「え!? 丁淑妃様が貴妃様の初夜を邪魔したのは令劉様の差し金だったのですか!?」
ほのかに行為の熱が残る中、いくつか交わした言葉の中に今夜の皇帝の行動についての話があった。
曰く、蘭貴妃の初夜となれば自分が皇帝暗殺を実行するだろうと令劉は予測していたそうだ。
契約がある以上皇帝を守らねばならない令劉は、丁淑妃に助言と称し皇帝を蘭貴妃の元へ行かせないように誘導したのだという。
全く予想していなかった事実に明凜は驚き目を見開いた。
臥床に横になったままポカンと口を開けている明凜に、上半身を起こした状態の令劉はフッと優しく微笑み顔を近づける。
烏の濡れ羽色の髪が流れ落ち、整った華やかな顔に見蕩れた。
仕草が一々色っぽいため、鼓動が忙しなく動き大変困る。
そんなことなど知らぬ令劉は、艶のある唇で甘く囁いた。
「あのままでは私がお前を排除せねばならぬ状況になっていたかもしれないのだ。明凜と
チュッと、言葉の後に軽く唇を吸われる。
行為中唇だけでなく色んな場所に触れられたというのに、それだけで心臓が大きく跳ねた。
行為を思い出し、恥じらいから掛けていた被子で顔を隠す。
わざわざ思い出させるようなことを告げる辺り、令劉は少々意地が悪いのではないだろうか?
(しかも私の目的が暗殺だとハッキリ気づかれていたのね……でも)
「……そういうことでしたら、良かったです。令劉様が暗殺を邪魔する可能性を考えていなかったものですから……」
そろそろと被子から顔を出し、告げる。
もし令劉が立ち塞がっていたら、皇帝暗殺は失敗に終わっていただろう。
こうして令劉の腕に抱かれることなく、むしろ刃を突き立てられていたかもしれない。
番であり、愛しているという自分の命を奪わせるようなことをさせずに済んだという意味でも、良かったと思う。
「ああ、本当に良かった。……こうして明凜と契ったことで儀国との契約は成された。ありがとう、これで私は自由になった」
「あ……」
そうか、と思い出す。
一夜のうちに色々ありすぎて忘れていたが、自分が令劉と交われば彼を縛っている契約とやらは消えるのだ。
「番と結ばれるまで儀国のために尽力する、と言う契約のことですね?」
「そうだ。『見つける』ではなく『結ばれる』ということにしてしまったせいで交わらなくてはいけなかった。本来ならもっとゆっくり育んで愛したかったが……すまない、急いてしまった」
「そんな……」
確かに、出会ってからひと月も立たないうちにこのような行為をするのは急いたと言うことだろう。
だが、令劉は無理強いはしていない。
明凜の心が令劉を求めるまで待っていてくれたのだ。
本人が言ったように色仕掛けなどで誘惑はしたかもしれないが、明凜が本気で嫌がることはしなかった。
「確かに、初めてお会いしてからそれほど時が経ったとは言えません。ですが、私が望んだことでもあります」
吸血すれば止まれなくなると言われたのだ。
それでも他の女を吸血して欲しくないと言ったのは自分だ。
奪えと言ったのは、まぐれもなく明凜なのだ。
「私はあなたに抱かれて……その、う、嬉しいのです、よ?」
責任を感じる必要はないと伝えようとしたのだが、最後の方は恥じらってしまい切れが悪くなってしまった。
またしても被子で顔を隠したかったが、それでは更に格好が付かないように思えて視線を逸らすだけに止める。
「明凜……」
低く、流れるような声が明凜を包む。
逸らした顔を戻すように令劉の硬い手が耳裏に差し込まれた。
「かわいいな……かわいすぎて、また欲しくなってくる」
「え?」
どういう意味かと問い返そうとするが、薄藍に染まった目と合ってしまうとすぐに唇を奪われてしまう。
先ほどのように軽い口づけではない。
更に前の、熱い行為を思い出させるような深い口づけ。
「ふぁっ……れい、る……様っ」
何度も向きを変え塞がれ、舌を吸われ、歯裏をなぞられた。
求められることの喜びを覚えてしまった明凜は、ぎこちなくも応えるように舌を差し出す。
自分も求めているという証のように、行為のときだけと言われた呼び名を口にする。
更に吸い付かれた唇に意識がとろけてきたころ、やっと唇が離れた。
「は……ああ、明凜。綺麗だ……本当にもう一度――と言いたいところだが」
「ふぇ?」
濡れて艶めいた唇が、妖しく誘いかけている――と思ったのに、突然令劉は明凜から離れてしまった。
「本当にもう一度となると流石に夜が明けそうだ。今は我慢するしかないか」
「……」
残念だと口にする令劉だったが、ならばなぜこのような口づけをしたのか。
(その気にさせておいて止めるなんて……やはり令劉様は意地悪だわ)
憮然と不満を表すが、それでも令劉は触れてくれない。
「あまりそのような顔をするな。全てが終わったら抱き潰してしまいたくなる」
「え……?」
「心配するな、明凜と共に有れるよう儀国のことは何とかする」
(え? いえ、待って。それも気になるけれど、抱き潰すとは……)
個人的な部分で不穏な言葉を聞いた気がする。
そこを問い詰めたかったのだが、令劉はその部分にはもう触れなかった。
「大丈夫だ。安心して待て」
「あ……」
宥めるように前髪に触れ、優しく微笑んだ令劉はそのまま明凜の頭を撫でる。
撫でながら、真剣な眼差しで虚空を見つめる令劉に明凜は何も言えなくなった。
ただ、心地よい大きな手がとても安心できた……。