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後宮に潜む黒薔薇は吸血鬼の番となりて
後宮に潜む黒薔薇は吸血鬼の番となりて
緋村燐
文芸・その他ノンジャンル
2024年12月21日
公開日
6.5万字
完結済
幼い頃から暗殺者としての訓練を受けてきた明凜は、隣国に嫁ぐ公主・蘭翠玉の侍女として儀国の後宮へと潜入する。
与えられた使命は儀皇帝・雲蘭の暗殺。
一月後と定められた翠玉の初夜までに宮城の把握に努めていた明凜だが、宦官の最高位である大長秋・令劉に捕らわれてしまった。
だが令劉は自らを吸血鬼と明かし、明凜が唯一自分の子を産める番(つがい)だと言う。
愛の言葉と共に添い遂げてくれるならば皇帝暗殺に協力すると告げる令劉に明凜は……。

 この男はまるで鴉だと、明凜めいりんは思った。


 贅を尽くした絢爛豪華な宮で出迎えたのは、皇后府を取り仕切る最高位の宦官・大長秋だいちょうしゅうだ。


「蘭国の公主・蘭翠玉らんすいぎょく様、ようこそ儀国ぎこくへ」


 男とも女ともとれるような不思議な澄んだ声音。

 今が夜ならば、闇に溶けてしまいそうだと思うほどの美しい濡れ羽色の髪。

 その黒髪が滑る肩は宦官にしては男らしくがっしりとしていた。

 背も高く、大長秋という地位に就いているとは思えないほど若い。

 とはいえ、二十前後の見た目に反しその空色の目には老獪ろうかいさが宿る。

 様々な思惑をその優美な笑みで隠し、歓迎の意を示した男は令劉れいりゅうと名乗った。


(美しい黒の羽を持つずる賢い鴉みたい)


 顔を伏せたまま、明凜は器用に視線だけで令劉を観察する。

 だが、その視線を悟られてしまったのだろうか。

 令劉がふとこちらを見た。


「っ!」


 しっかりと目が合ってしまいすぐに逸らす。

 侍女の身でありながら挨拶の場で顔を上げるなど礼がなっていない。

 自分の行いは主である翠玉の評価にもなりかねないのだ。戒めなければ。


「令劉殿、これからよろしくお願い致します」


 密かに反省していると、明凜の前に立つ主・翠玉が幼さの残る繊細な声を震わせ軽く頭を垂れる。

 絹のように滑らかな黒髪を引き立てる金の簪がシャラリと音を立てた。


「貴女様には蘭貴妃きひとして紫水宮しすいきゅうが与えられております。ご案内いたしましょう」

「ええ、お願い致します」


 翠玉の言葉で挨拶が終わり、皆が動き出す。

 顔を上げた明凜も翠玉の後を追うように付き従った。



 紫水宮へと向かう道中、多くの視線を感じた。

 だがそれも当然だろう。

 不仲であるはずの隣国の公主が嫁いできたのだから。

 表向きは友好のため。

 だが、そのような建前を鵜呑みにしているのは昏君ばかとのと呼ばれているこの儀国の皇帝・儀雲嵐ぎうんらんくらいだろう。

 むしろ君主がそうであるからこそ周囲が疑いの目を向けるのだ。

 そして、事実建前でしかないことは明凜が一番理解している。

 なぜなら明凜は蘭皇帝直々に勅命を受けていた。



『儀皇帝・儀雲嵐を暗殺せよ』



 短く、だが重い言葉が脳裏によみがえる。

 幼い頃からそのために訓練してきたのだ。

 蘭国のため、祖国の民のため、国の駒となるように。


(私が儀皇帝を殺さなくては)


 幾度も自身に言い聞かせた決意を胸の内で繰り返す。

 その覚悟を決めるように交差する手をギュッと握ったところで紫水宮に着いたようだった。


「こちらです。必要なものは取りそろえておきましたが、足りないものがあれば遠慮なく申しつけて下さい」


 令劉に案内された紫水宮は華美な装飾が少なく他に比べると質素に見える。

 だが、調度品は上質なものばかりで全体的に品が良い。

 上級妃の宮としてふさわしいと思えた。


「私に合わせてくれたのかしら? 有り難いわ。儀の装飾は美しいのですけれど、多いと少々落ち着かなくて……感謝致します」


 翠玉の言葉に改めて調度品を見る。

 よく見ると儀よりも蘭で好まれる意匠のものが多い。わざわざ取り寄せたのだろうか?


「それは良かった。蘭国は隣国とはいえ儀国とは少々文化が違いますから……ですが珍しい品々が見られて私も選んでいて楽しかったですよ」


 嫌味ともとれる言い回しを不快に思わせない様話す令劉は、そのまま明凜へスッと視線を流し「珍しいといえば」と言葉を続けた。


「お連れの侍女殿も少々珍しい目の色をしていらっしゃいますね?」


(え? 私?)


 突然自身のことを上げられ戸惑う。

 確かに明凜の目は翡翠色でこのあたりでは珍しい色をしている。

 だが、そのようなことを今話題に上げる意味はあるのだろうか?


「ええ、この娘の母は西の出身ですので」


 驚く明凜のそばに来た翠玉が代わりに告げる。

 柔らかな笑みの奥には明凜を守ろうとする強さが垣間見えた。

 だが、令劉は牽制のような翠玉の笑みを素知らぬ顔で受け流す。


「それはそれは、私と同じですね。私の母も西の出身なのですよ。侍女殿、名は?」


 まるで同胞にでも会えたかのように喜びを露わにした令劉は、笑みを深めて名を問うてきた。

 向けられた空色の目が明凜の心を引き込むように濃くなる。

 美しい虹彩を戸惑いながらも見つめていると、またしても翠玉が代わりに答えた。


「この者は明凜と申します。もうよろしいでしょう? 侍女とはいえ後宮に入ったのだから彼女も皇帝陛下のものです。不義の誘惑をしないで下さいまし」

「おや? そう見えてしまいましたか?」

「……否定はなさらないのですね?」


 翠玉の声が一段低くなったように感じた。

 柔和な笑顔がどこか黒く見える。


「おやおや、手厳しい」


 対する令劉はやはり否定もせず胡散臭くすら見える笑みで受け流していた。


 フフフ、ハハハ、と笑みを交わす二人の間には火花の様なものが見えるのは気のせいだろうか?

 そしてその原因が自分とはどういうことなのだろうか?

 これは自分が仲裁に入らなくてはいけない案件だろうか?


 使命を果たすために全力を尽くすつもりではあるが、それ以外にもやることは多そうだ。

 早くも気疲れしそうな状況に、明凜はこっそりとため息を吐いた。

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