなことなら、もっと早く始末しておくべきでしたわ!」

「魔王? 何のことを言っている?」

「貴方が魔王になる前に、わたくしが排除する!」


 腹が立った。自分はオダーニ村にいる山羊の悪魔を駆逐した。そして、次に魔物を排除しようとしているだけだ。オダーニ村のために戦っている。


 そんな自分を目の前の女性が魔王扱いしてくる。新たな怒りがふつふつと湧いてくる。許せる相手ではなかった。だからこそ、黒い球体を彼女に向かって放った。


「ホーリー・ウォール!」


 銀色の髪の女性は錫杖を振り上げた。半透明の白いカーテンが自分と女性の間に出現した。


 黒と白が交わる。目を開けていられないほどの光が発生した。あまりの眩しさに右腕で目を守った。


 だが、守る行為が致命的な行動となった。女性がいつの間にか自分の懐へ潜り込んでいた。さらには下から錫杖が向かってくる。左手で顎を守りにいった。だが、間に合わない。


「うがぁ!」


 顎を錫杖で打ち抜かれた。自分の身体が宙を舞っているのがわかる。「くっ」と唸り、空中で姿勢を整えようとした。


 だが、視界には女性の姿が見えた。空中まで自分を追ってきた。驚きで目を丸くしてしまった。


 銀色の髪が広がっている。錫杖を振りかぶっている。両腕をクロスさせた。その上から錫杖を思いっ切り叩きつけられた。


「がはっ!」


 背中から地面に叩き落とされた。あまりもの痛みにその場でのたうちまわった。そうであるというのに女性はみぞおちにハイヒールのかかとを突きこんできた。


「チェックメイト」


 女性が全体重を右足に乗せている。身体がピクリとも動かせられない。さらにはこちらの顔に向かって、錫杖を突き付けてきた。


「くそっ! 殺すなら殺せ!」

「あら、そんなに死にたいの?」

「ぐ……」


 何も言えなかった。生殺与奪権は向こうにある。苦々しく彼女を睨む。だが、こちらの抑えは右足だけで十分とばかりに彼女は手に持つ錫杖を自分とは違う方向に向けた。


 その錫杖からは神々しい光が放射された。その光を見ていると、自分の中にある怒りが消えていく。不思議な感覚にとらわれた。荒れ狂っていた感情が光によって流されていく。


 変化は自分に対してだけではなかった。村で起きていた火災がみるみるうちに鎮火されていく。


 首から上だけは動かせた。女性がやっていることをそのままの姿勢で見届ける。神秘的な光景が目に焼き付いた。


 錫杖から放たれた光が瓦礫を集め、新たな形へと戻っていく。破壊された家々がどんどん修復されていく。


 次に女神は錫杖を傷つき倒れている者や、さらには怯える者たちにも向けた。レオンから見て、魔物に見える者が光に包まれる。


(何をしてるんだ?)


 だが、次の瞬間にはレオンの疑問は氷解することになる。魔物だと思っていたそれが村人たちに変わっていく。


(どういうことだ?)


