(俺のバカ野郎! 俺は清く正しく生きると女神様と約束したのにぃ!)
寝室の床の上でひとり、レオンは絶望していた。そんな彼の気も知らずにベッドの上で彼の仲間の女魔法使いがすやすやと気持ちよさそうに寝息を立てている。
(何故、俺はあの時、あんな選択をしてしまったんだ!? 俺は魔王の誘惑に負けたのか!)
ずきずきと痛む後頭部に耐えながら、レオンは目の前に展開する小型のスクリーンに注目した。
・今回、貴方が獲得した善行は-100ポイントです。
・これまでの蓄積は-4ポイントです。
・女神からのコメント:前後不覚の女性のおっぱいの感触を楽しむのは勇者失格です。
レオンは魔王に抗うための旅に出た。魔王の力を切り離すためにアイテムを集めなければならない。そのための仲間を冒険者ギルドで集った。
そうでありながらも、魔王はほくそ笑んでいたようだ。
(これは魔王が俺にやらせたことなんです! 女神様、どうか弁明させてください!)
その仲間のひとりである女魔法使いを昨日の結成会でたっぷりと酔わせてしまった。もちろん、全てが魔王のせいかと問われれば、半分くらいはレオン自身のすけべ心がそうさせたとも言える。
(こうなるのが嫌だから、俺は魔王を俺の体内から追い出したいんだーーー! 嫌だよぉぉぉ! 女神様から神罰を喰らうのはぁぁぁ!)
レオンは昨夜のことを思い出す。ずきずきと後頭部が痛む中、左腕からは快楽の波が押し寄せていた。
この快楽を与えてくるのが魔王の力そのものだと、レオンはこの時になってようやく自覚するに至った。
魔王の力は自分の心だけでなく、身体すらも操る。
数日前のことだ。魔物が突然、レオンが住んでいた村を襲い、村人たちを傷つけた。だから、レオンは魔物に立ち向かった。
記憶が無い自分を拾ってくれた村をこの左腕から発する魔王の力で焼き払った。あの時は破壊という欲望で、心が真っ黒に染め上がった。
暴走状態にあったレオンを女神は止めてくれた。女神はさらに魔王の力をレオンが宿していることを教えてくれた。そして、レオンに善行を積む道を指し示してくれた。
――善行を積む。レオンが魔王にならずに済む唯一の方法だ。女神が優しく教えてくれた。
善行を積むことを女神としっかり約束した。魔王の力と決別するためにだ。そうしなければ、破滅の一途を辿るだけだ。
(くそぉ! 俺は魔王になりたくなーーーい! さらに言えば女神様から神罰を受けたくなーーーい!)
レオンは苦悩した。女神が怒っているのは確実だ。神罰を受けないためにも、どうにかして、魔王に全ての罪を擦り付けるしかない。
そうであるというのに左腕がうずいた。まるで今の自分をあざ笑うかのように。左腕から快感が走った。それが腕を通り、肩を突き抜け、首筋を通る。
「あふん!」
快感は首で止まらず、さらには脳内にまで達する。不覚にも口角が上がってしまう。ベッドの上ではすやすやと眠る女魔法使いのお姫様。
こちらはそのお姫様を襲ってしまいたくて仕方がない魔王様。快感という欲望が脳内を駆け巡り、脳内物質が股間の方へと流れていく。
――素直になれよ。神罰が怖い? そうじゃないだろ。美味しいこの状況を逃したくないだけだろ?
(ぐあ! 魔王めっ! 女神様とは違って欲望に忠実すぎる! 俺は彼女をクンカクンカしたい気持ちでいっぱいだ! ちっくしょぉぉぉ!)
快感に身を委ねぬよう、必死に抗った。しかし、それをあざ笑う声が耳に聞こえた。
――さあ、続きを楽しもうぜ?
ピンク色の快感が脳を染めあげてこようとする。左腕がもう一度、びくびっくんっ! と快楽に震え上がった。
(俺は不純な気持ちだったのは認める……。でも、魔王、お前に操られてのことで、やりたくないんだー!)
レオンは魔王になりたくないという一心で善行をこつこつと積み上げてきた。だが、それがたった一晩の過ちで全てを失った。
脳内がピンク色に半分染まりつつある中でも、レオンは冷静さを取り戻すべく、善行スクリーンに映る善行ポイントを確認した。
(まだだ! まだ-4ポイントになっただけだ……。ここはじっくりやらかしの反省をしよう!)
レオンは今年で推定18歳。その若さゆえにやらかしをしてしまった。女魔法使いを酔わせて、前後不覚にさせたのは、彼にとっては出来心だった。
レオンはその場で立ち上がり、ベッドで眠る女魔法使いをじっくりと見た。ちゃんと衣服を着ている。次に両手を見た。彼女の胸を揉みしだいたという感触と記憶はない。
(直接は触っていない……はずだ!)