 夢でも見せられている気分だった。自分の見ているものが信じられない。村人たちは女性に向かって涙を流しながら祈りのポーズをとっている。


 この時になってようやく、自分の犯した間違いに気付く。


「俺は……もしかして……?」

「ようやく、貴方が何をしようとしていたのか気づいたようね」


 女性の方に顔を向けた。彼女はやれやれ……といった所作を取っているのが見えた。しかしながら、それでも自分を抑えつける力は決して弱めてはくれなかった。


「わたくしは女神ユピテル。この世界の統治神。まあ、異世界からやってきた貴方には聞きなれない名前でしょうけど」

「いや、そもそも、俺には記憶がないんだ」

「あら、そうなの。この1年ほど、おとなしかったのはそういう事情があったからなのね」


 女神ユピテルと名乗った女性が顎に手を当てている。首を傾げて「う~ん」と唸っている。何かを考えているように見えた。そんな彼女の動きが止まった。


「どうしたんだ?」

「いえ、こちらの都合。いいわ、貴方に真実を教えましょう。貴方の記憶を掘り起こしてあげる」


 女神ユピテルはまたしても錫杖をこちらの顔へと向けてきた。身体に緊張が走る。ごくりと息を飲んだ。


「そんなに緊張しなくていいわ。でも、記憶が戻った時の副作用のことも考慮して、暴れないように抑えつけておくわね」


 どうやら、みぞおちに乗せている右足はどかしてくれそうにもなかった。なすがままに女神のやりたいようにさせた。


 錫杖から神々しい光が発せられた。それを顔面に喰らう。痛みはない。だが、蘇った記憶によって、心には痛みが走った。


「これが俺……だと!?」

「そうよ。貴方はかつて魔王と呼ばれた存在。さあ、それをわたくしが暴いてあげるわ」


 錫杖から放たれる光の量が増えていく。これ以上は見たくなかった、自分の過去を。必死に目を閉じて、抗ってみせた。


 だが、まぶたの裏に見たくもない映像がはっきりと映し出された……。


◆ ◆ ◆


 瓦礫の山の上に自分は立っていた。目の前には千を超える魔物たちが隊列を為していた。自分は魔物たちに号令をかけている。


 気持ちが昂る。それに呼応するように魔物たちは妖しい踊りを踊っていた……。


 場面が変わる。


 ニンゲンたちが倒れ伏せている。血を流して、泣き叫んでいた。そのニンゲンたちがそこに存在しないかのように、魔物の群れが妖しい踊りをしながら行軍していく。


 ニンゲンたちが魔物によって、踏み砕かれていく。自分は満足げな表情となる。出来上がった血肉の海のど真ん中で妖しい踊りを披露していた……。


 さらに場面が変わる。


 自分は4人の男女と対峙していた。彼らを見下ろしながら、黒い球体をいくつも飛ばす。だが、それは女が作ったマジック・バリアによって防がれた。


 その女が生意気だと思えたので、殴り飛ばそうとした。そうすると漢が一人、巨大なハンマーでこちらを攻撃してきた。ハンマーごと、その男を殴り飛ばした。


 だが、別の男がこちらに向かって、勢いよく走ってきた。その手にはロングソードが握られていた。


 口の端を歪ませてしまった。飛んで火に入る夏の虫だと思えた。だからこそ、彼らに自分の妖しい踊りを見せつける必要があった。


 腕をくねくねと揺らし、腰を前後左右に振って見せる。


 向かってきた男だけでなく、他の男たちも絶望の色で顔を染めていた。男たちの無様さに踊りながら高笑いしてしまった……。


◆ ◆ ◆


「俺は魔王……だったのか!? 俺が発明したと思っていた妖しい踊りは魔王のダンスだったのか!?」


 これは逃れられない罪だと、蘇ってきた記憶がそう自分に訴えかけてきた。頭がおかしくなりそうだった。


 呼吸が荒くなっていた。胃液がせりあがってくるのを感じてしまう。眩暈と吐き気で気持ち悪さが倍増した。


 恐怖のあまり、目を閉じられない。まぶたを閉じれば、蘇った記憶にさいなまれそうだった。


「この村に魔物を呼び込んだのは俺の妖しい踊りのせい……なのか!? 俺がオダーニ村を焼いた原因だったのか!?」

「え、ええ……あなたの踊りはともかく、あなたの身体の中に眠る魔王の力に呼応したのかもね」

「俺の妖しい踊りのせいだ……マリーは俺の妖しい踊りの犠牲に!」

「安心して。誰も死んでいないわよ。わたくしの力で村人たちは回復させたわ。わたくしならば、瀕死の者でも助けることができる。わたくしに感謝しなさい」


 涙があふれてきた。自分の尻ぬぐいを女神に押し付ける形となった。そうだというのにこちらを見下ろしている女神の表情は慈愛に満ちていた。神々しさが体中から溢れている。


 自分の罪を許すと言ってくれているような気がした……。


「でも、その妖しい踊りとやらは封印したほうがよさそうね」

「そんなぁ! 気に入ってたのに!」

「また魔物を呼びたいの?」

「そうですよね……」


 反論の余地はなかった。レオンは妖しい踊りを後世に残すことを諦めた……。

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