後頭部に走る鈍い痛みのおかげで魔王が発する快感に打ち勝てる。痛みが記憶をどんどん蘇らせてくれる。
◆ ◆ ◆
昨日、右も左もわからない都会にやってきたレオンは不安にさいなまれながらも、冒険者ギルドのドアをくぐった。
しかしながら、そんなレオンの不安もどこへやら、パーティを無事に結成できた。
その暁に、冒険者ギルドに併設されている酒場コーナーで仲間たちとともに宴を催した。
無事、パーティが結成できたことで安心感が生まれた。酒を飲むにつれて、自分の中に高揚感が生まれた。
そのせいもあって、昨日は女魔法使いとともに、相当、飲んでいた。
「酔ってない?」
「酔ってないよー」
2人で交わした会話も蘇ってくる。どれくらい飲めるのかと、女魔法使いと飲み比べした。彼女は16歳になったばかりだ。法的に、お酒を飲んでいい歳になっていた。
(思い出してきた……俺はあの時すでに彼女にいやらしい気持ちを抱いていた! そうだ、もうあの時点で魔王は俺を操っていた!)
「もう飲めないー。眠いよー」
女魔法使いのその台詞にニヤリと口角が上がった。まさに魔王が勇者を前に舌なめずりをしているかのようでもあった。
眠ってしまった女魔法使いを宿に運んでおくと、他のメンバーにそう告げて、レオンは彼女を背負って、冒険者ギルドを後にした。
「頭がくらくらするー」
「おいおい、そんなに身体を動かさないでくれ。落ちちゃうだろ?」
言っていることは紳士だ。しかし、背負った女魔法使いが動くことで、彼女のおっぱいの柔らかさがお互いの服越しに伝わってくる。
レオンは鼻の下が伸びっぱなしになった。何度も彼女を背負い直した。
そのたびに、彼女は「う……んっ」と熱い吐息をこちらの首すじへと吹きかけてきた。酒気を帯びた彼女の色っぽい吐息によってレオンは狂わされた。
こうなれば、行くところまで行ってしまおうと、宿屋のカウンターにいる禿げ親父に「1番高い部屋を頼む」と言ってしまった。
スイートルームに女魔法使いを運びこみ、ベッドの上へとそっと寝かせた。自分はそのベッドへダイブする準備運動をしっかりとこなした。
「子猫ちゃ~~~ん! ぶべっ!」
記憶はここで途絶えた。どうにかして、続きを思い出そうとしたが、後頭部がずきずきと痛むだけだった。
かすかに覚えていることは後頭部にガツンと強い衝撃が走り、衝撃は星となって飛び散っていった……。
◆ ◆ ◆
(ぐぁぁぁ! 誰だよ、俺の邪魔をしたやつ! おぼえてやがれ! ってそうじゃねえよ!)
レオンは寝室の壁に向かって、勢いよくゴツンと額を当てる。魔王が発する邪悪な快感を抑え込むためにだ。
「ううん……」
(しまった! なんで俺は音を立ててるんだ!)
女魔法使いはベッドの上で寝返りをうった。彼女の金色の髪がふわっと広がり、さらにはローブの胸元が露わになった。ピンク色のブラ紐が目に焼き付いてしまう。
(うぅ! なんでこんなにブラ紐って、いやらしく見えるんだろっ! いひひっ! もっと動いて、子猫ちゃん! ブラ紐さんは仕事しないでっ!)
女魔法使いはもぞもぞと動く。その動きに合わせて、ブラ紐も揺れ動いた。レオンは彼女の一挙一動を鼻の下を伸ばしながら、じっくりと注目した。
その時、スクリーンが開き、さらには頭の中で『デデデーン! レオン、アウトー!』という心臓が止まってしまいかねない恐ろしい音が鳴る。
・今回、貴方が獲得した善行は-100ポイントです。
・これまでの蓄積は-104ポイントです。
・女神からのコメント:勇者失格の貴方には神罰を与えます。
「う、そ……だろ!? ねえ、女神様! さすがにこれは不可抗力でしょぉ! 見てただけですよぉぉぉ!」
恐れおののくレオンはその場で崩れ落ちていく。しかし、彼は寝室の床にへたりこむ前に、固い鉄の感触をお尻で感じた。
レオンの足元にはいつの間にか、鉄製の椅子が現れていた。彼は目を皿のようにさせた。いち早く、椅子から立ち上がろうとした。だが、椅子は彼を決して逃そうとはしなかった。
革ベルトが椅子の下から鞭のようにしなりながら飛び出してきた。
「むごぉ!」
革ベルトはレオンを無理矢理がんじがらめにする。
「いやだ、いやだぁぁぁ!」
レオンは泣き叫ぶ。だが、その声は誰にも届いてはいなかった。ベッドに眠る女魔法使いは呑気に寝返りをうつ。こちらに向かって背中を向ける格好だ。
ローブのスカート部分がめくれあがり、今度はかわいらしいフリルがついたピンク色のショーツがレオンの目に飛び込んだ。
(うほぉ……天使の小尻ぃ! 僕、神罰じゃなくて、あの天使の小尻に頬ずりしたいのぉ! んぎぎぎ!)
レオンは椅子に縛り付けながらも最後の抵抗をしてみせた。それに呼応するように左腕もどくんっ! とひと際大きく震えた。
魔王がレオンに協力してくれているようでもあった。身体の奥底から力が溢れてくる。女神の神罰など、恐れるものかという自信も同時に湧き上がってきた。
「サンキュー、魔王! いざ、桃源郷へ!」
しかし、レオンが魔王の力を発揮することはできなかった。
そうなる前に、無常にもレオンの頭の中で『デデデーン! レオン、アウトー! 電気椅子の刑~♪』という金切り声のような音が聞こえた……。
「ぎゃぁぁぁ!」